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29.女神の御業

※野戦病院、怪我、欠損などの描写があります。苦手な方はご注意ください

「カイト!」


 カイトに駆け寄る。上半身の傷が酷いようで包帯がきっちりと巻かれていた。カイトの左側から近づいたのではじめは気付かなかったが、よく見たら右腕がなかった。欠損部を圧迫して止血するため包帯をきつく巻いているようだ。そこから真っ赤な血が染み出している。


「カイト!嫌だ、死なないで!」


 頭が真っ白だった。あの時の記憶の2人とカイトの顔が重なって、私の思考は完全に停止していた。


「私を置いていかないで!」

「アリサさん、落ち着いてください」


 エリスさんが私の肩にそっと手をかける。


「治癒魔法で傷を塞げば一命は取り留めます。そしてあなたにはその力がある」

「治癒魔法」


 そうだ、あの時とは違って今の私は魔法が使える。そしてカイトはまだ生きている。だったら救うことができるではないか。


「右腕はどこかにありますか?」

「魔物に食われました」


 結合することはできそうにない。


(どうしよう)


 エリスさんの言う通り、治癒魔法で傷を塞ぐことはできるだろう。しかしそれでは近衛兵として復帰することはできない。命か職かを天秤にかけたら自ずと答えは出る。分かり切っているのに私は何を躊躇している?


「アリサさん?」


(何か、方法が……)


 私の中で何かが引っかかっている。その何かを求めて懸命に記憶をまさぐった。


(そうだ、アギオスさんが言っていた)


 思い出した。治癒魔法の特訓の時だ。治癒魔法にはもう1つ上級の魔法があると言っていた。使えるものはほとんどおらず、現在の奇跡兵団ではその魔法を扱えるものはいないという。


(身体修復魔法)


 欠損部すら回復させるその魔法はまさに女神の御業だとアギオスさんは熱く語っていたではないか。


(知らない。見たこともない魔法。だけど明確なイメージはある)


 それに膨大な魔力もある。私が本当にフェアリーアイという才能を持っているならできるはずだ。

 私は深呼吸をした。心を鎮める。


(女神イヒネイカよ、神のご加護を)


 篤い信仰心など持ち合わせてはいないが、この時ばかりは懸命に祈った。そして修復する場所に手をかざして、私は唱える。


「エピスケヴィ―修復せよ―」


 光属性のフェアリーたちがワラワラと集まって来て、カイトの右上半身を覆いつくす。白く光っていたそれはやがて男性の腕を形作っていた。私は魔法が成功したことを確信する。段々と光が弱くなり魔法の効果が終わると、そこにはカイトの綺麗な状態の右腕がしっかり肩についていた。


「そんな」


 エリスさんは呆然としている。それはそうだ。無くなったものがついているのだから。私だって吃驚である。


「フェラペヴォ―治癒せよ―」


 私はそのまま身体の他の箇所の治療もする。血も多く失われているはずだが、治癒魔法で回復できるだろう。

 治療が終わってもカイトは目を覚まさなかった。身体が休息を求めているのが分かる。何かもう色々言いたいことがあったけれど、それは全て起きた時までお預けだ。私はカイトからもらったペンダントを首から外し、代わりにカイトの首につけた。死神が鎌を振り上げないようにするお守りだ。


「エリスさんは怪我していませんか?」

「ええ、軽傷です」

「フェラペヴォ―治癒せよ―」


 本当に軽傷だったみたいで、すぐに治療が終わった。


「お、俺のダチにもやってくれ!」


 隣で見ていた男性が藁にも縋るように私に懇願した。見るとこのテントの付き添い全員が私を仰視している。重症者が多くいるこのテントは欠損している人も多いようだ。


「順番に回ります」


 私はそう言うと、隣の男性から見始めた。



 身体修復魔法はすでに傷口が塞がっている人には効果がなかった。かと言って断面を作ってから魔法を試す甲斐性は私にはなかったので、素直に謝って治療だけ施した。

 重傷者のテントを回り切ったら日が落ちようとしていた。残す怪我人は急ぎではないので、先に魔物の討伐に向かうことにした。


 急いで1人現場に向かう。討伐の近衛兵とははぐれているが、酒を呑ませる前に寝てしまわれる方が面倒なので、今は魔物を酔わせるのが先だ。寝た後で呼びに行けば良い。

 私は遠くから巨大蛇の全長と頭の大きさを確認すると、誰もいない少し開けた場所で酒作りを開始した。まずは土属性魔法で露天風呂ほどもある大きな升を8つ作った。土属性は派生して草木や鉱物まで操れるから便利である。次にそれらの升いっぱいに水魔法で水を生成した。問題はここからである。私は周囲を見渡して念のため誰も見ていないことを確認してから、升の1つに手をかざした。作る酒はアルコール度数96%を誇るあのウォッカだ。ヤマタノオロチ伝説だと恐らく日本酒か焼酎が使われているはずだけど、和食のないこの世界の魔物の口には合わないかもしれない。というか酒なら何でも良い気がする。それならより純度の高いアルコールを飲ませたいではないか。


 私は一度飲んだことのあるあの酒を思い浮かべていた。荒んだ大学生時代、好奇心に勝てず友達と男気じゃんけんをしながらあのウォッカを飲んでいたらそのうち記憶が飛んでいたことがある。それくらい強烈な酒だ。ちなみに後にも先にも酒で記憶を飛ばしたのはこの1回だけだが、黒歴史なので墓まで持っていくつもりである。

 当時の苦い記憶を思い出しながら、私は魔法を使った。手元には黒色のフェアリーがいて、その子が一度だけつんと水面を触る。同心円状に波紋が広がって魔法は終わった。一見して水と変わらないが、指に少しつけて舐めてみるとあの酒に間違いなかった。ほとんどがエタノールなので消毒液臭い。この純度だと引火もするので要注意だ。


 私は他の升にも同じように魔法を施した。使っている魔法はこの世界では蔑視されている闇属性魔法だ。酒は突き詰めると毒である。それなら闇属性魔法で作れるのではないかと考えて、昨日部屋でこっそり試してみたら大当たりだった。ただ、闇属性魔法を使うことがどれだけの禁忌か分からなかったので、このようにコソコソと作業している。宗教とは全く面倒なものだ。見つかったら異端審問にでもかけられるのだろうか。


 そんなことを考えているうちに作業が終わったので、私は浮遊魔法を使って升を移動させる。無属性魔法の中でも非常に便利な魔法の1つだ。完全に日も落ち、リラックスしている巨大蛇の前に等間隔に酒を設置した。8つの頭はクンクンと匂いを嗅ぎ、酒を飲み始める。酒精が強すぎて途中で飲むのを止めてしまったらどうしようかと思ったが、そのまま飲み進めてくれたので一安心だ。やがて全ての升の酒を飲み干した8つの頭はだらしなく地面に突っ伏した。

次回は明日の12時台に投稿予定です。

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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。

※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。


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