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31.深い眠りの後

 花畑の中にいた。またあの夢の中だ。しかし、この前とは少し趣が違った。以前は昼間のように明るく、白や赤や黄色などの色とりどりの花畑と色鮮やかな蝶が舞う場所だったが、今は暗かった。花も黒色で、飛んでいる蝶も黒かった。ここはここで何だか凄く落ち着く。夜寝る前の静かな心地良さがあった。

 しばらく目を瞑り、そよ風を感じる。ふと何か気になって目を開けるとこの間の女性が目の前に立っていた。私はこの女性が誰かもう分かっていた。


「イヒネイカ様ですね」


 小さくこくりと頷く。


「闇属性魔法を使ったのを叱りに来たのですか?」


 首を横に振った。


(やっぱり、人間が勝手に言っているだけなんだわ)


 そもそも女神イヒネイカは、私には二面性を持つ女神に見えた。透き通るような白い肌と真っ黒な長い髪。この花畑。光と闇の属性を両方併せ持つ女神様なのだろうと予想していた。


「では、世界の則を大きく外れたことを裁きに?」


 男神メタクシーは裁定を司り、女神イヒネイカは断罪を司る。私は今回、派手に動きすぎたことは自覚していた。死者の蘇生こそしていないが、膨大な人数の治療を行なった。その力は人の域を越えており、自然法則から大きく逸脱しているように思えたのだ。

 しかし女神イヒネイカはこれにも首を横に振った。


(違うのか)


 まぁそれでもし仮に裁かれそうになったら、こんな人に見合わない力を授けなければ良かったじゃないですかと反論しようとは思っていたのだが。


「では一体、何故私をここに?」


 女神イヒネイカはその場に座り込んだ。正座を横に崩したいわゆるお姉さん座りである。そして私を隣にくるように促した。よく分からないが断る理由もないので横に同じように座った。立っている時よりもずっと花の馨しい香りを感じる。何だか凄く眠たい。思わずふわぁと欠伸をしてしまった。神様の前で何て失礼なと思ったが、女神イヒネイカは咎めなかった。そればかりか私の頭をそっと引き寄せる。何をするのかと思ったら膝枕をされていた。私は吃驚したが、女神イヒネイカは引き寄せた手でそのまま私の頭をゆっくり慈しむように撫でる。


(お母さんみたい)


 膝枕など子供の時以来である。温かい掌、触れ合う肌、優しい雰囲気。温もりがただ快い。私はいつの間にか童心に返っていた。怖いものなど何もない。憂いも悲しみも苦しみもなく、ただ無防備で、ひたすら安らかだ。

 私はそのまま深い眠りについていた。



 唇に何か当たった感触がした。それで意識が急に浮上した。目を開けてぼんやりと中空を見つめる。私は一体どこで何をしていたんだろう?記憶が曖昧だ。まるで酒で記憶を飛ばした時のようだった。誰かの手が見える。濡れたガーゼを持っていて、それで口元を拭われたのだと気付いた。


「気が付いたか」


 呼びかけられて、声の方に顔を向けるとそこにはカイトがいた。随分と心配した顔をしている。


(ああ、カイトだ)


 私は何か大事なことを色々と忘れている気がした。頭が鈍くて思い出せない。


「ここは?」

「ダソス森林のテント内だ。覚えているか?魔物を討伐しに来ただろう」


(魔物の、討伐…?)


「あっ!…ゴホッゴホッ!!」


 私は不意に全ての記憶が戻ってきて思わず声を上げて身体を起こしたが、喉が乾燥していて声が出ず、代わりに激しく咳込んでしまった。カイトが私の背中をさすってくれる。


「咳が止まったらこれをゆっくり飲んで」


 コップには水が注がれていた。見たら急激に喉の渇きを覚え、私はそれを煽った。ひりついていた喉がびっくりしたのかまたむせてしまう。口に含んでいた分はカイトがすぐに桶を用意してくれたのでそこに全てに吐き出した。


「ゆっくりって言っただろ?落ち着いて、ゆっくり飲むんだ」


 言われるように少量ずつ口に含んで、喉を湿らせていく。今度は大丈夫だ。少しずつ量を増やしてあっという間に飲み干した。


「もう1杯飲むか?」

「うん」


 3杯目を飲み終わったところでようやく喉の渇きを鎮めることができた。

 辺りを見回す。広いテントの中だった。外は明るい。敷き布にさらに布団のようなものを敷いてそこに寝かされていたらしい。寝具は私1人分しかなかった。戦闘員は男ばかりなので、私に配慮してのことだろう。


「落ち着いたか?」

「うん、ありがとう。私、どれくらい寝ていたの?」

「3日3晩だ」


 今までの人生を振り返ってみてもそんなに寝続けたことはない。新記録更新である。そこまで行くと寝坊どころではなく、いっそ清々しい気さえしてくる。


「さて、何から話そうか?」


 何故かカイトの顔がいつもより数段怖かった。私はその雰囲気に思わずたじろいでしまう。身構えた私を見て、カイトは横を向き小さく1つ溜息をついた。また正面を向くと先ほどの怖さが幾分か薄れていた。


「まずはお礼からだな。話はエリスから聞いている。アリサが俺の右腕を修復してくれたと」


 そうだ、そう言えばカイトの右腕は欠損していたのだ。


「右腕、ちゃんと元の通りに動く?感覚が変だったりしない?」

「ああ、全く元通りだ」


 カイトは私の前で右掌を握ったり開いたりして見せた。本当に大丈夫そうだ。


「良かった」


 カイトが大丈夫なら、きっと他の人の欠損部分も問題ないだろう。


「ありがとう。正直、どれほど感謝してもしきれない。生きて、しかも近衛兵でいられるのはアリサのおかげだ」

「ちゃんと治っていて良かったわ」


 修復できて本当に良かった。


「魔物のこともだ。今回の隊の連中に聞いたら、ほとんどアリサ1人で討伐したらしいな」

「聞き覚えのある魔物だったから」

「見たこともないほど大きなゴーレムを生成したと聞く」

「あの怪物の大きさに合わせたらああなっただけ」


 褒められているはずなのに言い訳がましくなってしまうこの現象は何なのだろう?天邪鬼か。


「そうか。アリサがどう思っているかは分からないけどな、あれはまさに国難だったんだ。あれが王都に到達していたら壊滅していたかもしれない。それくらいの魔物を相手取っていたということを認識してくれ」

「うん」

「本当に分かっているのか?」

「分かっているよ。たくさんの人が傷ついていた。ここで食い止めなきゃって思ったよ」


 食い止めるのが私の義務だと思った。ここで食い止められなかったら本当に私のフェアリーアイとしての存在意義がなくなってしまうと思ったのだ。

 しかしカイトは1つ溜息を吐いた。


「やっぱり分かっていない。分かっていないついでに言うとな、エリスの忠告を散々無視して、ここの夥しいほどにいた負傷者を1晩で全員治したらしいな」

「だって、許せなかったんだもの。あんなに多くの負傷者を見ていたら、この世の不条理さに納得ができなかった」

「それで1晩で全員治したのか」

「そう」


 カイトががくりと項垂れた。


「……もう少し自分を労わってくれ。ハイになってエリスに一服盛られるまで心身の疲労に気付いていなかったらしいじゃないか。しかも魔力切れを起こして3日3晩寝込んでいたんだ。みんなどれだけ心配したと思っている」

「心配をかけたことは申し訳ないと思っているけど、でもやったことは後悔していないし、むしろ良かったと思っている。反省もしていない」


 間違ったことはしていないはずだ。けれどカイトはそんな私を見て呆れている。それが余計私を頑なにさせていた。

次回は明日の12時台に投稿予定です。

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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。

※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。


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