93.生理的嫌悪感
※虫が出てきます。苦手な方はご注意ください。
下の迷宮に入ってから大分時間が経過していたので、一度戻って休んでからまた探索をすることにした。
「リュック持ってくれば良かったね」
「荷物になるからな。まぁ罠は看破しているからすぐに戻れるさ」
秘密の入口を見つけ第2の試練まで終わった。今日の戦果は上々だろう。カイトの言う通り行きよりも道を引き返す方が圧倒的に早く、あっという間に神殿1階まで戻ってきた。
自分が思っているよりも身体は疲れていたようで、携行食を食べると急に眠たくなった。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
毛布にくるまったらすぐに眠りについた。
翌日、第2の試練の部屋まで戻ると再び通路を進む。これだけ迷宮を歩いていると私も段々目が慣れてきて、ここに罠がありそうだなというところには大抵認識阻害魔法がかかっていた。
この調子なら通路は問題ないだろうと油断した時だった。
「うわっ!」
「えっ」
突然カイトが視界から消えたと思ったら、落とし穴の罠に引っ掛かってしまったらしい。カイトは何とか足場の縁に手をかけて落下するのを防いでいた。
「カイト!」
「大丈夫だ、上がるから少し離れてくれ」
カイトはそう言うと難なく自分の身体を持ち上げて落とし穴から抜け出した。
「良かった」
「床が精巧過ぎて全く分からなかった。アリサが前を歩いていなくて本当に良かったよ」
「確かに」
私ならまず足場の縁に手をかけることすらできない。
「ただランタンを落としてしまった」
落とし穴を覗くと床にはびっしり針が敷き詰められ、そこに壊れたランタンとその灯りがちろちろと燃えていた。
「私のランタン使って」
「すまない、ありがとう」
どう考えても前方を照らすのが最優先だ。カイトはランタンを受け取ると落とし穴を軽々と飛び越した。大丈夫そうなことを確認してもらうと、私も少し助走をつけてからジャンプする。
「やっぱりランタン1つだと心許ないな。アリサ、絶対俺から離れないで」
「分かっているわ」
「もっと寄って」
「十分寄っている」
「じゃあコートのここ掴んでいて」
カイトは制服のテールコートの腰部分を示した。ちなみにマントは冬限定の防寒着なので今は着ていない。
「テールコートの裾部分で良い?」
「駄目、裾部分だと掴まれているか分からない。ここなら君が後ろにいるって分かるから俺が安心する」
「…分かった」
(いや、近いってば!)
色々な意味でかなり歩きにくくなってしまった。
それでも何とか通路は進み切り、次の試練の部屋の扉に辿り着いた。
「行こう」
カイトが扉を開ける。中を覗くと通路とほぼ変わらない細長い部屋だった。100メートルほど先には次に進むための扉と右手型が2つ離れて壁についていた。恐らくあそこに2人の右手をかざすことで扉が開くのだろう。
「何の試練なんだ?」
用心深くカイトが部屋に入る。私もその後を追って部屋に1歩踏み込んだ時だった。
「ひっ!」
私は全身に鳥肌が立って思わず扉の外に戻ってしまった。
「アリサ?どうした?」
「い、いま虫が!」
「虫?」
部屋を見ると何もいなかった。中にいるカイトは怪訝な表情を見せている。
(え?気のせい?)
部屋に入った瞬間、確かに蠢くそいつらを見た気がしたし、足裏には踏みつぶす感触まで残っているのだが。
心配になったのかカイトも戻ってきた。
「大丈夫か?」
「う、うん。もう1回入ってみる」
もう一度恐る恐る部屋に足を踏み出すと、足が床に着いた瞬間回りの景色が一変した。夥しいほどの節足動物が蔓延っている。私がパッと見ただけでもムカデ、蜘蛛、ゲジゲジ、G、ナナフシ、カマドウマ、カマキリなど全体的に茶色いラインナップが各種取り揃えられていた。それ以外にもカブトムシ、クワガタ、カミキリムシなどの甲虫や毛虫、芋虫、ウジ虫などの幼虫系、その他私の知らない奴らがわしゃわしゃと蠢き、あるいは飛び交い、壁や床、天井などの部屋の四方を埋め尽くしていた。また、踏みしめた足裏は無数のそいつらを踏み殺していて、中身の柔らかさや羽、甲殻の硬さが伝わってくる。
(これは、幻なの?)
それにしては足裏の感触であったり、無数の羽音やカサカサ音があまりにもリアルで、目を瞑ってもそれらの息遣いを感じるほどだった。
「アリサ!」
カイトが硬直していた私を通路に引き戻した。途端に何も見えなくなる。私は呆然として座り込んでしまった。カイトはそんな私の背中をさすってくれる。
「顔色が悪い。落ち着いて、話せるようになったら何があったのか教えてほしい」
私は小さく頷く。目を瞑って大きく深呼吸をする。しばらくすると少し落ち着いてきた。カイトは急かすこともなくずっと私の背をさすってくれている。
「ごめん、ありがとう」
「大丈夫だ。何があった?」
「部屋に足をつけた瞬間に景色が一変して、部屋の四方に蜘蛛とかムカデとか甲虫とか、とにかく私の苦手な節足動物がうじゃうじゃいた。きっと嫌な幻を見せる部屋なんだと思うけど、とにかく凄くリアルで本物みたいだったわ」
「なるほど、嫌な幻を見せる部屋か。俺ももう1回試して来るからここで待っていて」
そう言うとカイトはさっさと部屋の中に入っていってしまった。
(大丈夫かな)
扉の外から中の様子を伺うが、カイトは平然としている。
「カイトには何も見えないの?」
「ああ、やっぱり何も見えないし出てこない」
「私だけなんだ」
つまりここは私が足をひっぱる試練の部屋というわけだ。私は恐怖を克服しなければ試練を突破することはできないし、カイトは忍耐力でも試されているのかもしれない。
「ねぇ、その部屋多分魔法が使えないよね?」
「バラフォティア―火の球― 本当だ、使えない」
部屋の中にはフェアリーが飛んでいなかった。これではやつらを焼却処分することさえできない。
(走り抜けて、右手を翳さないと駄目そうだわ…)
私はカイトを待たせるわけにもいかないので、早々に覚悟を決めることにした。
(ゴールまではおよそ100メートル。学生自体は全力疾走で16秒台。体力の衰えを感じるけど多く見積もっても20秒以内には辿り着く。壁の仕掛けは奴らが覆っているだろうからそれを一気に引き剥がして右手をかざせばクリアだから30秒以内には終わるはず)
走れば歩数も減るし、何より多く見積もってもたった30秒でこの試練は終わるのだ。今までやってきたどの試練よりも早く、命の危険もない。なんとまぁ簡単な試練ではないか。簡単すぎて涙が出てきそうだ。
(嫌なことはさっさと終わらせよう)
私の覚悟は決まった。
「カイト!今すぐ走って行くからそっちで待っていて!」
「え?大丈夫なのか?」
「行く!」
大丈夫か否かではない。やるかやらないかなのだ。
私は自分の覚悟が決まっているうちに走った。部屋に入ると先ほどと同じ光景が見えてきて鳥肌が立ったがスピードは緩めない。というか多分立ち止まったら辿り着かないと思った。飛んでいるやつらが顔に当たって来そうだったので極力下を向いていた。やつらを踏み潰していく感触はあったが、走っていると地面との接触時間が短いのでさっきよりは気にならなかった。
(いける、私だってやればできる!)
そう思った時だった。本当に奇跡のようなタイミングで首に何かが落ちてきた。恐らくムカデだ。神経が過敏になっているせいか細長く沢山の足を感じられた。私の脳がそれを断定するのはほんの一瞬のことだった。
「うわぁああああああ!!いやぁああああああ!!!!」
私は止まって頭を振り、手で首を払った。気が動転していてムカデが落ちたか分からない。背中とかについていたら嫌だ。
「アリサ、落ち着いて!何があった!?」
「く、首にムカデが落ちてきたの!取れてる!?後ろとかについていない!?」
「ごめん、俺には見えない…」
パニックで思わず聞いてしまった。
「そうだよね、ごめん」
カイトが悲しい声を出していたので謝るために彼の顔を見た。
そこにいたのはカイトと同じ大きさのGだった。
(あ、駄目…)
私は悲鳴を上げることすらできずに視界が暗くなった。
次回は今日の20時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




