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33.芽生え

 テントから飛び出した私は、とにかく人気のないところに行きたくて森の中に入った。


(吃驚したぁ)


 まだ心臓がバクバクしていると思ったが、これは走ったからだと思い直す。自分でもかなり狼狽しているのが分かる。


(冷静になれ、私。勘違いしないこと。誰かが死ぬのは見たくないという私の気持ちと一緒。特にカイトは大切だったサリア様に生き写しの私を、目の前で失いたくないだけ)


 カイトは私と同じような気持ちで守りたいと言ってくれたに過ぎない。そこに文化の違いとイケメンが上乗せされて、私の乙女心が敏感に反応してしまったけれど、なんてことはない、ただの約束である。本当にそれ以上でもそれ以下でもないのだ。変に意識する方が逆に不自然だし、相手にも失礼だろう。


(あの一連の所作はこちらの世界ではごく一般的なサービスでありパフォーマンスでありコミュニケーションでありエスコート。いちいち気にしていたら心臓がいくらあっても足りない)


 大分頭の整理がついてきて、落ち着きを取り戻す。大きく深呼吸をした。


「アリサさん」

「わぁ!」


 1人だと思っていたら急に声をかけられて私は吃驚してしまった。


「すみません、驚かせましたか?」


 エリスさんだった。


「エ、エリスさん、どうしてここに?」

「走って行くアリサさんが見えたので気になって後をつけたんですよ」

「なるほど」


 エリスさんには色々とお詫びをしなければならない。できればもう少しメンタルのコンディションが良い時に会いたかったが、お詫びは鮮度が命なのでそうも言っていられなかった。

 私はペコリと頭を下げる。


「エリスさん、先日は色々とご心配とご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

「顔を上げてください」


 エリスさんに促されて、私は頭を上げた。


「こちらこそすみませんでした。あなたを寝込ませてしまったのは僕にも責任があります」

「いえ、そんな」


 美人が眉尻を下げてしょんぼりしている。


「あの後、カイトに酷く怒られましたよ。なんでもっと早く強引に止めなかったのかと。カイトの言う通り、多少手荒な真似をしてでも止めることはできました。でもしなかった。何故だか分かりますか?」

「私を慮って下さったのでは?」


 というか私のせいでカイトにお説教されてしまったなんて、申し訳ないの一言に尽きる。


「違います。僕はあなたに期待してしまったんです。一体どれだけのことができるのだろうと。アリサさんの限界を見てみたくなった。だから止めなかったんです。近衛兵失格ですね」


 エリスさんは肩を落としている。カイトのお説教がよほど堪えたのかもしれない。


「そんなことありません。それにエリスさんが止めなかったからこそ、私は自分の限界を知ることができました。次は倒れないように気を付けます」

「僕もアリサさんがどれだけ頑固かよく分かりました。次がもしあれば、ふんじばってでも止めますよ」

「その時はよろしくお願いします」

「次がないようにしてください」

「はい」


 私とエリスさんは顔を見合わせてクスクスと笑った。


「ところで、アリサさんはカイトのことが好きなのですか?」

「え?何でですか?」


 いきなりとんでもない質問をされて、私はぎょっとした。


「カイトが死にかけていた時とても心配していましたし、「置いていかないで」と仰っていたので気になりまして」


 あの時は必死だったので何を口走っていたのか全く覚えていなかった。


「ああ、すみません。面白くも何ともない話ですが、実は今から6年前に両親を事故で亡くしていまして」

「お二方とも、事故で?」

「はい、2人とも同じ事故で一緒に亡くなりました。私はその時その場にいなかったのでこうして生きています」


 その日は2人の結婚記念日で、せっかくだから外で美味しいものでも食べてくれば?と提案したのは私だった。大学受験中だった私を置いていくのは忍びないと両親は渋っていたけれど、別にそんなの気にしないと言って半ば強引に勧めたのが今でも忘れられない。そして車で出かけた2人は帰りの道中で交通事故に遭い、帰らぬ人となった。


(あの時、私があんな提案をしなければこんなことにはならなかったのに)


 今でも酷く後悔している。私のせいではないのかもしれないけれど、どうしてもそう思ってしまうのだ。


「外傷が酷くて、ガーゼや包帯にたくさん血が滲んでいました。カイトの怪我を見た時、両親と重なって見えてしまって」

「それで「置いていかないで」だったんですね」

「はい、多分。すみません、自分が何を叫んでいたかあんまり覚えていなくて」

「僕の方こそすみません。辛いことを思い出させました」

「いえ、もう随分と前のことです」


 そう言い聞かせて自分の心に蓋をする。この傷はきっと一生じくじくと膿んで治ることはない。提案しなければ良かった。そう苛み続ける限り、癒えることはない。そして私は一生そうやって自分を苛み続けるのだ。



「あ、アリサ、いた!」


 茂みを抜けるとカイトが私を探していた。先ほどは変な振る舞いをしてしまったので、何とか取り繕わねばならない。


「カイト、さっきは急に飛び出してごめんね」

「何かあったんですか?」


 エリスさんが小首を傾げる。


「専属護衛の申し出をしたんだが」


 あれは専属護衛の申し出だったのか。それならそうやって言ってくれれば良いのに。


「断ったんですか?」

「まさか。喜んでお願いしましたよ」

「あれは喜んでいたのか?」

「勿論」


 喜びというか面映ゆさの極みだったけど、そういうことにしておこう。


「そうか、てっきり断られたのかと思ったよ」

「違うの、急に飛び出してごめんなさい」


 誤解が解けて、カイトはほっとしていた。

 私は申し訳ないことをしたなと反省した。



 3日3晩経っていたこともあり、野営地にいる人は当初よりも大分減っていた。ここを経った人は自分の常駐地に帰ったか、次の戦地に赴いたのだろう。残っている人は雑多な後処理に追われているようだった。

 今回の討伐班の近衛兵さんたちは私が起きないことには帰れなかったので、私の目覚めを今か今かと待っていたらしい。結局起きた翌朝にはここを経った。カイトたちももうすぐで帰れるとのことだった。


 専属護衛の件はカイトの一存でどうにかなることではない。あくまでも私の許可をもらってから申請を出し、それが通ればなれる仕組みのようだ。そもそも近衛兵は王族を守る者では?と思ったが、フェアリーアイという能力の重要性を考えて国王陛下が首を縦に振ればつけられるものらしい。危なっかしい魔法初心者のお守り役と考えるなら簡単につけられそうだ。


 またこの時からエリスさんの唐突な質問が時折脳裏をよぎるようになったけれど、カイトがこんなにも優しいのは私を異世界に間違って連れてきた負い目があるからか、あるいはサリア様に似ているからに違いないのだ。時折思い違いをしそうになるので、そういう時は繰り返し繰り返しそう言い聞かせて自分を宥めることにした。

次回は今日の23時台に投稿予定です。

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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。

※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。


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