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94.試される勇気

※虫が出てきます。苦手な方はご注意ください。

 気が付くとカイトの上着を枕代わりに通路に寝かされていた。


「気が付いたか」


 カイトがほっとした顔をしている。


「ごめん、どれくらい気を失っていたの?」

「5分くらい」


 私は意識を失う前に見た光景を俄に思い出す。ハッとしてカイトの顔を見るが、目の前にいるのは間違いなくカイトだった。


「カイトだ。え?カイトだよね?」


 確かめずにはいられなくて思わずカイトの腕やら顔やら頭やらを無遠慮に触っていた。


「間違いなく本人なんだが、もっと触りたいか?」

「え、あっ、ごめん!」


 私は手を引っ込めた。自分のしでかしたことが恥ずかしくて顔が火照る。カイトも少し赤く、首に手をおいて罰の悪そうな顔をしていた。


「…何に見えていたんだ?」

「え?」

「俺を見た瞬間に気絶したから。それに今だって、俺が何か別のものに見えていたから確認したんだろう?」

「えっと、大きな虫に見えて」


 Gに見えていたとはとてもじゃないが言えない。そう、あれはまるでカフカの『変身』のようだった。主人公の男が朝起きると虫に変身しているあの作品である。ちなみに小説の中では主人公の男は虫のまま絶命する。そんなこともあり、カイトが虫だったらどうしようという気持ちが無遠慮に身体を触るという行為に私を駆り立てたのだ。


(というかこんな麗しい美青年をモザイクかけるレベルの姿にするなんていくら幻でも許せないわ)


 試練が私の記憶を元に作られているのだとしても、それについては神々に一言文句を言いたい。


「なるほどな」


 カイトが苦笑した。


「俺自身を見て気絶したわけじゃなくて良かった」

「そんなことするわけないじゃない!」


 しかし冷静に考えて人の顔を見て気絶するなんて余程失礼ではないか。


「ごめんなさい、でも本当にカイトじゃない別のものに見えたの、信じて?凄く怖かったんだから」

「気絶するほど怖かったんだな」

「うん」

「アリサ、駄目なら諦めても良いんだ」

「…どういうこと?」

「別に俺たちが攻略する必要はない。秘密の入り口の場所は分かったんだから、他の者に任せても良いと思う」

「後もうちょっとじゃない」

「うん、でもこの試練はあまりにも悪趣味だと思う。君だけが苦しんでいて、俺はそれを見ていることしかできない。逆だったらどんなに良かったことか」


 カイトが悔しそうに俯く。やはりこの部屋は彼にとってもまた試練の部屋なのだ。


「事故がなければたった30秒で終わる簡単な試練よ。もうすぐだったんだから、次は辿り着いてみせる」

「簡単だなんて虚勢を張らなくて良い。震えているじゃないか」


 もう1回同じことをやらないといけないのは、なまじ最初の負の記憶がある分辛かった。あの感触も気持ち悪さもありありと思い出してしまう。簡単だと言い聞かせなければ心が折れそうだった。でも、私は出来そうなことを諦めることはしたくなかった。それに私たちが攻略しなければ他の人が別の試練で苦しむのだ。それもまた寝覚めが悪い。けれどカイトが辛いことも分かっている。


「カイト、後1回だけ付き合って」

「…分かった」

「ありがとう」


 次こそは成功してみせる。


「あっ、俺がアリサを担いで行ったらどうだろう?」

「え?」

「アリサの幻の発動条件が床を踏んだ瞬間なら、床を踏まなければ良いんじゃないか?」

「…そんな上手くいく?」


 念のため一縷の望みをかけてやってみたけど上手くいかなかった。カイトが部屋の床を踏んだ瞬間に私の幻も発動してしまったのですぐ通路に戻ってもらった。


「駄目だったか」


 カイトは凄く残念そうだった。


「そもそもアリサはどうして虫が苦手なんだ?」

「トラウマがあるわけじゃないの。生理的嫌悪感が強いだけ。 這っている感じとか見た目とか、葉の裏に卵がびっしりついているのも嫌だし、それが孵化しているのも嫌。あと全身の穴という穴から侵入されて体内を食い破られるんじゃないかと思っている」

「想像力逞しいな」

「だから今度はもうちょっと用心したいんだけど、良かったら手袋貸してくれない?」

「ブカブカじゃないか?」

「良いの、虫を素手で触らなければそれだけで心の安寧が違うから」


 はじめはこれくらい我慢しようと思っていた。しかしきっと色々な心的ストレスがかかっていたからこそ最後には気絶してしまったのだ。今度は万全の態勢で、できるだけストレスを軽減して臨みたい。


「あと良かったらこのテールコートも貸してほしい」

「良いけど、どうするつもりだ?」

「被って頭と首を守る」


 顔はハンカチで覆った。大判を持ってきて正解だった。


「いける、肌が露出していないだけでこんなにも守られている感じがするなんて」


 はじめからこうしておけば良かった。

 カイトには先に行ってもらう。正直もうG姿のカイトは拝みたくないので、できるだけ視界に入れないようにしたかった。

 私は目を瞑る。


(勇気とは恐れるべきものと恐れるべきでないものとを見分ける知である)


 偉大などこかの将軍が言っていたことだ。


(あれは幻。恐れるべきでないものだ)


 気息を整えると部屋に飛び込んだ。今度はテールコートを頭の上で押さえながら走っているので全力疾走とは行かなかったが、本当に何か守られている感じがして心強かった。


(カイトの物だから?)


 相変わらずやつらを踏み潰す気持ち悪さや部屋自体の嫌悪感、身体にぶつかって来るものの感触はあるけれど、マシに思えた。

 壁に辿り着く。仕掛けの位置にはびっしりやつらが蔓延っていた。触った感触が伝わってきて怖気が走ったけれど、手袋があるのでそれも何とか我慢することができ、私はようやく右手を壁に押し当てることに成功した。

 次へ進む扉が開くと同時に幻も消えた。私はほっとしたら力が抜けてまた座り込んでしまった。

 カイトは私から被っていたテールコートを外すと優しく頭を撫でてくれる。


「よく頑張ったな」

「子供のようだわ」


 恥ずかしくて顔を逸らす。でもそうやって人に褒められることがないので嬉しいと思っている自分もいるから悔しい。


「嫌だったか?」

「嫌、じゃない、けど」

「けど?」


(サリア様にもこうしていたの?)


 言いかけて止める。そんなことを言う権利なんて私にはない。

 カイトは本当に優しい。それが時に残酷だとも思う。私は勘違いをしてしまいそうになる。特に神殿ではずっと2人きりなので、いつもよりも余計に距離が近く感じてしまっていた。


(甘やかしてくれるのは嬉しいけど、私はサリア様の代わりじゃない。あまり甘やかされるのはよそう)


 きっとお互いにとって良くないことだ。


「嫌じゃないけど子供みたいで恥ずかしいから駄目」


 私はカイトの優しさをやんわり拒絶して立ち上がった。


「テールコートと手袋ありがとう。凄く心強かったわ」

「ん、アリサの役に立ったなら良かった」


 カイトは気にしていないように見えた。

次回は明日の12時台に投稿予定です。

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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。

※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。


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