131.不安
※バトルシーンがあります。苦手な方はご注意ください。
森の中も雪に埋もれて手がかりは一切なかった。カイトは地形などから自分だったらここに隠れるというところに目ぼしをつけて見て回っているが、今のところ焚火の後さえ見つからない。
「一旦戻ろう」
太陽が中天に来ていたので拠点に戻って昼休憩にした。焦る気持ちは勿論あったが、身体のメンテナンスも重要である。動ける私たちが動けなくなると本当に詰んでしまうのだ。
「午後は森の見ていないところ?」
「ああ、もう少し奥の方まで行ってみよう。それが駄目なら反対側の森」
「枝を手折った跡も今のところ見当たらないよね」
「ああ、何も痕跡がないな」
探したら何かしらあると思っていたのだが、まさかここまで何も見つからないとは思わなかった。このまま何も発見できなければ本当に皆雪の下という可能性が高まってしまう。
(カイトはまだ諦めていない)
彼の言う通り、皆優秀な人たちだ。私の雪山生存率よりずっと高いに決まっている。嫌な想像ばかりしてしまうのは荒地の時の記憶に引っ張られてしまっているからに過ぎない。彼らなら大丈夫だと自分に言い聞かせる。ポジティブに考えないと心が折れてしまいそうだった。
午後は先ほど探していた森まで一気に飛行してそこから皆を探したけれど何もなかった。オマケにまた天気が悪くなってきて雪が降ってきた。山の天気は変わりやすいというが本当らしい。少し行ったところでカイトが反対の森に行こうと言い出す。
「流石に緊急時にこれより奥には行かないと思う。反対側の森の中をパッと見たら今日は引き上げよう」
カイトに言われるがまま反対側の森まで飛行する。またしばらく捜索していたが段々と視界不良に陥ってきた。
「アリサ、これ以上は危険だ。今日は帰ろう」
「…分かった」
私は「でも」という言葉を飲み込んだ。
その時、カイトが突然私に飛びついて押し倒してきた。
(何事!?)
次の瞬間、カイトの頭の上をラフールさんが物凄い勢いで通過していく。なるほど、ドラゴンはああやって体当たり攻撃をしてくるのだと冷静な自分が分析していた。
カイトはすぐに飛び起きて、私を引き起こした。
「囲まれている」
「この吹雪ってもしかしたらドラゴンさんたちが?」
「ああ、既に見つかっていたのかもしれない」
3人のアイスドラゴンさんたちは3方向を取り囲みジリジリと詰め寄って来る。
「足止めするから拘束できるか?」
「分かった」
プレムさんの首が動いたその時だった。
「スプロークステ ―押さえ付けろ―」
「シングラティシークラディ!―枝葉の拘束―」
カイトは風魔法で、私は土魔法で3人のドラゴンを一網打尽にした。間髪入れずに箒の柄に飛び乗って退散する。あの拘束はきっとそう長くはもたない。その前に吹雪に紛れて撤退する算段だ。作戦は功を奏し、追ってくる気配はなかった。
「何とか撒けたな」
「うん、吃驚した」
そのまま私たちは拠点に戻ることにした。
帰路ではしばし奇襲されたことに対する興奮が勝っていたが、やがて落ち着いてくると辛い現実を思い出してしまった。
「結局何も見つけられなかったね」
「ああ、明日はあの奥を慎重に探そう」
カイトはそう言うけれど、実際明日の昼頃までには雪山遭難のデッドラインを越えるだろう。そうなれば生存率は格段に落ちる。これほど手がかりがないのに明日の昼頃までに皆を見つけることなど本当にできるのだろうか。
(やっぱり皆もう…)
生きていて欲しいと切実に願っているのに、嫌な方向にばかり思考が流れていってしまう。皆が石像になってしまったことを思い出す。そして凍りついてしまっているかもしれない皆の姿を想像する。どちらも固く、冷たい。触った感触を思い出すと喉の奥に息が詰まってきた。何だか吸っても吸っても息が苦しい。
(やばい、何か具合悪くなってきた気がする)
冷たい空気を沢山吸って具合の悪さを落ち着かせようと試みる。しかし全然治らない。そればかりか段々吐き気と頭痛が増してきた。心臓の拍動もやけに強く感じる。この極限状態で体調不良なんて本当に洒落にならない。
(フェラペヴォ―治癒せよ―)
治癒魔法をかけてみたけれど治らない。風邪なら治癒魔法は効かないが、風邪ともまた少し症状が違う気もする。どのみち治癒魔法で治らないのは真剣にまずい。
(気持ち悪い…早く拠点に着いて…)
真っ直ぐ座っていられなくてカイトの背に額をつけた。
「どうした?」
「ごめん、具合、悪い…」
「大丈夫か?拠点まであと少しだから」
「うん」
何とか頑張って拠点まで辿り着く。地面に足をつけた途端、ぐるりと世界が回った。
「アリサ!」
倒れる寸前にカイトが抱えてくれたようだった。頭がボーっとする。ふらついて立っていられなかった。手足の先も痺れている気がする。
(何が起きているの?)
混乱と恐怖が私を襲った。
「治癒魔法は試したか?」
「効かない。息が…苦しい…」
「息苦しさとめまい、手足の痺れは?」
私が頷くとカイトは背中を優しくさすって言った。
「アリサ、落ち着いて。大丈夫、これは過呼吸だ。今は凄く苦しいけどしばらくしたら必ず治る。ひとまず雪洞に運ぶよ」
満足に動かない身体を運ばれる。下ろされるとすぐに私は横向きの胎児のような姿勢になった。いつも寝る時の楽な姿勢だ。この方が呼吸がしやすかった。
「吸うのは3秒、吐くのは6秒でやろう。俺に合わせて、はい吸って1、2、3、吐いて1、2、3、4、5、6。始めは全然できないだろうけど、なるべく合わせることを意識して。もう1回…」
彼の言う通り、カウントに合わせて呼吸することなどできなかった。辛く、苦しい。とにかく酸素が欲しいと思っている自分がいる。けれど過呼吸はその逆でむしろ二酸化炭素の血中濃度が低くなっている状態だ。頭では分かっているのに早く息を吸いたくて、吐く時間がもどかしく思えた。
「大丈夫、どんなに辛くても過呼吸じゃ死なない。呼吸を整えて、落ち着いたら必ず治るから」
カイトは隣でずっと優しく背をさすり、カウントの合間には時折こうやって大丈夫だと声をかけてくれた。彼の言葉は安心する。傍にいてくれることも心強かった。
始めは上手くできなかった呼吸も落ち着いてくると段々できるようになってきて、そのうち手足の痺れや吐き気、頭痛などの諸症状も治まってきた。
「ごめん、ありがとう、落ち着いた」
「良かった。起き上がれそう?」
「大丈夫」
「濡れている衣類を早く脱いだ方が良い。大分冷えていると思うから」
カイトはそう言うと背を向けて焚火を起こしに行った。
(確かに、寒い)
ということはカイトもまた冷えているということだ。私は急いで脱いで物干し紐に衣類をかけ、乾いている衣類を身に纏った。
「終わった」
「早いな」
「火起こし変わるよ」
「じゃあお願いしようかな。薪は組んである」
「分かった」
私は魔法で火を起こすとそのまま夕飯の支度に取り掛かった。といっても串にさしてある冷凍肉を火の近くに刺すだけだ。あっという間に終わったのでコップに白湯を2つ用意しておいた。
「過呼吸は初めて?」
衣類の着脱を終えたカイトが白湯を受け取りながら横に座る。
「うん、どういうものかは知っていたけどなるのは初めて。色々迷惑かけてごめんなさい」
「大丈夫。過呼吸は繰り返すことがあるから、少しでも息苦しく感じたら教えてほしい」
「吸うよりも吐くのを意識すれば良いのよね?」
「そうだけど、誰かが傍にいる方が安心するだろう」
「うん、ありがとう」
過呼吸のほとんどは精神的ストレスや不安から来る。今回は皆のことを考えすぎた結果だ。カイトもきっとそれを分かっているに違いない。
「まぁでも寒いことは寒いな」
「ごめん!」
「こういう時はこうするしかない」
何をするかと思えば後ろから抱きついてきた。今は薄着なので確かに温めるには効果的ではある。私は前に焚火があって背中にはカイトの熱を感じるので1番温かい場所にいさせてもらっている状態だ。
「これだとカイトの背中が寒いよ」
「前が温かいから平気」
この席順を変える気はないらしい。
「大分スキンシップにも慣れてきたか?」
「今が極限状態なだけ」
恥ずかしさや照れよりも生存本能が勝っているに過ぎない。
「温かい」
「うん、温かい」
「カイトの腕の中は落ち着く。凄く安心するわ」
「俺もアリサを抱き締めている時が1番落ち着く。生きているって安心するよ」
「…皆、生きているよね?」
私は震える声でカイトに訊ねた。
「大丈夫。長年一緒にいる俺が言うんだから間違いない」
「うん」
お肉が焼けるまでそうしてカイトに慰めてもらった。
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