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71.恋心の自覚

※バトルシーンがあります。苦手な方はご注意ください。

※虫の描写があります。苦手な方はご注意ください。

「止まれぇええええええ!!!!」


 カイトが叫び声を上げる。抜刀された剣の切っ先がキラリと光ったかと思うと、私の首元めがけて綺麗な軌道を描いた。


(ああごめん、カイト)


 構うなと言われていたのに戻ってきて、結果サリア様に似た顔の首を落とさせようとしているなんてあまりにも可哀想だ。申し訳ない気持ちで一杯になってカイトを見る。きっと私は彼に酷い顔をさせているに違いない。

 しかし、カイトの目は諦めていなかった。


「うそ……」


 風圧まで感じた切っ先は私の首を切る前に止まった。動かなくなったカイトはそのまま落下を始める。辛うじて残っていた冷静な自分が風魔法でカイトの着地の衝撃を和らげた。下には自由を取り戻していたエリスさんとオークリーさんがいて、カイトを解放すべく動いている。本当は私の仕事だ。しかし私は狙われた首元に手を置いて呆然としてしまっていた。


(カイトが守ってくれたんだ)


 それは意志の力のなせる業なのだろうか。子蜘蛛の操作に抗い、私を殺すのを防いでくれたのだ。

 私はドキドキしていた。そりゃ命を狙われたのだから興奮くらいするだろう。しかし決してそれだけではなかった。


(カイトはサリア様によく似た顔の首を落とすのが嫌だっただけだから)


 いつものようにそう自分に言い聞かせる。私とどれほど目が合っていても、そこに私はいない。いるのはサリア様だ。分かっている。思い違いをしてはいけない。してはいけないのに。


(どうしよう。やっぱり私、カイトのこと好きなんだ)


 いつだって気にかけてくれて、大事にしてくれて、必死になって守ってくれる。それら全てが私のための行動ではないと分かっているのに、いや分かっていたはずなのに、気が付いたら絆されて勘違いをしてしまっている自分がいる。今までは気が付かないよう目を背けて自分の気持ちに蓋をしていたはずなのに、いまカイトに剣を向けられ命を狙われるというこの異常な状況下ではっきりと唐突に、鮮烈に自覚してしまった。


(私いま、カイトになら殺されても良いと思ってしまった)


 殺させたくないと思う一方で、彼になら殺されても良いと諾ってしまっていた。自分の命を預けようと思うほど、私は彼のことを好きになってしまっていたのだ。


(ああ、胸が苦しい)


 昔、私の母親が言っていたことがある。


(初恋と死んだ恋人には敵わない)


 何故ならどちらも思い出は美化されるから。初恋はどんなにほろ苦くても時間が経てば甘酸っぱかったような気になるし、悲恋もまた悲劇的な結末以外は良い思い出となっていく。仮に例えどれほど喧嘩をしたり不仲であっても、思い出は美化されていくのだと母は何かの折に話していた。その通りだと思う。私だって両親と格別仲が良かったわけではないのに楽しかった頃の記憶ばかりが蘇ってくる。きっと小さい頃から一緒のカイトとサリア様なら猶更良い思い出ばかりが引き出しに詰まっていることだろう。何だったら初恋で死んだ恋人というダブルパンチの可能性すら大いにあり得る。

 永遠に叶わぬ恋だと分かっていた。だから今まで気付かないフリをしていたのに、ここで自覚をしてしまったらもう気付かないフリをしていた自分には戻れない。


「アリサさん?大丈夫ですか?」


 下からオークリーさんが呼んでいる。私は深呼吸を数回繰り返した。大丈夫、そう自分に言い聞かせる。


「すみません!今行きます!」


 私はすぐに下に降りてエリスさんとカイトの治療に当たった。


「ごめん、アリサ。怖い思いをさせてしまった」

「ううん、こっちこそ忠告無視した挙句にあんなことになって本当ごめんなさい。助けてくれてありがとう」


 カイトが気遣わしげにこちらを見る。私は上手く取り繕った。微笑も欠かさない。


(そう、これで良い)


 私はどうするつもりもなかった。心の痛みも苦しみも全て蓋をして放っておく。思いなどいずれきっと風化し朽ちていくのだ。そうやって墓まで持っていけば良い。そうすれば誰も何も傷つかない。

 私は強引に気持ちを切り替えた。今はそんなことを考えている場合ではないのだ。


「あのね、子蜘蛛を一気に討伐したいんだけど、北側に貯水している場所とかないかな」

「それなら道路を挟んだ劇場の隣に公衆浴場があるが、どうするつもりなんだ」

「公衆浴場、うってつけかも」


 私は大量のアロマ水を操られている人に一気に散布して子蜘蛛が離れたところを退治する算段を立てていた。


「ただ、いくら空中から射撃するといっても私独りじゃあれほどの数を一度に捌き切れないと思う。魔法を人に当てるわけにもいかないし」

「少しずつ散布するのは駄目なのか?」

「分かんない。でも元々忌避剤だから、勘付かれたら今度は蜘蛛の子を散らしたように町中逃げられちゃうかなって。それはそれで面倒でしょ?」

「一網打尽にしたいというわけか」

「なら他の兵団にも協力してもらった方が早い。特に奇跡兵団との連携が必要だ」


 オークリーさんが話に入ってきた。


「手分けして子蜘蛛を討伐するにも暴きの魔法をかけてもらわないことには自分たちには見えませんから」

「……そうですね、私が暴きの魔法を順にかけていくのでも時間がかかりますから、そうするしかないですね」


 忘れていた。私はフェアリーが見えるから認識阻害魔法などあってなきようなものだけれど、他の人たちは違うのだ。奇跡兵団にお願いごとをするのは気が引けるが、そうもいっていられない状況なので仕方がない。


「自分たちが依頼をしますから大丈夫ですよ」

「すみません、ありがとうございます」


 どうやら苦手意識が顔に出ていたらしく、オークリーさんに気を使わせてしまった。


「じゃあアリサは町中に操られている人が残っていないか確認して、いたら北側に誘導してくれないか?俺たちはその間にアロマ水の作製と他の兵団に協力要請をするから」

「分かった。蜘蛛は柑橘系、ハーブ系、ミント系の香りが苦手で、さっきはあそこの店で商品を拝借したわ」

「了解」


 そう言えばカイトたちの移動手段はどうするのだろうと思ったが、オークリーさんが輸送屋さんの馬小屋に向かっていたのでそれを利用するつもりのようだ。

 私はここで一度皆と別れて町中のはぐれ子蜘蛛の捜索に向かった。案の定何人かはいたのでフェアリーアイの吸引力によって北側の劇場近くまで誘導したのだが、劇場外はかなりの人数が殺到し、建物を取り囲んでいた。


「うわ……」


 それは例えるならゾンビ映画のような景色だった。その全ての人数に子蜘蛛が取りついているのかと思うとげんなりしてしまう。兵団の人たちも中に避難しているのかと思ったが、操られている人々をさらに包囲するように外で潜んで待機をしているようだった。


 私は操られている人たち全員を集めると、今度はアロマ水散布のために隣の大きな建物へ向かった。公衆浴場の存在は知っていたが実物はもっと凄かった。噂通り古代ローマのような趣深い施設で、案内板をみるとまるで風呂のアミューズメントパークのようだ。


(今度絶対来よう)


 というか今まで来なかったことを後悔するほど魅力的な場所だった。


「アリサ、こっちだ」


 カイトがエントランスで待っていた。場所まで案内してくれるらしい。

 前方を歩くカイトから仄かに爽やかな香りがした。


「香水つけたの?」

「もう取りつかれたくないからな。討伐に関わる奴には全員つけることにしたんだ。はい、アリサもつけて」


 カイトがそう言って香水を渡してくる。確かに私も夏の日射のせいで大分汗をかいてハッカの匂いは消えていたので、ここで補充しておいた方が良さそうだ。


「アリサが操られたら一巻の終わりだ」

「そんなことないよ」


 子蜘蛛は宿主の人間の力を最大限に引き出すことができない。私がカイトたち近衛兵5人を出し抜いたり、防戦一方でも相対できていたのはそのおかげである。


「俺が嫌なんだ。もうアリサに剣を向けたくない」


 歩いていたカイトが止まってこちらを向く。沈痛な面持ちだ。やはり気にしていたらしい。


「アリサ、本当にすまない。専属護衛と言っておきながら俺は2回も君に剣を向けた」

「操られていたんだから仕方ないでしょ」

「それでもこの手で君を弑するかもしれなかったんだ。2回目なんて本当にあと少しだった」


 余程怖かったのか、カイトの手が震えている。私は慰めるようにその手を取って両手で包み込んだ。


「でも、ちゃんと守ってくれた。あなたのおかげで今ここでこうして生きている」


 そういったカイトの悲喜交々の全てが本当に自分のためならどんなに嬉しいことだろうと思う。悲しくなるので私はすぐにその妄想を打ち消した。


「ごめん、ありがとう」


 カイトは少し元気になったようだった。

次回は今日の20時台に投稿予定です。

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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。

※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。


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