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57.即興芝居

「アリサさん、今日そっち男性風呂ですよ」


 止めてくれたのはオークリーさんだった。ここでは元の世界と同じように客を飽きさせないよう1日ずつ女風呂と男風呂が交代していた。


「すみません、気が付きませんでした」

「心ここにあらずと言った感じですね」


 オークリーさんに苦笑いされてしまった。

 結局あれからも何度か私はタイミングを見計らってお断りをしていたのだが、その度に「良いよ、気長に待つから」とか「君を好きでいることは僕の自由でしょ」などと言われ、きっぱりお断りをすることができなかった。それでどうやったらすっぱり諦めてもらえるのかということを悶々と考え続け、皆といる時でさえふと気が付くとライアンさんのことに思考が持っていかれた。何回か名前を呼びかけられるまで気が付かなかったり、食事中水の入ったコップに手をひっかけてしまったり、散々である。


(断れないまま帰るなんて気持ち悪いことはないよね?)


 心に重石が乗っているようだった。


「カイトにも言えないことですか?」

「え?」


 不意にオークリーさんが訊ねてきた。


「カイトとは一番気心が知れているようですから、もし何か悩みがあるならカイトに相談してみては?」

「ああいえ、大丈夫です」


 女友達ならまだしもカイトに相談するようなことではない。


「もし、カイトに相談しにくいことでしたら自分でも」

「お気遣いありがとうございます。本当に何でもないんです。ご心配をおかけしてすみません」


 そう言ったらオークリーさんが悲しそうな顔をした。


「アリサさん、機会がなくてきちんとお話できなかったのですが、この間のこと本当にすみませんでした。あれからアリサさん、体調を崩され、皆の風当たりも強く辛そうだったので、何か自分にできることがあればと思ったのですが、差し出がましかったですね」


 どうやら私の悩みの種を勘違いしているようだったので、私は慌てて訂正した。


「オークリーさん、本当にこの間の件は私自身のせいでオークリーさんが気に病むことは1つもないんです。世間の風当たりも私がまた1つずつ信頼を勝ち得るしかなくて、それは魔物討伐という形で返していけますし、奇跡兵団の人たちの視線はまだ痛いですけど、それも時間が解決してくれると思います。なので今仕事における悩みはありませんので安心してください」


 そう、悩みは全くプライベートなことである。


「そうですか、では一体」

「こんなところで立ち話ですか?」

「わっ!」


 浴室側から現れたのはエリスさんだった。


「すみません!オークリーさん、私もお風呂入ってきますね、では!」


 エリスさんのおかげで命拾いした。私は口が滑って仕事の悩みはないと言ってしまい、オークリーさんは「じゃあ何に悩んでいるんですか?」と私に訊こうとしていたからだ。


(せめてリリアンさんがいれば撃退法を話し合えたのに)


 電話が欲しいなと初めて切実に思った。



 翌日は波も大分落ち着いており、夕方前には船が出航できそうだった。ようやく帰れると思うと嬉しい反面、問題を早く片付けなければと強く思った。


(このままなぁなぁで帰りたくない。付き合う予約なんてさせるものか)


 私はもうライアンさんを性の対象としては見ていない。教えてもらった義理や恩は脇に置いて、諦めてもらえるよう毅然とした態度ですっぱり断ろうと心に決めていた。

 再び昼過ぎにライアンさんを呼び止め、食堂裏口の外で会っていた。


「今日帰るんだってね」

「はい、それできちんとお話しようと思いまして」


 私は屹然とした態度でライアンさんに望んだ。


「はっきり申し上げますが、あなたとはお付き合いできません」

「だから今は良いよ。僕のこと心の片隅にでも置いておいて、いつか思い出してくれると嬉しい」

「そういういつかというのも本当に困ります。それは私が失恋や誰かと別れることを前提にしていますがそのまま私が誰かと結婚して添い遂げる可能性もありますし、仮に独りになったとしても私は今後あなたを好きになるビジョンが湧きませんので、勝手に私と付き合う予約をしないでください」

「へぇ、アリサちゃん思ったよりきついこと言うねぇ、意外だな」

「この2日間やんわりとお断りし続けてもまるで効果がなかったので、今日はストレートにお断りしようと思いまして」


 こちらとしてはもうなりふり構っていられない。正直これで調味料類は渡さないと言われてもそれはそれで仕方がないと思っていた。むしろそれで手が切れるなら良い気さえしてきた。せっかくの調味料類は名残惜しいが、ストーカー紛いを相手にするよりマシに思えたのである。


「ふーん。そうか、じゃあ僕も待つのを止めるよ」


 そう言うや否や、いきなり片手で私の手を握り、もう片方の手で私の頬を撫でた。


「なっ」

「どうやったら振り向いてくれるかな?」


 親指で唇を撫でられた。全身に怖気が走る。


(き、気持ち悪い!)


 防衛のために何か魔法を使おうと思った時だった。


「そこで何をしている!」


 声の主はカイトだった。


「見てわかるだろ?女性を口説いている最中だ。少し後にしてくれないか?」


 ライアンさんは第三者の出現にイラついているようだった。


「もう何度もお断りしています、離してください!」


 私の声は上擦っていた。多分顔も引き攣っていると思う。カイトはそれを見て何か色々察してくれたようだった。無言でつかつかと歩いてきて、ライアンさんと私の間に入り込む。ライアンさんはその無言の圧力にたじろいだのか私の手を離した。カイトは私を背に庇ってくれた形だ。


「俺の恋人に手を出す気か?」


 ドスの聞いた声だったが私の頭には大きなはてなマークが浮かんだ。


(俺の恋人?)


「は?付き合ってないって言ってたぞ?」


 言った。それは間違いない。

 カイトは急にこちらを振り向くと両手で私の肩を掴んだ。


「アリサ、ごめん、俺が悪かった。よりを戻してくれ」


 私が混乱しているとカイトが目で何か訴えてきた。


(芝居を打てってこと?)


 そして次の台詞は私のようだった。


「な、何よ、今更虫が良すぎるわ!」


 私は拒むように身を捩りカイトに背を向ける。


「分かっている。あの時はそれが最善だと思ったんだ。フェアリーアイとしての君の責務を思えばこそだった。でも駄目だ、俺はアリサがいないと何もできない」


 カイトが私の肩を掴み振り向かせる。


「頼む、よりを戻してくれ」

「あの、取り込み中悪いんだけど、アリサちゃんフェアリーアイなの?」


 ライアンさんが芝居途中で割り込んできた。


「え?あ、はい」

「あーそっか、そうなんだ。ごめん、てっきり異世界人だから黒髪なんだと思ってたけど、フェアリーアイでもあったんだ。じゃあ良いや」

「は?」

「フェアリーアイは災厄を呼ぶ。だからフェアリーアイの君とは付き合えない、ごめんね?」

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