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56.困った告白

 大豆調味料の説明が終わると次は日本酒の説明をしてくれた。これはかなり手順が複雑だった。簡単に纏めると蒸した米と水と米麹を発酵させて酒母を造り、それに蒸した米と水と米麹を3回に分けて加えてゆっくり発酵させるらしい。日本酒ではこの状態を醪と呼ぶ。約1か月発酵させたら濾過をして出来上がりだ。


「味見してみる?」

「良いんですか?」

「ちょっとだけね」


 ライアンさんは小さな味見皿に濾過したてのものを入れて渡してくれる。その時に少し指先が触れた。


「すみません」


 目が合うとライアンさんが微笑した。


「い、頂きます」


 何だか少し気まずかった。

 久しぶりに飲む日本酒はお米の優しい甘さが感じられて美味しかった。私がそう感想を言うとライアンさんは嬉しそうにしていた。


 酢は日本酒に種酢を入れて発酵させたらできるみたいで、種酢自体はこの世界に元からあるモルトビネガーと水、果物と日本酒で予め発酵させておくことでできるとのことだ。

 焼酎は日本酒の蒸留酒だから簡単かと思ったのだが、作り方が違った。これもざっくり纏めると水と麹と酒母を混ぜて1週間ほど発酵させ、ここにさらに蒸した米と水を加えて1‐2週間発酵させてから蒸留するようだ。ここで使われている蒸留器は陶器製で比較的小型のものだった。その蒸留した液体をさらに3か月熟成させて濾過したら完成である。

 こうやって教わってみると発酵がいかに大切かが分かるし、手間暇がかかるのだとよく分かった。

 ライアンさんは分量、温度、手順や状態などをとても分かりやすく教えてくれた。時折私も質問を交えながら紙にメモをしていく。


 説明自体はとても良かったのだが、気になることがあった。不必要に距離が近かったり、ボディタッチが多い気がしたのだ。例えば私がメモを書き込んでいるとわざわざ覗き込んで来る時があったのだが、その時の顔や身体の距離が異様に近かったり、樽の中身を見る時に身体をかなり引き寄せられたりした。あるいは杓を使って実際にかき混ぜさせてももらう際には、必ず手を添えられた。


(やり方違うのかな?)


 言われた通りにやっているつもりなのだが、そのうち必ず手を握られていて、少し反応に困ってしまった。

 ペンと紙を渡して代わりに書きつけてもらうときもかなり注意を払って渡したのだが、絶対にどちらかの指先は触れてしまった。


「すみません」

「何が?」

「いえ、何でも」


(指先が触れて気にしているのは私だけか)


 ライアンさんは全てどこ吹く風といった感じだ。


(まぁ、普段カイトだって近いしね)


 男性との接触にいちいちドギマギして変に意識してしまうのは自分が慣れていないせいだと言い聞かせる。こんなことではこの異世界でやっていけない。


「あ、動かないで」


 ライアンさんはそう言って私の髪を撫でた。


「糸くずがついてたから」

「…すみません、ありがとうございます」


 こういうことをされると私の体は思わず硬直してしまう。「髪に糸くずついてるよ」って指摘してくれればそれで良いのにと思ってしまうが、紳士の世界ではそれはあり得ないらしい。


(我慢我慢)


 教えてもらっている身だし、私の自意識が過剰なだけだと思うことにした。

 昼過ぎから説明を受けていたが、全てが終わると既に夕方になっていた。


「貴重なお時間をいただきありがとうございました」

「いや、こちらこそこうして曾お爺ちゃんの技術を教えられるのは楽しかったよ」


 ライアンさんはにっこり笑った。そして突然とんでもないことを言ってきた。


「アリサちゃん、もし良かったら僕と付き合わない?」

「え?」


 何の脈絡もない一言だった。


「えっと、それはどういう?」

「初めて見た時から可愛いなぁって思ってたんだ。真剣なところも良いし、素直でお利口さんな所も良い。君が好きだ、付き合ってほしい」

「いや、あのまだあって間もないですし」

「一目惚れだよ、会って少ししか経ってないのにもうこんなに好きなんだ。それに曾お爺ちゃんと同じ異世界の人だなんて運命的じゃないか」


 顔に似合わずグイグイと攻めてくる。どうやら私が感じていた微妙な違和感の数々は間違いではなかったらしい。


(ここは無難なあの断り文句を言うしかない)


「すみません、私」

「あまりにも急だったね、ごめん。少し考えてくれると嬉しいな」

「え。いや、あの」

「さぁ、僕も家の手伝いをしないと怒られちゃう」


 そう言われてしまうともう何も言えなかった。


(断れなかった…)


 帰りもまた肩を抱かれ相合傘でペンションに帰った。



(今日も帰れそうにないか)


 次の日は雨は止んでいたものの波がまだ高かった。私はライアンさんの1件で気が重たくなっていたので、できれば早く帰りたかった。


「ボーっとしてどうしたんだ?」


 朝食中カイトが話しかけてきた。


「今日も帰れそうにないなって思って」

「そうだな。まぁでもアリサにとっては良い休息なんじゃないか?」


 嵐のおかげで気温が上がっていないので身体が復調してきたことは事実である。


「そうね」


 問題は精神面だった。あの後もライアンさんは隙を見ては秋波を送ってきていた。誰も見ていない時にウインクをしてきたり、何かをサーブする時にさりげなく手に触れてきたりするのだ。ちょっともう耐えられず夜に断りを入れようとしたが、そういう時に限ってライアンさんは見当たらず、断れないまま2日目に突入してしまった。ちなみにカイトには和食調味料がごっそり見つかったこと、お土産でいただけること、作り方も教えてもらったことは報告済みだが、ライアンさんに告白されたことはプライベートなので言っていない。

 朝食が終わるとオーナーさんが「ちょっと」と私を手招きした。


「どうしました?」

「良かったらアリサちゃんだけ別メニューにしようか?」


 オーナーさんが善意でこのような提案をしてくれていることは分かったが、1人だけ別メニューというのは色々と罪悪感を感じてしまう。


「いえ、私だけ特別というわけには…そういえば食堂で和食は出さないのですか?」


 いっそみんなの食事を和食にしてもらえば良いのでは?と思った。


「祖父の時代に一時期出していたらしいんだが、和食の珍しさに客がこぞってうちに泊まりに来てしまって他のペンションからやっかみを受けて禁止になったんだ。祖父はお詫びに生魚のカルパッチョを考案して他のペンションにアイデアを渡して解決した。以降その料理が名物となったわけさ」


 そういう経緯があったのか。確かにカルパッチョは元の世界でも元々は牛肉の薄切りだったが、日本で生魚アレンジが流行って海外に逆輸入したはずだ。ここではそれがおよそ200年前に行なわれていたらしい。


「そうなんですね、すみません。せっかくのお申し出で大変ありがたいのですが隊の規律を乱すわけにはいきませんので、また今度プライベートで来た時にでもお願いします」

「そうか、仕方ないな」


 オーナーさんはすんなり諦めてくれたので良かった。



 問題はライアンさんだった。


「あの、少しお時間よろしいですか?」


 昼食も終わって夕方まで少し時間がある頃合を見計らって私はお断りのためにライアンさんに会っていた。場所は他の人に見られないよう食堂裏口の外にした。


「昨日の話?」

「はい、あの大変申し訳ないのですが、私ほかに好きな人がいるのでこの話はなかったことに」

「好きな人がいるか。アリサちゃんは素直で本当可愛いな」

「…どういうことですか?」

「誰かと付き合っていないなら僕諦めないよ?いや、多分付き合っていても別れたら僕のところに来てって言うと思う」


 とんでもない一言だった。今までこれで断れなかったことがなかったので私は戸惑ってしまう。私が困っているとライアンさんは肩に手をかけて来て、耳元で囁いた。


「ねぇ、もっといっぱい僕のこと考えて?」


 その響きは甘やかで、鳥肌が立った。


(ひ、ひぃ!)


 こんな強引な人は初めてである。対処法が分からない。もう十分胃が痛いくらい考えてますから勘弁してくださいと言いたいところだ。しかし、作り方を丁寧に教えてもらい、調味料類をもらう上、今後種麹や大豆を定期的にもらうことも考えたらあまり強く拒否することも出来なかった。


(一体どうすれば…?)


 ライアンさんは昨日に引き続き大人の余裕といった感じで、肩をポンと叩いた後「じゃあまた今度返事を聞かせて」と言って離れて行った。そのあたりの引き際の良さを含めて一枚も二枚も上手である。

次回は明日の12時台に投稿予定です。

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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。

※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。


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