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73.季節性の風邪

 季節は代わって秋になった。こちらの季節は2‐3日でガラリと変わるので、夏が酷く暑かった分、秋は涼しいというか肌寒くさえ感じた。そしてその寒暖差に私の身体はついていけなかったらしい。

 東の国境近くでの討伐が終わり、馬車2日で王都に帰る道すがらのことだった。朝テントを出た時は何ともなかったのに、お昼の少し前くらいに急に喉が痛み始めたのだ。


(やだ、風邪?)


 しかし私には偉大な治癒魔法がある。そう思って休憩中に独りでこっそり治癒魔法を施したのだが、何故か風邪症状は治まらなかった。


(なんで?)


 その後も何回も試したが全然効果が出なかった。その間にも頭痛、悪寒、関節痛が徐々に追加されていき、馬車に揺られているのが段々辛くなってきた。せめて今日の宿に着くまでは頑張ろうとと思ったのだが、それもいよいよ耐えられなくなってしまった。


「すみません、少し具合が悪いので横になっても良いですか?」

「僕の膝枕で良ければ構いませんが、大丈夫ですか?」

「横になったら多分」


 隣はエリスさんだった。普段なら美人の膝枕に浮かれているところだが、そんな余裕は今の私にはない。


「アリサさん、震えてません?」

「寒くて」

「ちょっと失礼しますね」


 エリスさんの手が額に伸びる。


「少し熱いです」

「アリサさん、どのように具合が悪いのでしょうか?」


 ギルバートさんが訊ねてきた。これはもう言い逃れできそうにない。


「喉の痛みと頭痛と悪寒、関節痛です」

「なるほど、風邪症状ですね。この時期で震えるほどの悪寒ということであれば季節性のものかもしれません」

「先ほどから何度も治癒魔法をかけているのですが一向に改善しなくて」

「ご存じではないのですね。この世界の風邪は治癒魔法では治せません」

「え?何でですか?」

「昔は治癒魔法で完治したのですが、いつの頃からか光属性耐性を獲得したのです」

「そんな」


 私は愕然とした。ウイルスや細菌の進化はめざましいと聞くが、そんな進化を遂げてしまうとは。


(この世界では風邪を引いてもすぐ治ると思っていたのに)


 ギルバートさんは外で御者を務めていたカイトに報告する。馬車が止まったかと思うとカイトはすぐに車に乗り込んできた。見張りについていたレオンさんも入口付近で心配そうにしている。


「朝は何ともなかったのか?」

「うん、昼の少し前くらいから」

「症状が急だな。ギルの言う通り季節性の風邪の可能性が高い。次の町で宿を探そう」

「後半日もないし予定通りの宿で良いよ」

「駄目だ。季節性のものは普通の風邪と違って症状が重い。7日間は寝込むことになる。どうせ寝込むなら早い方が良いだろう」


(季節性の風邪って、もしかしてインフルエンザのこと?)


 インフルエンザウイルスなのかは不明だが、酷似した症状であることは間違いない。


「旅程狂わせちゃってごめん」

「気にするな。風邪なら仕方がない」


 そう言うとカイトはレオンさんと一緒に後ろの荷台からあるだけ毛布を取り出してかけてくれた。毛布は温かかったが、それでも身体の震えは止まらなかった。



 さらに馬車に揺られて30分後くらいに次の町に到着した。レオンさんが先行して町中へ入って宿を取っていたらしく、到着してすぐに宿に向かうことができた。


「エリスさん、自分で歩けますって」

「自分で歩けるかもしれませんが、何も自分で歩く必要はないんですよ」

「言っていることが無茶苦茶です」

「風邪の時くらい甘えたら良いんです。いやアリサさんの場合は風邪でなくてももう少し甘えた方が良いですね」

「もう十分甘えています」

「ではまだ甘え足りません」


 この世界の人たちは過保護すぎると思う。でもこれ以上押し問答しても仕方がないので、そのままエリスさんに抱えられて宿に運ばれることにした。

 宿に入ってベッドに横たわる。シーツはひんやりと冷たく、悪寒と相まって酷く寒かった。宿の掛布団だけではとても足りないのでエリスさんに包まっていた毛布を全て上にかけてもらう。幾分かマシになったが布団の中が温まるまで時間がかかりそうだ。身体の節々が痛くてじっとしていられないし、唾を飲み込む度に喉は痛むし、頭はずっとガンガン鳴りっぱなしで、挙句の果てにはいつの間にか症状に鼻水まで加わっていた。


(とてもじゃないけど寝られない)


 熱が上がり切ったら解熱剤を飲みたいところだ。

 程なくして口元に布を覆ったカイトが湯たんぽ代わりの温石と白湯を持ってやってきた。


「いま町医者を呼んでいるが、やはり季節の変わり目で病人が多いようで少し時間がかかるかもしれない。まだ寒い?」

「うん」

「きっとまだ熱が上がるな」


 そう言ってカイトは温石を布団の中に入れてくれた。これは大変有難い。


「白湯は飲めそうか?」

「飲む」


 身体を起こしてマグカップを受け取る。とにかく今は身体が温かいものを欲していた。

 カイトが出ていってしばらくしたら今度は町医者がやってきた。偶々近くで診療していたらしく、先に寄ってくれたとのことだった。


「あー、喉が大分腫れていますね。症状からみても季節性の風邪でしょう。悪寒や関節痛がある時は熱がある予兆ですからとにかく身体を温めて、熱が上がり切ったら身体が火照って発汗しますから布団を調節して、寝間着は汗ばんだら交換してください。その時濡れタオルで身体を拭いても良いですし、額に置いて寝ても良いですよ」


 後はとにかくこまめに水分補給をして、消化に良いものを食べて7日は安静にしてくださいと一般的なアドバイスで診療は終わった。


(もしかして薬とかもらえない感じ?)


 せめて解熱剤だけもほしかったのだが結局もらえなかった。魔法が発達した世界では症状を和らげる薬学は発達しないということか。そもそも細菌やウイルスが光耐性を獲得していなければ治癒魔法で治せてしまうわけだし、風邪なら魔法が効かなくても自然回復で治るから、研究の優先順位としては低いのだろう。


(それにしたって過酷じゃない?)


 人の免疫に全てを委ね過ぎである。インフルエンザに酷似した症状を抗インフルエンザ薬もなく解熱剤もないとなると、この7日間は地獄を見ることになるだろう。しかし文句を言ったところでどうすることもできず、ただじっと耐え忍ぶしかなかった。

次回は今日の20時台に投稿予定です。

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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。

※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。


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