133.痛恨のミス
※怪我の描写があります。苦手な方はご注意ください。
「アリサさん、何とかならないですか?」
エリスさんの声は懇願の響きを帯びていた。私はエリスさんを安心させてあげられるように左手を握り、できるだけ優しく微笑みかけた。
「大丈夫ですよ。カイトの右腕が治ったんですから、エリスさんの手足の五指だって治ります。ただ、一旦壊死している部分を切断してからじゃないと治せません」
「分かっています、覚悟の上ですよ」
早くやっちゃってくださいとエリスさんが言う。
「待て、エリス。今のアリサには身体修復魔法を行えるだけの魔力はないはずだ」
流石にカイトは鋭いなと私は思った。
「すみません、エリスさん。カイトの言う通りで今は少し魔力が足りません。今から寝て今日の朝方には溜まると思うんですけど、それまで我慢できそうですか?」
「それは失礼しました。大丈夫です、いくらでも待ちますよ」
私は念のためギルバートさんを見る。彼も頷いたので何とかそれまでは持ち堪えられそうだ。
「本当に朝方で大丈夫か?」
カイトが心配そうに訊ねてきた。魔力が少しでも残っていれば熟睡はするものの起こされれば起きることができる。しかし完全に魔力が無くなってしまった場合は3日3晩は何をされても起きることができない。この雪山で正体なく寝込むのはリスクが高すぎるから、彼はそれを懸念しているのだろう。
「うん。ちょっとは残るはずだから大丈夫」
「よし、じゃ早速アリサさんには寝てもらわないと」
レオンさんがそう言って寝袋を貸してくれた。
「じゃあお休みなさい」
私は早速寝袋に入り込んで目を閉じたが眠気が遠い。先ほどぐっすり寝てしまった後だし、皆と会えた興奮や寝なければいけないという緊張が私を覚醒させていた。
「どなたか睡眠薬持っていません?」
「眠れないんだな」
「うん、神経が昂っちゃって」
「身体は疲れているはずなんだが」
カイトがやれやれという顔をした。
「僕の荷物の中に入っていますよ」
「何で持っているんだ」
「寝つき悪い時があるんだよ。小さいポケットに入ってるから取ったげて」
エリスさんがそう言ったのでカイトが荷物を漁り、睡眠薬と水の入ったコップを渡してくれた。私はそれを飲んでまた横になる。間もなく眠気が襲ってきて、気が付くとすんなり寝付いていた。
「アリサ、起きられそう?」
カイトに揺すられたようだ。一瞬前後不覚に陥るがエリスさんのことを思い出したら目が覚めた。
「起きた、おはよう」
周りを見回すと今はオークリーさんとレオンさんが寝袋に入っていて、ギルバートさんはエリスさんの隣で丸まって寝ている。エリスさんも眠れているようだった。
「カイトは見張り?休んだの?」
「早い時間に先に休ませてもらったんだ」
その言葉通り先ほどよりは元気そうに見える。
「エリスさん起こすの忍びないわね」
「治った方がゆっくり寝られるから」
カイトは全員を起こしにかかった。エリスさんが治ったらすぐにここを引き上げて拠点に戻るためである。皆すんなりと目が覚めていた。オークリーさんとレオンさんは荷物の片付け、私とカイトとギルバートさんでエリスさんの治療に当たることになった。ギルバートさんは押さえつけ役で、カイトは切断役、私は治療係だ。念のため何かあればギルバートさんにも治療に入ってもらう。
「心の準備は良いか?」
「いつでも良いよ」
「じゃあ行くぞ」
カイトは私とギルバートさんの頷きを確認すると、躊躇わずに魔法を唱えた。
「レピダアネモス―風の刃―」
手足両方とも同時に切断される。エリスさんは苦悶の表情を浮かべるばかりで声は上げなかった。ギルバートさんに抑えられているけれど、さして暴れてもいない。物凄い胆力だ。
私もすかさず魔法を使う。
「エピスケヴィ―修復せよ―」
周りのフェアリーが全て白いフェアリーに変化するとエリスさんの手足の先に覆い被さった。そのまましばらく明るい光に包まれていたが、やがてそれが五指の形に収束していく。どうやら成功したようだ。
この時点で私の魔力はほとんど空だった。わずかに残るはずと見込んでいたので目論み通りではある。ここまで魔力の消費をすると本来であれば部活でハードな走り込みをした時のような倦怠感や猛烈な眠気を伴う。魔力切れを起こす一歩手前のところで身体が危険信号を送って来るのである。しかしこの時の私にはそれがなかった。恐らく身体は危険信号を発していたのだと思うが、精神がそれを凌駕していた。切断した際に噴き出した血を見て、早く治療魔法で血を補わなければとそればかりを考えていたのだ。
身体修復魔法が終了した時、私は間髪入れずにこう唱えていた。
「フェラペヴォ―治癒せよ―」
それが大きな間違いだった。私は身体修復魔法後の治癒魔法の魔力は計算に入れていなかったのだから。
自分の中でパチンと音がした。ブレーカーの落ちるような音だと思ったら本当に目の前が真っ暗になって、何も考えられなくなった。
私は気が付いたら黒い花畑の中にいた。
(これは完全にやってしまったわ)
猛烈な自責の念に駆られる。これは夢の中だ。きっと今頃私の身体は正体もなく眠り込んでしまって、揺すっても呼びかけられても応答していないのだと思う。
しばし頭を抱え込んでいると、すぐ近くに誰かの気配を感じた。ここでお会いするのは決まっている。
「イヒネイカ様…」
女神イヒネイカは座って両手を広げている。深い眠りに私を誘おうとしているのが分かった。
「イヒネイカ様、あの、実はいま私雪山におりまして」
私は交渉に入る。
「このまま寝込んでしまったら、その、危険だと思うのです」
女神イヒネイカはフルフルと首を横に振った。
(いや、そりゃあ皆が何とかしてくれるかもしれないけどさ)
私は言い方を変えることにした。
「死にはしないかもしれませんが、皆に迷惑をかけてしまうのが忍びないのです」
これは私の痛恨のミスによるものだ。何とかここで交渉に成功して挽回したい。
「それでその、後で沢山寝るので今は起こしていただけませんか?」
女神イヒネイカは困ったようにしている。
「ツケということでここは1つお願いします!後で4日でも5日でも寝るので、どうか見逃してください!」
私は土下座した。ジャパニーズ最敬礼がこの神様に通じるか分からなかったが、とにかく地に平伏して許しを請うた。
少しの間があって、女神イヒネイカが優しくトントンと私の肩を叩く。これはお許しの合図だと思って私は頭を上げた。しかし彼女は私を誘うように抱擁した。
(あ、なんて豊かなお胸…)
そんなことを考えているうちに、私は女神イヒネイカによって本格的な深い眠りにつくことになってしまった。
次回は明日の12時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




