85.石壁の欠けている部分
とうとう秋の最終月になり、目に見えて魔物の活動が止まったので、私は夏の頃に国王陛下に約束を取りつけていた神殿探索へ向かおうと決心した。
(カイトになんて切り出そう?)
そう言えばカイトには神殿に行きたいという話は特にしておらず、何をどこまで話そうか考えていた矢先、陛下が既に手を打ってくれていたらしくカイトからその話が持ち上がってきた。
「神殿に行きたいんだって?」
「そう、イヒネイカ様から神託があったの」
私はサリア様の最期を知っているということは伏せて、夏の頃に聞いていた情報をカイトに伝えた。
「分かった、ついていく」
「ありがとう」
カイトは昔サリア様と一緒に神殿に潜っているのでそういう意味でもとても心強かった。
日程が決まり、諸々の支度も全て終えて早速神殿に向かうことになった。
「あれ?皆は?」
集合場所には私とカイトしかいなかった。
「神殿は2人までしか入れないって言われなかったか?」
「そうなの?聞いていないわ」
「そうか。神殿は神々が与えた試練の場だからか、一度に2人までしか入れないんだ」
「へぇ、そうだったんだ」
そして私の目の前には馬車ではなく馬2頭が並んでいた。
「私乗馬少ししかできないけど大丈夫?」
「常歩なら乗れるようになったと聞いている。急ぐ旅でもないし、それほど距離があるわけじゃない。半日もあれば着くんじゃないかな」
「分かった」
私はいつもの討伐遠征とは違うことに色々戸惑いながらも馬に跨って王都を出立した。
「待って、箒で行った方が早くない?」
「今から引き返すのもなぁ。大体それだといつまで経っても馬に乗れないぞ」
「確かにそれはそう」
いつもと違って本当に急いではいなかった。パカランパカランと馬の軽快な足取りがのどかに響いて、何だか時間がゆっくりと流れているようだった。
途中何回か休憩を挟みつつ、それでもカイトの言う通り昼下がりには神殿に着いていた。
「お疲れ様、良い運動になった?」
「明日は筋肉痛かも」
乗馬は全身運動だ。私みたいなほとんど初心者は半日乗っているだけで常歩という馬が歩いている程度の速度でも疲れてしまう。
「治癒魔法で治せば良い」
「神殿の探索次第かな。筋肉痛を魔法で治すのって何か罪悪感があって」
「何だそれ」
本来甘んじて受けるべきはずの苦痛をスキップしているという感じがあって、余程の理由がない限りはそのままにしている。カイトはよく分からないというふうに笑っていた。
神殿は私が夢で見た通りの場所だった。柱の細工なども嘘みたいに同じである。幽体離脱でもしていたのだろうか。
「入ろうか」
「ちょっと待って。せっかくだから原版の『神話』読みたい」
私はそう言うと神殿正面の石壁をきょろきょろと見渡した。
「最初から読みたいならあっちからだ」
「ありがとう、探していた」
カイトに促されるまま私は序文が記載されている石壁を読み始める。やはり始めは二柱の誕生と天地創造から始まり、5種族の誕生、楽しい宴、そして二柱が天に向かうと5種族間の戦争が勃発する。久しぶりに二柱が戻ると荒廃した土地が広がっており、5種族は裁かれる。人間は他の種族をまとめ上げるため魔力を多くもらう代わりに寿命を半分に減らされ、妖精人はドラゴンに姿を変えられた挙句、僕であったフェアリーの管理権は女神イヒネイカにはく奪された。そしてもう1つ5種族に罰が与えられる。
「ここを一つの国と定め、この小さな楽園を保ち、暮らしなさい。
そしてもう一つ罰を与える。
この国の外を亡霊の地とした。そこは戦禍を免れなかった無辜の民が集う場所。
私はそこに彼らの長たる混沌を産み落とした。
彼らの憎しみは谷よりも深く、悲しみは海よりも濃い。
嘆きの声は高い山並みを越え、苦しみは地を這い、怒りが天を衝く。
そこは不毛の地。誤って踏み入れた場合は命の保証はできぬ。
しかし生者がこの地をかき乱さない限り、亡霊は微睡みの中に居続けるだろう。
何故ならここは彼らの安寧と鎮魂の地なのだから。
彼らがその微睡みから目覚める時、それは生者が足を踏み入れた時か、もしくは
――――欠けている部分①――――
混沌は全ての汚穢と厄災を引き連れて復讐に来るであろう。
我は神殿の試練の先に手助けの導を置いておく。
これに臨み、導を頼りに混沌を打ち払うことができた時、
我々はまた地上に降りてこよう」
原文の石壁もやはり肝心な部分が欠けていて分からなくなっていた。
「ねぇカイト。もう1つの罰って何だろうね?」
「一般的には国の外に不毛の地を置き、魔物や混沌を住まわせたことだと解釈されている」
「まぁ、そうなるよね」
しかし、誤って踏み入れない限り安全なら罰と言えるのだろうかと私は思ってしまう。
(後半部分、混沌を打ち払うために神々はわざわざ神殿の試練を作って導を置いている。そして混沌を打ち払った時のご褒美として自分たちの来訪を設定している)
二柱が次に降臨する際、人間とドラゴンが受けた罰は解かれることになっていた。
(つまり神々は混沌を倒すように人々を促している)
まるで混沌討伐自体が乗り越えるべき壁のようだ。
(そして98年前、何かのきっかけがあって混沌は復讐をしに来た。襲撃前には何があっただろう?)
「……っ!!」
私はカイトに気付かれないようにそっと息を呑み込んだ。
(まさか、ドラゴンとの和平?)
ゾッとした。しかしどうだろう?混沌は魔物を率いて生者の地に復讐に来るのだ。魔物は元々は戦争で命を落とした人々の亡霊である。つまり5種族の不仲が原因で命を落としたにも関わらず、また5種族が仲良くなるなど亡霊からしてみれば都合の良い話であり、到底受け入れられないことではないか。だからこそ復讐に来る。
そして神々はこれら亡霊を打ち払うことを推奨している。
(つまり罪の払拭。戦争で失った亡霊たちを一掃することで戦争の罪を贖えということ?)
この場合、一掃というよりは成仏とか鎮魂とか祈りと言った方が正しいのかもしれない。この乗り越えるべき壁こそが罰であり、亡霊がこの地からいなくなることによって贖罪は完了し、神々と見えることができる。そう考えたら全ての辻褄が合う。
(まさかサリア様の、ひいては神話時代からの悲願が混沌の襲撃のきっかけになるなんて。もし推測が正しいならこんなのあんまりだわ。サリア様が可哀想、そしてカイトも)
いや、この私の推測は全て間違っているかもしれない。出鱈目のこじつけで、酷い妄想なのかもしれない。むしろそうであってほしい。だってもしそれが本当なら、ドラゴンと和平をしなければ仮初であってもずっと平和だったということなのだから。
「何か分かったか?」
「…んーん、全部読んだけれど、さっぱり分からないわ」
憶測だけで話すわけにはいかない。憶測で口に出すにはあまりにも重すぎる。
私は全てを呑み込んだ。
次回は明日の12時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
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