43.短い髪
「済まないが、少しの間テントに入る」
一応レディのテントなので断りを入れたのだろう。出入口も幕を下ろして2人だけの空間になった。他人の視線がないことに安堵してか、どちらからどもなく溜息を漏らす。私はカイトにテールコートを返した。簡易テントには椅子なんてないので、並んで布団に腰掛けることにする。
「闇属性魔法を使うのは違法だということは知っていたか?」
「アギオスさんから聞いていたわ。でも命と天秤にかけて使った。後悔はしていない」
「分かった。闇属性魔法を使用した場合、国王陛下が直々に裁判をすることになっている。人によっては異端審問という裁判だ。過去の判例としては私利私欲のために使った者は厳しい処罰を受け、やむを得ない事情がある場合には罰金などの軽罰で済んでいることが多い。アリサの今回のことも後者に収まるだろう。しかし裁判を受けるまでの間はしばらく地下牢に入ることになる」
「分かったわ」
「隊内で違法者が出た場合、指揮官とその補佐たちが捉えることになっている。済まないが後で手に縄をかけさせてくれ」
私に縄をかけることに抵抗があるのか、カイトが苦渋の表情をした。
(ああ、私よりもカイトの方が苦しそう)
やったことに後悔はしていないけど、何だか申し訳ない気持ちにはなった。
「大丈夫だよ」
「すまない、守ると言っておきながら」
カイトは私の髪をそっと触った。
「専属護衛失格だな」
そう呟いて、項垂れてしまった。こんな弱気になっているカイトを見たのは初めてではないだろうか。
「カイトは何も悪くないよ。総指揮もやって私の護衛もやって、正直私の護衛なんて凄く負担だと思う。疲れるのは当たり前だし、それでも嫌な顔1つせずにやってくれるから、とても感謝しているの」
私は必死になって言葉を紡ぐ。
「カイトは私にいつも頑張りすぎとか無理をするなって言うけれど、カイトの方が頑張りすぎだし無理をしているわ。もう少し皆を頼っても良いと思う。今回のこれは本当にどうしようもないことで、仕方がないことだった。だからそうやって自分を責めるのは止めよう?」
カイトが微笑んだ。まだ少し無理をして笑っているようにも見える。
「ごめん、少し弱気になった。アリサの言葉で元気が出たよ」
「私も、いつも心配かけてごめんね」
「アリサは悪くない。髪、少し切らせてくれないか?そのままじゃ嫌だろう?」
確かに無造作に切られたので長い髪が残っていた。ザンバラ髪よりもなお酷い状態だ。
「俺はこの長い髪をひとまず揃えるから、ちゃんとしたカットはリリアンにやってもらうと良い。少し待っていてくれ」
カイトは一旦テントを出たがすぐに戻ってきた。どこからか布を取ってきたようだった。それをテントの敷き布に重ねて敷く。散髪でテント内が汚れないようにするための配慮だろう。私は促されるがままそこに座ると、カイトが散髪を始めた。
「髪、また伸ばしてほしい」
切りながらカイトがそんなことを言う。
「そうなの?結構軽くなってこれはこれで良いかなって思ってたんだけど」
実は学生時代はずっとショートヘアーだったので短い方が楽だったりする。
するとカイトが不機嫌そうな声を出した。
「アリサが自分の意思で切ったならまだしも、こんなふうに害されて短くなったのは許せない。きっと短い髪を見る度にあの男の顔が目に浮かぶ。だから伸ばしてほしい」
そう言いながら短くなった私の髪を手で梳く。髪を触られている不思議な感覚と相まって、私の思考はあらぬ方向に走って行ってしまう。
(それってどういう意味?)
私は内心大いに戸惑った。またしても顔が赤くなっているに違いない。カイトが後ろにいて良かったと心から思った。
(違う違う、これはカイトにとっては守れなかった負けの証ってことだから、いつまでも髪が短いとそれを思い出しちゃうってだけのこと。何かそういう変な意味はないから勘違いしないで)
そう、それだ。断じてカイトが意味深なことを言ってくるはずがない。私はうっかり勘違いしかけた自分を叱咤し、また無事に正解を導き出せた自分を褒めながらカイトに返事をした。
「うん、分かった。また伸ばすよ」
(ああ、それに長い髪の方がサリア様に似ているからかもしれないな)
そう思うと合点がいった。それと同時にまた胸が傷んだ。私はそれについて深く考えることもせず心に蓋をし、バレないように深呼吸をして落ち着きを取り戻した。思い違いをしてはいけない。彼はただの目の保養なのだ。
翌朝になってみんな山を下りた。私の手には違法者捕縛用の特注の縄がかけられている。カイトの説明によると、これには全種類の魔法石が練り込まれており、全魔法の発動を一定以上阻害する力を持つらしいが、試しにこっそりと魔法を発動させたら使えたので私の魔力を縛るほどではないようだ。まぁ報告しても仕方がないので黙っておくことにした。
縄の一旦はカイトが握っている。ちなみにオークリーさんは件の男性を同じように護送していたが、少し扱いが雑なように見えた。いつも丁寧なオークリーさんが珍しいことである。
縄で縛られていることよりも皆の視線の方が辛かった。フェアリーアイが捕まっているということで、昨夜同様に奇異、憐憫、好奇、軽蔑、憎悪、様々な目線を向けられていた。遠巻きの囁きを聞いていると、手こずっていた敵だったことと誰かを助けるためだったということで仕方がなかったんじゃないかという声が多かったものの、フェアリーアイとしては少し残念、期待外れの行動だったというような声も聞こえてきた。奇跡兵団の人たちは裏切られたと目くじらを立てて怒っている人がほとんどで、視線が痛かった。針の筵というのはこのことか。
私は久しぶりにホームシックだった。全てを放り出して元の世界に帰りたいと現実逃避をする。私、結構頑張っていると思うんだけどなぁと虚しくも自分で自分を慰める。大人になったら誰も慰めてくれないから自分で自分を慰めるしかないのだ。
(まぁ、カイトとオークリーさんはきっと慰めてくれる)
そしてきっとギルバートさんやレオンさん、エリスさんも。小人数でも味方がいることはこんなにも心強いことなのだ。そう思うとホームシックが少し和らいだ。
王都に帰ると地下牢生活が始まった。
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