47.夏の訪れ
※1話にまとめたかったのでやや長めです
謹慎処分中の3日間、私の身には色々なことが起きていた。まず簡単なところで言えば、リリアンさんにお願いして本を数冊借りてきてもらい、暇な時間は全て読書に充てた。元来私はインドア派であり、読書は履歴書の趣味欄に記載するほどで、カイトも知っているようによく遠征にも本を持っていく。図書館はお城に併設されているので以前から利用していて、今回は謹慎中の身なのでリリアンさんにお願いしたという次第である。
続いて私はこの3日間のうちに十分な休息と併せて、体力と筋力を戻さなければならなかった。牢屋の中ではいかにカロリーを消費しないかを考えなければならなかったので、筋トレの類は出来ず、強張った身体をストレッチして伸ばすのだけで精一杯だった。体力は食べていないので言わずもがなである。
たくさん食べて、部屋内でたくさん運動しようと思っていたのだが、初日に出鼻を挫かれた。夏が到来したのである。
「暑すぎません?」
「いえ、例年通りですが」
なるほど、これはまずいことになったぞと私は思った。春が過ごしやすかったのできっと夏も過ごしやすいのだろうと勝手に想像していたのだが、そんなことはなかった。体感真夏日か猛暑日である。元々私は涼しい地域出身なので冬に強く、夏に弱い。ニュースに出てくるような連日記録的な暑さを記録するような地域にはとてもではないが住めないと思っていた。そんな人間がいきなりその地域に放り込まれたと考えてほしい。しかも周りの人間はこれが普通だと思っている。衣替えはしたが、エアコンも扇風機もない。これは由々しき事態である。体力回復どころか夏の暑さにやられて死ぬ。私は本気で命の危険を感じ始めた。
「水に少量の塩と砂糖を混ぜて持ってきてほしいです」
「それはあまり美味しくなさそうですが」
「人は美味しさを犠牲にしても塩分と糖分を摂取をしなければならない時があるんです」
私の必死さに気圧されたのかリリアンさんは言われた通りに即席の経口補水液を持ってきてくれた。私は有難くそれを飲む。リリアンさんは大して汗をかいていないのに、私は大量に汗をかいているのだ。とにかく尋常ではなく暑かった。
(私ここの夏の3か月、乗り切れる気がしない)
何とかしないと干からびてしまいそうだった。
「大きな厚地の布がほしいです。同じ大きさで黒色と白色を1枚ずつ。あと、大きな盥をひとまず10個くらいお願いします。それからタオルを複数枚」
私は普段あれこれお願いをすることがないので、ここまで切羽詰まっている私を見てリリアンさんは少し慌てたようだった。
「どうされたのですか?」
「リリアンさん、私が元々住んでいた地域の夏はここまで気温が上がらないことがほとんどなんです。暑さにやられて死にそうなので、できるだけ部屋を涼しくする工夫を行なわせてください」
それを説明するとリリアンさんは迅速に私が言った物を取りに行ってくれた。私はその間に窓から水魔法で地面と壁に打ち水をした。
リリアンさんが先に布類を持ってきてくれたのでそれを2枚併せてカーテンレールに上手く括りつける。白色の布は外側に黒色の布は内側に来るようにした。白色は太陽光を反射するが遮光率が低いため床や壁などが直接熱くなりやすく、黒色は太陽光を吸収して部屋が暑くなりやすいが遮光率が高いので床や壁などの温度が上がりにくいと聞いたことがある。それで2枚重ねて使用してみたのだ。完全に閉めてしまうと流石に部屋が暗くなってしまうので少しだけ開ける。ここは特に南窓で日射がきつかったので、これだけでも違う気がした。
盥も持ってきてもらったので、部屋全体にちょうど良い間隔に並べてセットする。そしてそこに水魔法で氷のブロックを生成した。さらに風魔法で部屋の空気を循環させる。空気が冷やされると共に除湿効果もあるので体感温度も下がるはずだ。窓は開けていたが閉めることにした。その方が冷える気がしたからだ。
タオルは濡らして半分凍らせて、首元と脇と太ももにつけた。ほとんど熱中症の人に行う処置である。これで随分と涼しくなった。
「涼しいですね」
リリアンさんが嬉しそうな顔をしていた。どうやらこちらの人たちも暑いには暑いらしい。人間の慣れとは恐ろしいもので、慣れてしまうと工夫を怠ってしまうため、このような涼を取るという考えに至らないのだろう。魔法の無駄遣いと言われるかもしれないが、こちらだって命の危機なのだ、大目に見てほしい。冬は着込んだら温かくなるが、夏は全裸になっても暑いので、本当に夏の暑さは個人的に苦手である。
「後はご飯か」
昼飯まで終え、私が抱いた感想は「これじゃない」だ。確かに夏野菜がふんだんに使われているし、冷製パスタ、冷製スープなど涼しいメニューにはなっていた。でもなんかこう違う。手が込みすぎている感じがする。というより春の時はそれほど感じなかったが、夏になり過酷な環境になって私の和食欲にスイッチが入ってしまった。醤油、味噌、だし。日本人の命と言っても過言ではないこの3点を私は一体いつから摂取していない?
(やばい、ホームシックだ)
こちらの世界には醤油も味噌もだしもない。作り方も知らない。飛車角落ちどころか投了である。しかしないものねだりをしたって仕方がない。ないものはないのだ。今あるもので欲を満たさなければ。
(でも謹慎中だから厨房にも行けないんだよなぁ)
実は今までにも何回か小規模な和食欲は到来していた。いつの討伐報酬だったか国王陛下にたまに空いている時に厨房を貸してほしいですと嘆願してその権利を勝ち取っていたのだ。まぁ遠征に行っていることも多いので今までの使用頻度としては片手の指に収まるほどである。
「リリアンさん、ダメ元で聞きますけど厨房にも行っちゃダメですか?」
「駄目ですね、私が叱られてしまいます」
リリアンさんが叱られるのは良くない。私は脱走も諦めることにした。とりあえず、現状和食欲を満たすことはできない。厨房に行って自分で作るならまだなんちゃって和食で多少和食欲が満たせるのだが、それも禁止されている今、私は異世界の料理人に何がオーダーできるだろう?
(結局、食べ馴染みがないから「これじゃない」感が出るんだ)
野菜のゼリー寄せなんてお洒落なものを出されても戸惑いしかない。もう正直素材そのままで良い。トマト丸かじりとかきゅうり1本食いとか。
(栄養満点で素材そのままでこのバテた身体でもモリモリ食べられて、料理人に指示を出しやすくかつ私にとって食べ馴染みのあるものといえば…あれしかない!)
私は紙とペンを用意し、材料とレシピを書きつける。
「リリアンさん、残りの謹慎生活の料理はこのレシピをひたすらローテーションするよう伝えてもらえませんか?」
「毎食同じものを召し上がるのですか?」
「レシピにアレンジ方法も記載しているので少しずつ変えて頂ければ同じで構いません」
私は毎食同じものを食べることに抵抗がない人間である。そして今欲しいのはお洒落で手の込んだ料理ではなく、素材の味と栄養だった。
そして待ちに待った夕飯。
「これはサラダですか?」
リリアンさんが訝し気に料理を見つめてくる。
「はい。これはパワーサラダというとんでもなく栄養価の高いサラダです」
ヨーロッパ圏の食文化を持つここでは近年流行したニューヨーク発祥のこの料理はお目にかかったことがないはずだ。
「色々なものが入っていますね」
「はい、ここには野菜類、果物類、チーズ類、豆類、肉類、ナッツ類が入っていて、さっぱり食べられるのは勿論のこと、身体に必要な栄養がバランス良く取れるようになっています」
炭水化物・ビタミン・ミネラル・タンパク質・脂質の5大栄養素を満たし、食物繊維も豊富だ。さらにこのサラダの凄いところは素材の組み合わせ、そのバリエーションやアレンジがとにかく多いところである。肉類ではなく魚介類でも良いし、卵でも良い。野菜や果物は季節のものを取り入れても美味しい。ドレッシングだってお好みだ。私は今回とにかくシンプルにしてほしかったのでオリーブオイルと岩塩、レモン汁のみで注文をした。いずれにしろ厨房の人がレシピをきちんと理解していてくれれば3日間食べ飽きることはないだろう。
ただこれだけだと若干ダイエット感があるというか、私としては炭水化物が少ない気がするので、サラダとは別にバゲットを軽く焼いてバターを塗っただけのものもつけてもらっていた。
(んー、これこれ!懐かしい!)
忙しい時はやっぱり栄養が偏ってしまうので、私は時折休みの日に作ってはこれを食べていた。色々な具材を使うのでお値段はそこそこしてしまうのだが、たまに作る分には良い。美味しい上に栄養が取れるなんて素晴らしいことではないか。これで何とか夏バテは回避出来そうだった。
ちなみにこのサラダは味見した厨房の料理人たちを驚愕させ、すぐさま王城内のレシピの中に取り入れられた。さらに後から国民を巻き込んでの一大ブームになるのだがこの時の私はそれを知る由もない。
次回は今日の20時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




