51.空を飛べたなら
私は何とか馬車での移動を終えた。着いた時には日が沈んでしまっていたので討伐は明日の朝から行なうことになった。
月に照らし出されている海は静かで幻想的だった。砂浜も白く、バカンスなら最高だろう。隊が駐屯するために港町のごみごみしたところからは外れているので穴場ビーチような趣がある。海には大小様々な帆船が何艘か舫いてあった。帆船なんて初めて見た。きっとあれで討伐に行って沈められたのだろう。
(海に足首だけでもつけたいな)
そう思って海の方に近づいていったらカイトに止められた。
「万が一それで魔物を呼んだらどうする」
暗い中の戦闘はごめんだと目が言っている。私は海辺に行くことを諦め、代わりに魔法で生成した冷たい水で顔を洗った。
時間が遅かったので討伐依頼人への挨拶は明日行くことにしていた。代わりにこれから今の現場指揮官の話を聞き、討伐方法の打合せを行う。見張りの必要がないので今回は私も参加することになった。
現場の人たちは私に会うと少し気まずそうな顔をした。裁判のことが尾を引いているのだろう。仕方のない状況だったとは言え、フェアリーアイが闇属性魔法を使用したことは少し残念という意見が多い。奇跡兵団の人たちは相変わらず鋭い視線を向けてくる。居づらいことこの上ないが、こちらも仕事なので逃げるわけにはいかない。人生とはままならないものである。
大きな会議用の拠点テントに集まっていた。カイトの気遣いで出入口の幕は開けたままにしてもらったが、風通しが悪いのでまるで蒸し風呂のようだった。
現場の話を総括すると、魔物はどちらかと言えば温厚で、近づかない限りは襲ってこないとのことだった。ただ、南の島とのちょうど中間地点に居座っていて、漁をするにも渡航するにも邪魔になっているらしい。ちなみに今は浅瀬の方で漁が行なわれており、魔物がいるせいか浅瀬にも多くの魚が集まって大漁だそうだ。
私たちが道中考えてきた討伐方法についてあれこれ議論が始まった。氷の足場は試したようだが、途中で触手に壊されてどうにもならなかったという。餌も結局海にはたくさんの食料があるので陸におびき寄せることはできなかったらしい。
(じゃあ本当に私が餌になるか、海を割るかか)
足場がないことにはどうにもならない。人は海の中では戦えないのだ。
「空でも飛べたら良いんですけどね」
はははと誰かが冗談を言って笑い飛ばす。行き詰っていた会議もそれで少し雰囲気が和やかになった。
(空を飛べたら、か)
皆考えることは同じだなと私は思った。
その後もう少し粘ったが、私はどうしても暑さに耐えられず、一度中座させてもらった。護衛なんて必要なかったが夜道の1人歩きに何かあってはいけないとギルバートさんもついてきた。
「凄い汗ですね」
「あんな暑いところにいたらこれくらい汗も掻きますよ」
私は冷たい水で顔を洗い、経口補水液を飲んだ。ついでに氷も食む。会議の時は人目があったので使うのを躊躇っていた氷嚢を取り出して首筋に置き、木を背にして座り込む。ギルバートさんも隣に座った。しばらくそうしていたが、少し落ち着いてくると砂浜を歩きたくなってきた。
「ギルバートさん、気分転換にお散歩しませんか?」
「ついて行きます」
海から少し距離を取りつつ、夜の砂浜を散歩した。波音の清涼感が心地よい。さしたる会話もなかったが、気まずくはなかった。あれこれ話をされるより余程良いと思う。
何となくそのまま歩いていると、掘っ立て小屋が1つ見えてきた。
「あれは何でしょう?」
「道具小屋か何かでしょうか?一応ここも清掃などはするはずですから」
「なるほど」
小屋の壁には箒が1本立てかけてあった。よく魔女が乗っているような昔ながらの箒だ。
その時私に天啓が降りてきた。箒を見るなり私はギルバートさんをおいて駆け出した。
「アリサさん?どうなさったのですか?」
ギルバートさんが慌ててついてくる。その言葉に返す余裕などなかった。高鳴る胸を抑えきれない。箒にこれほど心踊ったことなど今までなかった。
私は箒に跨るとこう唱えた。
「エピピレオン―浮遊せよ―」
足が地面から浮いた。答えは単純明快だった。生物に浮遊魔法をかけることはできないが、生物じゃないものに浮遊魔法をかけることはできる。ということは乗り物に浮遊魔法をかければ空を飛ぶことができるのだ。
(何でそんな簡単なことに今まで気付かなかったんだろう?)
それは「こんなに魔法が発達した世界で空が飛べていないならやはり飛べないに違いない」という先入観があったからだ。空を飛びたいという憧れよりも無理なんだろうという偏見の方が勝り、その方面の努力をしてこなかった結果である。やはり人間、欲を失ったり諦めや慣れがあると進歩しないのだと痛感した。
はじめはバランスが難しかったが慣れたら自転車に乗っているような感じだった。いけると思った私はどんどん上昇し、風魔法もつけて速度を上げていった。馬の全力疾走くらいは出ているのではないだろうか?風を切って気持ちが良かった。
「あははっ!ギルバートさん、私いま、空を飛んでいるわ!」
愉快だった。私はいま、飛行機でも気球でも滑空でもない方法で空を飛んでいるのだ。
ギルバートさんは口をあんぐり開けて、飛んでいる私を眺めているようだった。ずっとこのまま乗っていたい気分だったが、ひとしきり満足すると私は地上に降り立った。
「これであの沖合まで行って討伐できる!」
「アリサさん、それはアリサさんにしかできません」
「え?」
「浮遊魔法は浮遊させる質量に応じて必要な魔力量が変わってきます。自分1人を長時間浮かせ、沖合に行って討伐して戻ってくるだけの魔力が常人にはありません。しかも卓越した魔法コントロールも必要になってきます。今まで空を飛ぶ魔法が実用化されていないのも偏にそのためです」
なんということでしょう、この方法はフェアリーアイのなせる業だったとは。しかし流石の私も人数分の箒を操作して空を飛ぶのは骨が折れるし魔力も消費する。それなら1人で行った方が良い。
「じゃあ私1人で行ってきますよ」
「それは危険です」
「んー、ひとまず提案してみましょう」
私とギルバートさんは急いでテントに戻り、私の飛行について提案する。皆理解が追いついていないようだったので実物を見せた方が早いと思って私は再び空を飛んだ。全員度肝を抜かれた顔をしていた。
カイトはじめ親しい近衛兵のみんなはこれだと私1人での討伐になってしまうので渋っているが、他の人たちは興奮気味で乗り気だったので、最終的には私の案が採用されることとなった。
翌朝、よく晴れた空は討伐日和だった。
「なぁ、やっぱり1人じゃ危険だから止めないか?」
「決まったことでしょ」
「俺も後ろに乗る」
「重量オーバーです」
本当は重量オーバーというより誰かと2人乗りするのが恥ずかしくて嫌なだけだ。
私は箒にまたがっていた。
「というかなんで箒なんだ?」
レオンさんが難しい質問をしてくる。
「何でだろう?でもこれは私の世界に古くから信じられている、魔法使いが空を飛ぶときの道具なの」
「魔法使えないんじゃなかったの?」
「んー、恐らく元は妖しい薬師とかのことを魔法使いと呼んでいただけだろうけど、話に尾ひれがついたり、人々の妄想で本当の魔法使いがいると信じられているって感じかな」
魔法使いがいないことを証明することはできない。悪魔の証明である。そこに人々の妄想する余地が生まれるのだ。
「よく分かんないや」
「人の想像力は無限大ってこと。じゃあ行ってきます」
私は箒に乗って空を飛んだ。
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次回は明日の12時台に投稿予定です。
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