129.命からがら
※バトルシーンがあります。苦手な方はご注意ください。
交通事故、そう呼ぶに相応しい衝撃だった。
パキン!!!!
しかも即死効果防止が発動するほどの威力だ。何が起きたのかも分からない。ただ分かることとしては私たちはもう一度思い切り吹っ飛ばされて急斜面を転落しているということだ。残念ながら先ほどの衝撃で箒は手元から離れてしまっていた。
「リスミスティス!―緩衝となれ―」
カイトは相変わらず咄嗟に私を庇ってくれている。箒がないのでもう行くところまで転げ落ちるしかなかった。
「リスミスティス!―緩衝となれ― リスミスティス!―緩衝となれ― リスミスティス!―緩衝となれ―」
私はバウンドをする度に緩衝魔法を着地点に向かって放つ。その時間が永遠だったようにも思うし一瞬だったようにも思う。やがて山の底まで到達すると転落の勢いは止まった。
「カイト!カイト!」
「アリサ?あれ俺いま…」
「フェラペヴォ―治癒せよ―」
意識はあるようだったが記憶が飛んでいる。脳震盪かもしれない。あれだけ私を庇いながら転落したのだからどこかに頭をぶつけていてもおかしくはないだろう。骨折もしているかもしれない。一刻も早くこの場を立ち去りたいが治療が先だ。
「ちょっとポケット失礼するわ」
先ほどお守りと言った時このポケットに手を突っ込んでいたということを思い出してさっと手を伸ばす。丸い冷たい感触があったので魔力を込める。同時に自分のにも入れるのを忘れない。あの時カイトの指示でこれをやらなかったら死んでいたと思うとゾッとした。
「ごめん、もう大丈夫だ」
カイトが正気に戻ったようだ。見たら先ほどぼんやりしていた目がはっきりとこちらを見据えている。
「良かった。多分脳震盪だと思うけど、吐き気とかない?」
「ああ、平気。ありがとう」
「さっき何が起きたのか分かった?」
「多分、体当たりだろうな」
「体当たり」
あの巨体で来られたら交通事故と呼んでも過言ではないだろう。しかも高速道路での事故だ。
しかしそんな悠長にお喋りをしている場合ではなかった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!
「今度は何!?」
「…雪崩だ!!」
「もう嫌!!」
私は偶々近くに落ちていた箒の柄を拾う。悲しいことに真っ二つに折れていて後ろ半分がなくなっていたけれど、2人でも詰めたら乗れるだけの長さはあったので使うことにした。
「プティシー!―飛行せよ―」
本当にギリギリで回避する。浮いたつま先に少し雪が当たっていた。
「拠点の方向どっち!?」
「あっちだ!」
「アミナフォトス!―光の防御―」
猛吹雪も相変わらず続いていて視界はホワイトアウトしている。
「あのドラゴンは?」
「多分追ってきていない。俺たちが死んだと思っているのか、深追いは止めたのか分からないが、このまま拠点に帰ればひとまずは大丈夫のはずだ」
カイトにそう言われて私は急いで拠点へ向けて飛行するが、途中で大事なことに気が付いた。
「ねぇ、皆は?皆を探さないと!」
ドラゴンさんたちが操られた以上、徒歩でしか拠点に戻れないだろう。迅速にこの縄張り圏内を抜けるなら私がどうにかしなくては。
「この天候じゃ無理だ。君の魔力も限界だろう」
「まだ3割くらいは残っているわ!それにもし雪崩に巻き込まれていたら一刻を争うでしょ!?」
「君ほどじゃないが魔力もあるし、何より生き延びる術を知っている。大丈夫だ」
「でも、怪我をしているかもしれないし」
どんどん嫌な想像が膨らんでくる。それと同時に自分が何とかしなければという焦燥に駆られていた。その時、前に座っていたカイトが振り向いて私を見る。そしてゆっくりと言い聞かせるように話し始めた。
「アリサ、この極寒の猛吹雪の中で探していたらあっという間に凍死する。今生きている俺たちが一旦戻って態勢を立て直してから探しに来る方が良い」
「でも、それじゃいつになるか」
「もう少し具体的に話そうか。これから俺たちは拠点に帰る。俺も勿論魔力を出すけど、道中でも君の魔力はそれなりに消費するだろう。帰ったら君の治療もある。気付いていないかもしれないが、露出している頬が凍傷になっている。きっと他にもあちこち治療が必要だ。その分の魔力も考えて。要は君が思っている以上に俺たちももう限界で、これから皆を探す魔力も体力も残っていないんだ」
「でも」
「それでも言うなら俺がこの箒から降りて探しに行く。君はこのまま拠点に帰るんだ」
「…それは駄目」
それが自殺行為だと分かる。つまりそれは自分が一緒に行っても同じということだ。
私は断腸の思いで捜索を断念して拠点への帰路を急いだ。
川を渡ると吹雪は止んでいた。というよりそもそも川のこちら側は吹雪いていなかったようで雪が全然積もっていない。
拠点にした場所には予め皆で雪洞を作ってすぐに使えるように色々用意していたので、何はともあれまずは休むことになった。中は昔の日本家屋のような造りで、手前を土間のように低くして、奥を一段高くしてある。囲炉裏はないが土間部分では小さな焚火や熾火ができるようにしてあり、いくつか空気穴も作っていた。一段高くすることで居住スペースに温かい空気が流れ込む。寒いながらの工夫だ。工夫と言えば、上に物干し紐も通してあるし、敷布の代わりに針葉樹の葉や小枝を絨毯代わりに敷き詰めている。雪が直接身体に当たらないだけ体温の低下を防げるのだ。
「上がって。自分の治療できそう?」
「大丈夫」
「俺は火を焚くから、君は自分の治療と、濡れているものは全て脱いで干しておいて」
「分かった」
そう言うとカイトは後ろを向いて、予め用意していた薪を組み始めた。私は先に濡れているものを全て脱ぐことにする。外側のものは雪で、中のものは汗で濡れている。こういう濡れたものが少しでも肌に触れていると体力を奪われるので、寒くても脱いでしまった方が良い。
(打ち身と凍傷くらいか)
私は自分の身体をざっと見回して治癒魔法をかける。それが終わると乾いている服を全て纏い、物干し紐に濡れているものを干していった。下着類は奥側にかけ、手前に大きいものをかけて見えにくいようにするのを忘れない。極限だけどそれくらいの羞恥心はあったって良いはずだ。
「終わった?」
「終わった」
次はカイトの番だ。私は彼に背を向け、ひたすら火に当たった。先ほどまでは気付かなかったが自分が小刻みに震えているのが分かった。体温が低くなっている証拠である。私は置いておいたコップ2つに魔法でお湯を生成した。温かい飲み物で多少は回復するだろう。
「このコップ作っておいて正解だったわ」
「ああ、色々備えておいて良かったよ」
カイトも終わったようですぐ隣に腰掛けて火に当たった。とにかく寒いので身を寄せ合って凌ぐしかない。白湯を渡すと喜んでいた。私も一口飲んでほっとする。ただの白湯が身体と心に沁みてやけに美味しく感じられた。
少し落ち着いて余裕が出てくると、色々なことを考えてしまう。
「荷物無くなっちゃったね」
食料や寝袋、毛布などその他諸々は全てリュックサックの中に詰め込んで出発をしていた。この拠点もできるだけ用意はしているが、肝心の荷物は全て持って行っているのだ。
「ああ、プレムの脚に引っ掛けてあったから戦闘時には雪原に落ちたか?だとしたら今頃は雪の中だろうな」
「ドラゴンさんたち大丈夫かな」
「同族で操られているなら無下にはされないと思うが…」
「皆も…」
言葉が喉の奥につかえてその先が言えなかった。カイトは無言で私の肩を抱き寄せる。私は我慢できなくなってカイトに縋りついた。
「大丈夫。皆厳しい選抜試験を乗り越えて近衛兵になっている」
「うん」
「さっきも言った通り生き延びる術を心得ているし、アリサのお守りもある。きっと大丈夫だ」
「うん」
「衣類がある程度乾いたら食料を調達しに行こう。皆もその頃には腹を空かせて帰ってくるかもしれないし」
「そうだと良い」
いつものカイトならきっとそんな希望的観測は言わない。励ましてくれているのだと分かる。
「ありがとう、少し元気が出たわ」
「うん。しばらくゆっくり休んで、魔力と体力を回復しよう。このままだと狩りも覚束ない」
「剣は折れたしね」
「嫌なことを思い出させたな」
「ごめんごめん」
カイトの顔が歪んだので思わず笑ってしまった。
「正直、あれだけ色々あったのにお互い生きていて、しかも五体満足なのは奇跡だよ。生き延びられたのは君のおかげだし、生きていてくれて本当に良かった。ありがとう」
「カイトも」
お互いの抱き合う手に力が籠る。けれど皆がいないのが酷く気がかりだった。
次回は明日の12時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




