46.慰め
私は釈放されてまず何をやったか。風呂に入った。空腹よりも不衛生であることの方が耐えられなかった。
(この国に風呂文化があって良かったぁ)
客室に備わっている風呂で私は久しぶりにゆったりとした気分を味わっていた。ここ最近はずっと神経が張りつめていたのでその弛緩ぶりと言ったら、身体がお湯に溶けていくのではないかと思ったくらいだ。
私は隅々まで身体を丁寧に洗った。髪は固形シャンプーが普及している。あちらの世界ほど泡立ちは良くないが、髪を洗えるだけ良い。お湯が汚れたり温くなったら魔法を使った。魔力の無駄遣いのような気もするが、今日ぐらい許してほしい。
(このひとっ風呂のために生きていると言っても過言ではない!)
いや過言なのだが、そう思うほどこの日の風呂は気持ちが良かった。
風呂から上がってタオルドライをすると、リリアンさんが丁寧に髪を整えてくれた。
「アリサ様、本当に心中お察し致します」
リリアンさんが憐憫の眼差しを向けてくる。きっとカイトから色々聞いているのだろう。
「まぁ、髪はまた伸びますし」
「それでもこんな仕打ちを受けるいわれはありません」
「そうですねぇ。でも切られたのが髪で良かったですよ。首を切られてもおかしくない態勢でしたから」
「…アリサ様、もう少し怒ってもよろしいかと」
「怒っていたんですけどね、回りの他の人たちがたくさん怒って下さったので、私の溜飲は下がりました」
本当にもう私の出る幕がないくらい、みんな怒っていた。
「器が広すぎます」
「別に器が広いわけじゃありません」
「それに随分とお痩せになっています」
「牢屋のご飯が食べられなかったんですよ」
「そんなに不味かったのですか」
「不味かったというか腐ってました」
「まぁ、そんなことが」
リリアンさんがおぞましいという顔をした。
「本当にお辛かったでしょうに」
すぐに私の肩に手を添え、労いの言葉をかけてくれた。その手は温かく、気を抜くと泣きそうになる。私はリリアンさんの手を握り返した。
「ありがとうございます」
そんな話をしているうちに髪は整え終わった。一番短いところに合わせてくれたのでボブになっている。不揃いだったので大変だったろうに、リリアンはとても綺麗に整えてくれていた。侍女は髪も切れないと務まらないのだろうか。
身綺麗になったところで食事にありついた。予め薄味かつ具材の細かいスープをリクエストしておいた。これがまた空腹のお腹に染み渡る。食事が終わって一息ついたらようやく生き返ったという心地がした。
もう夕方だった。独房で散々寝たはずなのに、お腹がいっぱいになったらまた眠たくなって私はベッドに転がった。私の意識があと少しで落ちると思った時、下がっていたリリアンさんが戻ってきた。
「アリサ様、カイト様がお見えですが如何致しましょうか。お加減が優れないならまた後日いらっしゃるそうですが」
「大丈夫です、通してください」
カイトは入ってくるなり悲愴な顔つきをした。
「遠目から見て変だと思ったが、随分と痩せているな」
「あー、うん。もうしばらく牢屋には入りたくないかな」
食卓椅子に腰掛けながら私は苦笑いを返した。
「さっきリリアンから聞いた。食事が腐っていたというのは本当か?」
「うん、給仕される食事と水は腐っていた。でもあの特注の縄、私のことは縛り切れなくて魔法が使えたの。だから水魔法でお水を生成して、それを飲んで生きながらえたわ。やっぱり誰かの嫌がらせかな?」
「そうとしか考えられない。囚人だってまともな食事が出るってのに、くそっ」
カイトの顔が大分険しかった。しかも珍しく汚い言葉を使っている。
「他には何かされなかった?」
「他?んー分からない。強いて言えばすごく暗かった。懲罰房かと思ったよ」
「そんな、最下層に入れられたのか?」
「うん」
カイトが言葉を詰まらせていた。
「…よく5日も無事だったな」
「魔法が使えたから」
そうは言いつつも私は思わず俯いてしまった。あの暗闇での幻覚と幻聴を思い出したのだ。しばらくトラウマになりそうである。
何かを察したのかカイトが椅子に座っている私の隣にしゃがみ込む。向かい合うとカイトは膝に置いてあった私の手を握った。
「辛かったな」
鼻の奥がツンとした。それまで必死に堪えていたのにカイトに言われると何故か堪え切れず、涙が一滴零れ落ちてしまった。
あれは怖かった。食べられないことよりも辛かったのだ。
カイトが頭を撫でてくれる。今これ以上優しくされるともっと泣いてしまう。そう分かっていても止まらなかった。
(ああ、カイトの前ではいつも泣いてばかりだ)
かっこ悪い、弱い部分をさらけ出したくない。そう思うのに涙はとめどなく溢れてきた。カイトはまた胸を貸してくれる。ハンカチも。
「暗闇の中で、皆死んでいた」
「そうか」
「苛む声が聞こえてくるの」
「うん」
「全部自分の妄想だって分かっているのに、すごく怖かった」
「暗闇は人の恐怖心を煽る。アリサが怖いと思っていることが出てきたんだ。でも君の言う通り、それは現実じゃない」
「分かっている。私、悔しいんだと思う。この力を全然使いこなせていなくて、皆に迷惑をかけているから」
「迷惑なんてかかっていないよ」
カイトはそう言って慰めてくれるけれど、今はその言葉を疑ってしまう自分がいる。
「嘘」
「嘘じゃない。本当に何1つ迷惑に思ったことなんかない。それにアリサはよく頑張っているじゃないか。魔法書読み漁って勉強したり、暇な夜はこっそり抜け出して魔法の試し打ちもしているし、そういった自分の努力をもう少し信じても良いと思う」
「抜け出しているの知っていたの?」
「専属護衛だからな」
「仕事増やしてごめんなさい」
「そういう話じゃないだろう?ほら、俺の目を見て」
カイトが見つめてくる。
「俺が嘘をついているように見えるか?」
彼の眼差しは真剣だった。私はその視線に気圧されて首を横に振る。
「アリサが闇の中で何を見たのかは分からない。けれど、俺はいつもアリサの味方だから」
私が小さくコクリと頷くと、微笑んだカイトはまた私の頭を優しく撫でる。不思議と沈んだ気持ちが回復してきていた。
「アリサ様を泣かせたのはカイト様ですか?」
私たちはびっくりして反射的に離れた。お茶を持ってきたリリアンさんが後ろに立っていた。
「リ、リリアンさん違いますこれは」
「冗談ですよ、アリサ様」
リリアンさんがにっこり笑う。びっくりしたついでに涙も引っ込んでいた。カイトは決まりが悪そうに席に戻っている。
「カモミールティーをお持ちしました。心穏やかになりますよ」
「ありがとうございます」
ハーブティーを一口飲んでほっと落ち着いた。
「それで、他におかしなことは?」
「他には多分ないと思う」
「そうか」
カイトは何か考え事をしていたが、すぐに気を取り直したように別の話題を振ってきた。
「そう言えばリリアンに髪を整えてもらったんだな」
「うん、さっきやってもらったの」
「悔しいが、こうやって整えてもらうと短いのも良く似合っている」
「ふふっ、ありがとう」
カイトはお茶を1杯飲むとすぐに帰って行った。私の身体を気遣ってくれたのだろう。いつの間にか日は沈んでいた。そのまま今日はもう横になろうとしたら、リリアンさんがランタンを持って入ってきた。
「どうしたんですか?」
「カイト様からしばらくは寝る時にベッドサイドにランタンを置いておくようにと仰せつかりました」
「すみません、ありがとうございます」
カイトの心遣いだろう。窓から入る月光で十分だと思っていたが、確かにランタンがあった方が今は安心する気がする。
「ゆっくりお休みになってください」
私はあっという間に久しぶりに心地よい眠りについていた。
ここまでご覧いただきありがとうございます。ここで第二章完です!
少しでも気になった方はブクマ、評価等よろしくお願いします(>_<)
次回は明日の12時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




