25.窮地
※バトルシーンが含まれます。苦手な方はご注意ください
「アリサ!!」
それは一瞬の出来事だった。抵抗する間もなく私の身体は宙に浮き、そして湖の中へと引きずり込まれた。どうやら繁殖しすぎてもう1体ボススライムがいたらしい。
(死ぬ!)
湖は汚染されているので、すぐに腐食して跡形もなく消え去ると思った。しかし湖に入っても私の意識は保たれたままだ。よく見たら身体が淡く発光して、腐食の作用を遅らせていた。
(あ、カイトのペンダント)
胸元がほんのりと熱を帯びている。これがなかったら危なかったに違いない。しかしやはり完全に防げるほどではなく、肌はところどころピリピリと爛れ始めている。それに問題は腐食だけではなかった。私はボススライムの触手に搦めとられているのだ。本体に到着次第捕食されてしまう。しかも仮に逃げ果せたとしても水面に行くまでに息が持ちそうになかった。すでにかなり苦しい。
(早く逃げなくては)
右手は動かせたので触手を引っ張って抵抗してみるものの、無駄だった。
その時水面から音がした。見上げるとカイトが泳いでいる。濁った水でも誰か分かったのは防御魔法のせいか淡く光っていたからだ。カイトは風魔法で水流を起こしているのか、物凄い速さで近づいて来た。防御魔法のおかけで腐食を防いでいるが、やはり完全ではなく、ところどころ腐食が進んでいる。
私は右手をカイトに伸ばした。カイトはそれを掴むと素早く手繰り寄せ身体を抱き寄せてくれた。そして間髪入れずに空いているもう一方の手を私の下に向ける。目を凝らすとすぐ下にボススライムがいたのだ。カイトは手をかざすとそのボススライムの本体を凍らせ始めた。
(そうか、凍らせれば良かったんだ)
私はパニックに陥っていて、魔法が使えることなど頭から吹き飛んでいた。
しかし、カイト1人だけでは瞬時に凍らせることができなかった。私も加勢したものの、危険を察知したボススライムは私を触手に搦めたまま、湖の奥深くへ逃げようとする。カイトは私の身体を離さず、一緒に引き込まれていた。
(息が、苦しい)
これではボススライムを凍らせる前に2人とも死んでしまう。
(嫌だ、死にたくない)
私は仕方がないにしても、カイトを道連れにするのは御免だった。
(何か、魔法、空気…)
その時私は閃いた。
(これしかない!)
あらん限りの魔力を放出した。水中に漂っている水属性のフェアリーたちが素早く反応する。
ザバーーーーーーーーン!!!!!!
私はかつてモーセが海を割ったように湖を真っ二つに割った。湖の底が見えるほど綺麗に水を二分したのである。
底は大分下にあった。息をつく間もなく落下が始まる。
(溺死の次は転落死!?)
しかし幸いなことに半分ほど落下したところでボススライム本体の冷凍が完了した。触手はただの捕食液となり、私の拘束が解ける。凍ったボススライムはそのまま底に落ちて割れていた。私とカイトは同時に着地の風魔法を使って落下の衝撃を和らげる。
「リスミスティス―緩衝となれ―」
地面に降り立つと私はくず折れた。激しく咳き込む。水を飲んでいたらしい。それに全身が痛い。身体の自由が聞かないし、眩暈もする。
「大丈夫かアリサ!?」
カイトが私の背をさすった。そういうカイトも随分ボロボロだ。私は返事をしたかったが返す余裕さえないほど苦しかった。満身創痍でこのままだと意識を失ってしまう。そしたらあの大量の水はまた元に戻るだろう。今はまだ意識を失うわけにはいかなかった。
私はまず自分たちの範囲だけ水底を浄化した。底には汚染されたヘドロが溜まっており、触っているところから腐食してしまうからだ。次に近くの者も纏めて治癒する魔法を使った。これで自分とカイトの両方を治療することができる。
「アリサ、無理しなくて良い。自分の治療に専念するんだ」
カイトはそう言うが、私にとっては1人も2人もそう変わらなかった。
呼吸が楽になってくる。先ほどまで感じていた身体の痛みや痺れ、眩暈も感じなくなった。治癒魔法とアギオスさんの教えの賜物である。ゲームで回復術師が死んだらパーティーが全滅してしまうのと同じで、隊のサポート役は最後まで倒れてはいけないと教えられていた。そのスパルタ稽古のおかげで身体が勝手に動いてくれたのだ。
私は大きく深呼吸をした。疲労以外は回復していることを確認する。もう大丈夫そうだった。
「助けてくれて、ありがとう」
そんな言葉ではとても足りないほどだ。
カイトは座ったまま私を強く抱きしめた。悪漢に誘拐された時もこんなふうに抱きしめてくれたことを思い出す。
「危険な目に合わせてしまってすまない。礼を言うべきは俺の方だ。俺1人ではあいつを仕留めることはできなかった。それに湖を割るなんてこと、アリサ以外できないよ。結果として俺もアリサも助かったし、ボスを始末することができた。ありがとう」
「カイトが助けに来てくれなかったら死んでいたわ。パニックで何も考えられていなかったもの」
「あんなの誰だってそうなるよ」
しばらく言葉もなく抱きしめられていたが、やがて気付いたようにカイトが抱擁を解いた。
「立てるか?」
私は言われるがまま立ち上がると、足元を掬われた。ふわっと身体が持ち上がる。お姫様だっこをされているということに一拍遅れて気が付いた。
「なっ!?」
「湖をずっと割っているにも限界があるだろう?早くここを上がろう」
カイトが速足で岸辺に歩いていく。
「じ、自分で歩けるよ!それにボススライムの浄化しなきゃ」
「今ギルが来るから大丈夫だ」
前方を見ると本当にギルバートさんが物凄い早さで走ってきていた。治療が必要だと思ったのだろう。
「大丈夫ですか!?」
「治療は終わっている。アリサがやってくれたんだ。すまないがボススライムの浄化をお願いしたい。終わり次第早く戻ってきてくれ」
「畏まりました」
そう言うとギルバートさんは走って行ってしまった。
「だから自分で歩けるって、重たいでしょ?」
「アリサが暴れなかったら軽い」
最近少しずつカイトが砕けて物を言うようになってきた気がする。
私はもう抵抗する気力もなく、なすがままになっていた。
「大丈夫ですかぁ?」
レオンさんが走ってくる。続いてエリスさんとオークリーさんも駆け付けてくれた。
「大丈夫です、ご心配をおかけしました」
「良かったぁ」
「どうなることかと思いましたよ」
「ご無事で何よりです」
みんながほっと胸を撫で下ろしていた。
岸辺付近は崖のようになっていたが、オークリーさんが土魔法で階段を作っていたので簡単に上まで登ることができた。ギルバートさんも最後には追いついていた。皆が岸に上がり、高台まで来たところで私は湖の魔法を解いた。二分されていた水が元に戻る。激しい波が立ち、大きく岸辺を濡らしたが徐々に落ち着いていった。
(あの水、浄化したいなぁ)
私はそんなことを考えていたが、急に緊張の糸が切れたのか、そこで意識が途絶えてしまった。
次回は今日の23時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




