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60.ダンスレッスン

「1、2、3、1、2、3…そうここでターン。良いんじゃないか?随分上達したな」

「ど、どうも」

「強いて言うなら緊張しすぎかな。固さが取れればもっと踊りやすくなると思う」

「そうね…」


 あれから私はお城にいる時はダンスとマナー教師による特訓を受け、遠征の時は隙間時間を上手く活用して、ダンスはカイトに、マナーは他の近衛兵の皆に教わっていた。今は討伐帰り、夜の野外でいくつか足元に灯りをつけて、カイトにダンスの稽古をつけてもらっている。

 ちなみにあの南の島での1件以降もカイトの態度は変わらなかった。気まずい雰囲気が残ったら嫌だったので良かったと思う。まぁ何かを引き摺っていたらきっとこんなことできないだろう。あれは変な茶番の後でカイトの言葉の綾に私がうっかり勘違いをしかけたからあんな微妙な空気が流れただけなのだ。本当にただそれだけである。


(それはそれとして、この状況よ)


 男女がホールドした状態で踊るダンスなんて私は今までやったことがない。その近さといったら、男性との接触になれない私からしてみたら本当に顔から火が出そうなほどだ。お城のダンス教師は中年男性だがそれでも私はいつもガチガチに緊張する。いわんやカイトをやである。


 では一体どうしたか。私はなるべくレッスンの時間を短くすべく、涙ぐましいほどに自己練習を重ねた。高いヒールと慣れないステップで靴擦れがおきようとも足が筋肉痛になろうとも、私には治癒魔法があった。疲労は蓄積していくが、筋肉痛は治るのだ。これは偉大なことである。しかしそうやって男性との接触を減らす努力をした結果、ダンスはある程度身についてきたが、男性との接触を克服する時間や機会が減ることとなってしまい、未だに全く慣れずにいた。これはこれで由々しき事態である。


「ちゃんと踊ろうと気を張りすぎているのかもしれない」

「それはある」


 カイトの言う通りきちんとしなきゃという気持ちも勿論ある。


「パーティーで皆で踊るダンスなんてお遊戯みたいなものなんだから、もっと気楽にすれば良いんじゃないか?」

「お遊戯」

「そう、皆で身体を動かして楽しい時間を共有するのが目的だから、そんなに畏まらなくて良いと思う」

「だって、私多分最初みんなに見られるから」


 そう、その衝撃の事実を知ったのは最初のダンスレッスンの時のこと。本来であれば国王陛下と妃殿下が最初に1組だけで踊ってから皆が踊り始めるそうなのだが、今回は私のお披露目を兼ねているため、陛下と妃殿下が踊った後にさらに陛下と私が2人で踊り、その後皆が踊り始めることになるらしい。ということはホール中央で私は陛下と2人で皆の注目を浴びながらダンスを踊らなければならない。一体何十苦だというのだ。


「あーなるほど、それが原因か」


 カイトは納得したようだった。


「確かに緊張するのも無理はないが、それだってきちんと踊る必要はない」

「どうして?」


 不思議なことを言うと思った。


「それはお披露目であって見世物じゃない。見世物はプロが金を取ってやることで、観客を目で楽しませる必要があるから卓越した技術を用いてきちんと踊らなきゃならない。アリサは違うだろう?だから見られて緊張する気持ちは分かるが、別に綺麗に踊る必要はどこにもないんだ」

「そっか、そうなんだ」


 目から鱗が落ちる思いだった。


「ありがとう。少し気が楽になった」

「それは良かった」


 カイトが微笑んだ。


「まぁでも、陛下の足を踏まないかとか、ダンス中にドレスの裾を踏んで転ばないかとか、そういう心配は尽きないわ」


 綺麗に踊る必要がないということは分かったが、ダンス教師からは「くれぐれも粗相のないように」と釘を刺されていた。裾問題を解決するためにこの世界にミニスカートを流行させてやろうかとまで考えたが、そうなると自分がミニスカートを履かないといけなくなってしまうので自重することにした。代わりにひざ丈くらいのドレスはわりと検討中である。

 そんな私の思惑など知る由もなく、カイトは真面目に返してくれた。


「アリサに足を踏まれたって全然痛くないし、それに」


 ちょっと組んでとカイトが言うのでダンスのホールドの姿勢を取った。そのまま最初のステップを始める。


「仮にアリサが態勢を崩したとしても」

「あっ」


 私が足を後ろに引くステップをしようとした時、ちょうど地面から出ていた大きな石にヒールが引っ掛かってバランスを崩した。


「組んでいる男性側がこうやって立て直す。女性に恥はかかせないよ」


 カイトがホールドしている腕と手を使って転びかけた私を引き付けた。そして何事もなかったかのように次のステップを踏み始める。


「ごめん、足挫いていない?」

「だ、大丈夫」


 問題はそこじゃなかった。


(近かった…近かった!)


 転びかけたことにも勿論驚いたが、その後引き付けられた時の近さといったらない。私は内心悶絶していた。


(夜で良かった…)


 多分耳まで真っ赤だと思う。というか何であんなちょうどよく転びかけたのだと思ったが何てことはない、先ほどまでは彼が上手くリードしてあの危険な場所を避けていてくれていたのだろう。

 カイトが真剣な面持ちで私の顔を覗き込んでくる。


「やっぱりまだ緊張している」


 私は直視できなくて顔を背けた。


「…もう少し、時間をください」


 時間が解決してくれるかは甚だ疑問だったが、そう言って取り繕った。



 私にはまだやらなければならないことがあった。


「本日はよろしくお願いします」


 料理のアイデア出しのためにお城の厨房を借りて試食用の料理を作る必要があった。何種類も作る予定にしたので料理人を3人つけてもらっている。しかもそのうちの1人はジョゼフ料理長だった。ジョゼフさんはヴィンセントさんと同じくらい年配の方で、独特の威圧感がある。髭はなく、やや額が後退している。料理への飽くなき探求心は若者を凌駕するようで、私の料理の試作付き添いも1番最初に自分がやると言い出したらしい。まさに料理人の鑑である。もう1人はやや小柄で恰幅が良い中堅のポールさん、もう1人は痩せぎすだが元気な若手のジュールさんだ。


 事前の打ち合わせは何回かしており、それを踏まえて今日作る試作品の料理を決めていた。まず前提として陛下は上品な料理ではなく目新しい料理を欲しており、多少奇抜でも問題ないという。それからパーティーは交流に重きをおきたいという考えから立食形式であり、料理は大体冷めているとのことだった。


(現代のホテルみたいに保温器や保冷器が発達しているわけじゃない)


 日本料理は熱いものは熱いうちに冷たいものは冷たいうちに食べるという考えがあるが、宮廷料理は大体温いか冷めている。諸説あって給仕するまでに時間がかかるとか、味をはっきり感じるには温い方が良いとか、毒味をしているうちに料理が冷めているとか。ここの料理も例に漏れずアツアツといったものは基本給仕されない。それを踏まえて今回は冷めていても美味しいものをとあれこれ考えた。


(ライブキッチンとかしたら盛り上がるかもしれないけど、そのアイデアは取っておこう)


 いきなり奇抜すぎることをやっても受け入れられないだろうし、何より手の内のカードを全て切る必要もない。きっとこういうアイデア出しは私がここにいるうちは起きることだろうから、小出しにして来年再来年などに取っておいた方が楽なはずである。


(私、もう来年再来年の心配をしているの?)


 来年のことを言うと鬼が笑う。ひとまず今年は今年で満足してもらえそうなものを作ろう。

次回は明日の12時台に投稿予定です。

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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。

※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。


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