126.主の片鱗
翌朝、この広大な山々の中から雪山の主を見つけるべく私たちは三手に別れて行動することにした。今回は魔法も使えるし、ドラゴンさんという強力な味方もいるので手分けして探した方が効率的という話になったのである。
「雪山の主やその手がかりがあってもなくても日の入り前にはここに戻ってくること。それから今後の基本的な約束事として、万が一はぐれた場合は直前の拠点に集合するようにしよう。動けない場合は狼煙を焚いて救援を待つ。動けるもので救援に向かう。自分たちの持てるもの全てを使って延命してくれ」
「「「了解」」」
「承知いたしました」
「分かった」
カイトの話に皆真剣に相槌を返した。今まで荒地、絶海の孤島と冒険をしてきたけれど、間違いなく1番自然の脅威を感じる。前は寒いには寒かったし、海に落ちたのは大分うんざりだったが、まだ対処のしようがあると思えた。しかしここは違う。いくらドラゴンさんたちがいるとはいえ、万が一はぐれたら自分たちだけで遭難することになる。体力と魔力を温存しつつも効率よく使って生き延びる算段を立てなければあっという間に死ぬ。魔物以前にここはそういう場所なのだ。幸いなことに雪山にはところどころ針葉樹が生えているので狼煙や焚火をすることは出来そうだった。
「我らがいる。そんな事態にはならん」
プレムさんがそう言うとラフールさんとミトゥンさんが鷹揚に頷いた。
「もしもの話だ。そうならないことを祈っているし、あなた方を頼りにもしている」
「ああ、任せておけ」
本当に心強い味方である。
私たちはそれぞれ担当区分を分けると、早速ドラゴンさんたちの背に乗って探索を開始した。
導には北の果ての雪山に生息する主の鹿茸が必要と記されてあるだけだった。一般的に鹿の角は早春に生え変わる。鹿茸とは鹿角の中でも生え変わったばかりの若く柔らかい角のことを言う。つまり雪山の主は鹿であるというところまでは容易に想像がつく。ちなみに本来鹿茸は春から夏にかけて取れるが、こちらの世界では冬の最終月の始めに古い角が取れて新しい角が生えてきて、最終月の終わり頃には固くなってしまうらしい。そのためちょうど生え変わるこの時期を狙って探索を始めた。角が固くなる前に何としてでも見つけて取らなければならない。
しかし如何せん北の果ての雪山は連峰なので、どの雪山に主が生息しているかが分からないし、3等分にしたものの割り振られた担当区域は広く、地道に1つずつ雪山を見て回ったら15日はあっという間に過ぎそうだった。そこでまず私たちは丸1日をかけて担当区域をざっと見回り、主がいそうな山の目ぼしをつけることにした。ドラゴンさんたちがいなければこの雪山探索は不可能だっただろう。それでも残念なことに捜索は行き詰っていた。
「途方もないわね」
「ああ、せめて主に関する手がかりでも欲しいところなんだが」
「取れた巨大な古角とか?」
「それは魅力的だな」
今のところ全くと言って良いほど何も見つからなかった。こんな辺境では人々の残した古代遺跡のようなものもないのでとっかかりもない。砂漠の中から1粒の砂を見つけるようなこの作業はまるでマンドレイク畑からあのマンドレイク王を探し出す行為と似たようなものだ。正直あの作業が1日で終えられたのはいま考えたら奇跡だと思う。
「雪山の主というからにはさぞかし貫禄のある奴なのだろう。あれなんかどうだ?」
プレムさんの目線の先には一際大きい鹿型の魔物がいたのでカイトが答えた。
「あれはただの魔物だ」
「なんだ、魔物じゃないのか?」
そう問われて私もカイトも首を傾げた。
(そう言えば主って何なんだろう?)
マンドレイクはそういう植物だ。しかしあの湖の主は生物だったのか魔物だったのかさっぱり分からない。きっとそういう何かなのだ。
「神獣や神の使いのようなものだと思う。見たらこれだとすぐに分かる」
「ふむ、なるほど。神がかった何かというわけだな」
「そうですね、一際大きいとか姿形が普通とかけ離れているとか、何かとても目を引く特徴的な存在だと思うんです」
「だとしたらこの辺りにはいなさそうだな」
プレムさんと私たちは目を皿のようにしてひたすら雪山の主やその手がかりになりそうな物を探したが何も見つけられず、虚しくも半日が過ぎた。しかも担当区域の端の方まで来た時、プレムさんがこんなことを言い出したのだ。
「この川の向こうには行かぬ方が良い。何か嫌な気配がする」
「え?でもあの山で見終わりますよ?」
「駄目だ、行かない方が良い。何だかそんな気がするのだ」
それは連峰の最奥、まさに最果ての北の雪山だった。手前には東西に流れる川があり、その川の以北には行きたくないという。
「…分かった。ひとまずあっち側は抜かして探索をしよう」
カイトはどうしても見つからなかった場合に交渉すれば良いと考えたようで、一旦はプレムさんの指示に従うことにした。しかし結局何も見つからず、拠点へ戻ることになった。
帰る道中のことだった。
「ねぇ、あそこ。何か出てない?」
私が指差した先には何かもうもうと立ち込めていた。カイトの眉間に皺が寄る。
「もしかして狼煙か?」
「行くぞ、掴まってろ」
カイトの言葉にプレムさんが迅速に反応し降下を始めた。探索の始めから狼煙なんて全く笑えない。しかし近づいてみても誰もいなかった。代わりに池から湯気が立ち登っている。
「これは、もしかして温泉?」
凍えた身体の前に突如現れた魅惑的なオアシスだけれど、入っても大丈夫なのか分からなかった。見た目は露天温泉という感じで周りの岩も大して変色していないし、黒いフェアリーがたかっているわけでもない。多少の期待を込めてカイトを見るが、やはり無言で首を横に振った。
(まぁ、そうだよね)
泉質も温度も分からない以上入るのは憚られる。手を付けた瞬間に溶解や火傷なんてたまったものじゃない。入らないに越したことはないのだ。しかし入れないと分かったら余計自分の冷えを自覚して辟易してしまった。
「なんだ、入らんのか?」
「「あっ!」」
私たちが止める間もなくプレムさんがお湯に浸かった。もう少し躊躇いってものがあっても良いと思う。
「だ、大丈夫ですか?」
「我らとしては熱いが、ファイアドラゴン共は冷たいと言って火を追加する。そんな温度だ。見ての通りすぐに身体は溶けん」
プレムさんがよく分からない温度の説明の仕方をしてすぐに上がってきた。烏の行水のようだ。カイトは静かに怒っている。
「もう少し躊躇ってくれ」
「即死ならこの魔法石が守ってくれるのだろう?」
「それはそうだが」
「早く入れ。日が沈むぞ」
ここまでお膳立てされて入らないという選択肢はなかった。カイトは1つ溜息を吐くと手袋を脱いで自分の手をつける。
「少し熱く感じるけど、冷えているからかもしれない。火傷はしなさそうだ。手足だけでも温めて行こうか」
「うん」
その一声で私も靴やら手袋やらを脱ぎ、袖を捲ってお湯に浸かった。始めは熱くてジンとしたが、入っているうちに慣れてきた。手足を温めているだけなのに身体中がポカポカとしてくる。
「気持ち良いね」
「ああ、後で皆に教えよう。正直かなり有難い場所だ」
カイトも心地良さそうだ。プレムさんは近くで丸まって休んでいた。
しばらくそうして浸かっていると、不意にカイトが後ろを振り返った。私もつられて見ると、遠くの針葉樹林の合間から薄く光っている黄金の小鹿がこちらを興味深そうに覗き込んでいた。気取られないよう小声でカイトに訊ねる。
「あれって」
「ああ、でも何で小鹿なんだ?」
主であることはほぼ間違いないが、子供なので角がまだ生えていなかった。あれでは鹿茸を採取できそうにない。
「主の子供とか?」
「とにかく捕獲してみよう」
「あれを生け捕りにすれば良いのか?」
「ああ、頼む」
プレムさんが動き出した途端、小鹿が驚いて森の中に逃げ込んでしまった。私たちも急いで準備をして小鹿とプレムさんの後を追う。追いついた時にはちょうどプレムさんが後ろ脚で小鹿を拘束したところだった。
「捕らえたぞ」
しかし小鹿は拘束されるや否や、ポフンと煙を上げていなくなってしまった。
「何が起きたの!?」
カイトは唖然としている。プレムさんも目を真ん丸にしながら拘束していた後ろ脚を上げると、何やら金色に輝く欠片が落ちていた。カイトがそれを拾ったので私も一緒に覗き込む。純金のようにも見えるが自ら発光していて、この世の物質とは思えなかった。
「何だろう?」
「全く分からないが、主の何かなんだろうな。わざわざ小鹿の形をしていたんだから」
「確かに。金ピカっていうのもこれ見よがしだし」
「本当に一目見たら分かる姿形だった」
プレムさんが笑っている。
「ひとまず大分日も暮れているから急いで拠点に戻ろう。話はそれからだ」
次回は明日の12時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




