81.一歩、踏み込まれかける
飲み比べを終えた夜、私は昼間中途半端に寝てしまったせいかなかなか寝付けず、夜風を浴びることにした。ちなみに部屋はドラゴンさんたちの棲家の客間を使わせてもらっているのだが、迷路みたいに入り組んでいて方向音痴としては外に出られるかも帰って来られるかも些か不安ではある。
新鮮な空気と音を頼りにして何とか外に出ることはできた。秋風が涼しく心地よい。
「アリサ、どうしたこんな遅くに?」
暗くて気付かなかったが、カイトが独り座っていた。
「昼寝しすぎちゃったみたいで寝付けなくて、カイトは?」
「色々考え事をしていた」
サリア様を思い出していたのかもしれない。
「邪魔したわ」
「いや、良かったら話し相手になってくれないか?」
そう誘われたら無下にもできず、私はカイトの隣に座り込んだ。
「日中は怒鳴って悪かった」
「気にしてないよ、心配してくれたんでしょ?」
「ああ、アリサは酒が飲めないと思っていたから。皆騙されたよ」
「騙してないわ、好きじゃないとは言ったけど得意じゃないとは言っていないもの」
「でも得意じゃないように装っていただろう?」
「それは…酒が飲めますって喧伝するような年でもないから」
若い時はそれでイキっていたかもしれないが、この年でそれをしていたら恥ずかしいだろう。それに酒が飲めると言ったら飲み会では標的になりやすいし、何より大酒飲みの女は可愛くないと自分で思っている。できればチューハイ缶1缶で「酔っちゃった」と言っている女の子に私もなりたかった。
「…それもそうか。すまない、アリサのこと、ある程度分かっていると思っていたのに掴みあぐねていたから少し戸惑っていたんだ。君は本当によく自分のことや本心を隠してしまう」
建前と本音を使い分ける。日本人はよく秘密主義だと言われるけれど、私もそういうところがあると自覚している。触れられたくない部分は特に。
「そうかな」
そうやってはぐらかす。
カイトは何も言わずに私の顔を覗き込んできた。
「何?」
「隠されると暴きたくなる」
「え?」
綺麗なエメラルドグリーンの瞳と視線が交錯する。
(その目は誰を見ているの?)
私は戸惑ってしまう。暴きたくなるなんて、まるで私のことを知りたいようではないか。それは本当に勘違いしそうになってしまうから止めてほしい。
「暴くほどのものはないわ」
「本当に?」
「本当よ」
カイトはまるでこちらを見透かすような眼差しで真っ直ぐにこちらを見つめてきていた。私はその視線に耐えきれずに目が泳いでしまう。
「逢引きか?」
急に後ろから声をかけられた。吃驚して振り向くとレオンさんだった。
「…そんなんじゃない。レオンは何しに来た?」
「小便しに」
「アリサの前でするなよ」
「分かってるよ」
「あ、私もう行くね!2人ともお休みなさい!」
私は返事も聞かずに走って棲家の中へ逃げた。頭の中はぐちゃぐちゃだ。
(何であんなこと聞いてくるの?)
カイトは私のことを分からないと言うけれど、私からしてみたらカイトの真意の方がよほど分からなかった。
(レオンさん良いタイミングだったわ)
あれ以上詰められていたら私は多分カイトのことを拒絶していたと思う。己の心の奥底なんて誰にも見られたくない。ましてやカイトには。
奇跡的に自分にあてがわれた客間まで戻ってきた私は大きなベッドに身を投げ出し、悶々とした思いを抱えながら目を瞑るのだった。
翌朝、私はどんな顔でカイトに会おうと思っていたら、あっちから昨夜のことを謝ってきた。
「アリサ、昨日は変なこと言ったみたいですまなかった。実は酔っていたんだ」
「え?お酒飲んでいたの?」
夜とはいえカイトが遠征中にお酒を飲むことなど稀だったし、酔っているようには見えなかった。
「そう。アリサがあまりに良い飲みっぷりだったから俺も感化されて独りで部屋で飲んでいたんだ。で、酔い覚ましに夜風を浴びているところだった。ウザ絡みをした気がするけど、正直何言ったか覚えていない、本当に申し訳ない」
カイトはお酒が強い方だと私は思っているので、遠征中に記憶が曖昧になるほどの飲酒をしたとは俄には信じられなかった。しかし、もしかしたら体調が優れなくて少量のお酒で酔ってしまったということもなくはない。結局、私はカイトのこの言葉を信じることにした。
「ううん、大丈夫。そんなに飲むなんて珍しいね。お酒残ってない?」
「何とか。アリサは?」
「平気」
「そうか、良かった」
いつも通りのカイトだった。私は少し肩透かしを食らったような気になったが、気まずい雰囲気にならずに済んだことに内心ほっとした。
王都に戻って国王陛下に和平を勝ち取ったことを報告した。陛下はサリア様の悲願が成就できるとあって手放しに喜んだ。そして今年の収穫祭は王都に5種族の長を集めて神話の宴会よろしく大規模なものにすると意気込んでいた。私は今回ドラゴンを誘致しているので、フェアリーアイの仕事としてこの収穫祭に参加することになる。まぁ要するに接待みたいなものだ。
「ちなみにお前の故郷の調味料はまだ完成しないのか?」
「お酒類は完成しているようですが、調味料類は半年かかりますから完成するのは冬頃かと存じます」
「そうか、分かった。では米の酒は振る舞えるな」
余談だが和食調味料に欠かせない種麹について、私がもらった分は既に全て仕込みに使われ、料理長が足りないと陛下に奏上したことで、南の島に使者が送られたらしい。種麹の作り方を教えてもらうのか売買取引をするのかは不明だが、オーナーさんたちには迷惑をかけてしまったような感じがして申し訳なく思った。だが国を上げて和食調味料を大量生産する算段を整えてもらえるなら私としては有難い話だ。
収穫祭は国を挙げてのお祭りで、各主要地域の都市で盛大な豊穣の祝いをすることになっている。春のお祭りが民営なのに対し、この秋のお祭りは国の予算から支出され開催されるため、ずっと大規模なのだ。王都も例外ではなく、城から料理人やら音楽隊やらが派遣されたり、野外演劇やサーカス、プロダンサーなども招くらしい。国王陛下も城下町へ赴いて国民と一緒になってお祭りを楽しむことになっている。
城下町には今年の収穫祭がドラゴンとの和平を兼ねたものである旨のポスターが大々的に並んだ。ただ、町の雰囲気を察するに正直これには賛否両論あるみたいで、念願の和平だと喜ぶ人もいれば、ドラゴンに対する恐怖心が勝っている人もいる。当日は空気が少しピリつきそうだった。各兵団が警備をするので暴動などは起こらないだろうが、気を引き締める必要があるだろう。
そして日は矢継ぎ早に過ぎ、収穫祭の当日を迎えた。
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次回は明日の12時台に投稿予定です。
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