122.湖の主
※キリの良いところがなく長めです
※敵を倒すシーンが含まれます。苦手な方はご注意ください。
鍾乳洞のような屹立した岩が特徴的な洞穴に、澄み切った水が溜まっている。その洞窟と地底湖はずっと奥の方まで続いているようだった。
レオンさんが私に話しかけてきた。
「あの遺跡の絵は案内図だったのかも」
「案内図?」
「数か所直線が書かれていただろ?あれ多分この地底湖に繋がる洞窟の出入口を示していたんだ。森の中歩いている時も何カ所か洞窟を発見したけど、方角一緒だから」
「なるほど」
確かに森の中では何カ所か魔物が出てきそうな洞窟を発見していたが、湖を探すのに洞窟の中まで探索しようとは誰も思っていなかったのだ。まさか地底湖とは。盲点である。
「少し先まで進んで見るか」
地底湖は洞窟に水が溜まったような感じでほとりはないのだが、古代人が洞窟を穿ったのか左右ともに人1人が通れるほどの細い通路が用意されていた。
「足場悪いから気を付けて」
壁際に沿って落ちないように進む。カイトの言う通り洞窟の岩は湿っていて油断したら湖に転落しそうだ。
そこそこ歩き、別の洞窟の出入口に近づいた時だった。
キュキュッ、キュキュ!
鼠のような鳴き声を上げながら上から黒い魔物が私を襲って来た。
「アリサさん、伏せてください!」
私が言う通りに伏せると同時に、私の前と後ろにいたレオンさんとエリスさんが魔物を突き殺す。幸い襲ってきたのは1体だけだった。湖に落ちたそいつは大きな蝙蝠のような見た目をしている。
「この魔物は多分固有種だな」
オークリーさんの声が洞窟内に響いた。
「剣の血には絶対触れるな。拭いた布は捨てろ。返り血は浴びていないか?」
「大丈夫、浴びないように気を付けたから」
カイトとエリスさんの短いやり取りが終わると私は2人にお礼を言った。
「すみません、レオンさんもエリスさんも助けてくださってありがとうございました」
「いいえ」
「どういたしまして」
「何か水底に白いものが見えます」
ギルバートさんがカイトにそう報告する。よく見ると確かに深い湖の底に何か白くて大きなものがあった。沈没した船とかだろうか。それにしては大きすぎる気もする。
「ああ、岸がもうすぐだから一旦渡りきってからにしよう」
カイトに言われて私たちは急いでこの狭い足場から脱した。身動きの取れないところで襲撃されたので後半はずっとヒヤヒヤしていた。
「何だろうな、あれ?」
少し落ち着いたところで皆して謎の物体を覗き込む。本当に何か分からない。しかし私たちが観察している間にそれが浮上を始めた。それは段々と白く巨大な魚の輪郭となったかと思えば、先ほど倒した蝙蝠の魔物をその大きな口で一飲みにしてまた底へと帰っていった。
「……」
皆絶句していた。想像の遥か上をいく大きさだったからだ。最早あれが魔物なのか生き物なのかさえ分からない。
「…探し物は見つかったな!」
「問題はあの怪魚をどうやって捕らえるかだろう」
レオンさんの明るい口調とは反対にオークリーさんは腕組みをして眉根を寄せている。
「餌を撒いてさっきみたいに出てきたところを倒せば良いんじゃね?」
「いや、湖の底でじっとしていること、捕食したらすぐに戻ったこと、そして私たちが餌の近くにいる時には捕食しに来なかったことを考えると、恐らく相当警戒心が強いと思う」
レオンさんの提案にギルバートさんがそう答える。
「でも、腹が減ったら釣れるんじゃねぇか?」
「ダメ元でやるだけやってみる?他にできることもなさそうだし」
エリスさんはレオンさんの提案に乗ることにしたらしい。確かに湖のかなり深いところにいる大魚を潜って仕留めるというのは現実的ではないし、現状他に良い案が浮かびそうにない。
エリスさんとオークリーさんが洞窟から外に出て餌にできそうな魔物を狩って来ることになり、しばらくするとそこそこ大きな蜘蛛の魔物を2人で運んで戻ってきた。それを湖に投げ入れる。そして湖のほとりにはレオンさんとギルバートさんが静かに待機した。
「駄目だ、全然上がって来ねぇ」
「興味を示している感じはあるが、やはり警戒心が強いんだろう」
レオンさんとギルバートさんは1時間ほど粘ったが、結局大魚は浮上して来なかった。
(結局、餌の近くに人間がいるから寄って来ないのよね?)
それであれば。
「ねぇ、バリスタ使えないかな?」
途端にカイトの顔が歪む。まぁ気持ちの良い話ではないのだろう。
「あれをか?」
「人の気配に警戒しているなら遠くから狙ったら良いんじゃないかと思って」
「それはそうかもしれないが」
「アリサさんは良いんですか?」
「何がですか?」
オークリーさんの質問の意図が分からなかった。
「殺されかけた武器ですよ?」
「それはそうですけど、武器に罪はありませんし。使えるものは使わないと」
私が良いならと使おうということになり、遺跡の方へ戻ることにした。もしかしたら皆頭に過っていたけれど私がいる手前提案し難かったのかもしれない。
「でも、あの建物から出せるかな?」
搬入口が小窓しかないように見えた。もしかしたら解体の必要があるのではと思う。
「あの建物なら後方部分ぶっ壊れているから大丈夫だよ」
「あ、そうだったの」
レオンさんが教えてくれる。意外にも私は見落としが多いみたいだ。
遺跡に戻って最上段まで登る。生まれて初めて見るバリスタは壮観だったが、やはりもう2度とこいつに射掛けられたくはないと思った。
レオンさんの言う通り後ろが派手に瓦解していたので搬入口は問題なさそうだった。
「「「「「重い」」」」」
問題は男5人が力を合わせて持っても相当重たいということだ。しかも階段を降りないといけないので運搬難易度が上がっている。なお私が手を貸しても邪魔になるだけなので大人しく矢の運搬係になった。しかし使えそうな矢が残り1本しかなく、失敗は許されない状況である。
時間をかけ何とかピラミッド内部までバリスタを運び込んだ。大穴の前にセットして地底湖を狙う角度を調整する。これくらいの距離なら上手くいくだろう。
矢を番えてもらおうとカイトに渡すと、矢じりをまじまじと見て私を振り返った。
「アリサ、あの時お守りの即死効果が発動したと言っていたよな?」
「うん」
「これ多分毒矢だと思う。即死効果が発動したなら相当な猛毒が塗られているかもしれない」
「あ、なるほどそれで」
私は得心したが、カイトは凶器を見て複雑そうな顔をしている。
「材料は胆のうだったと思うけど、それそのままで大丈夫?」
話を聞いていたエリスさんがそうカイトに訊ねていた。強力な毒だと肉が汚染されてしまうと聞いたことがあるので、恐らくそれを懸念しているのだろう。
「俺も今気になった。でも矢は1本しかないし、あの巨体なら必ず仕留めるにも毒は必要だと思う」
「仕留めたら毒が回る前に肉を抉れば問題ないだろう」
「分かった、そうしよう」
オークリーさんの助言で結局そのまま使うことになった。
矢をセットし、弦を引き絞っていく。準備が整ったところで、先ほどの蜘蛛を湖畔に浮かべた。射手はカイトで、ひたすら主がかかるのを待つ。
やがて白い影が湖畔に浮かび上がってきた。それが餌を食べる直前、水上に顔を出した時。
ガシャン、ザシュッ!!
矢の発射と主の眉間に刺さるのにタイムラグはほとんどなかった。急所を突かれた主はほとんど苦しまずに湖に浮いた。カイト以外の4人は急いで主の元に駆け寄り岸に上げている。
「カイト?」
「アリサ、お守りが効いていたとはいえ、あの大魚を一瞬で殺すだけの力があるものを君は受けたんだ。それを忘れないでほしい」
「…分かった。ごめんなさい」
カイトの眉間に皺が寄っている。あの大魚の姿と私を重ね合わせているに違いない。その目は君もああなっていたかもしれないのだと言外に訴えかけてきていた。
(ああ、私の軽率な行動でカイトの心に大きな傷を作ってしまったんだわ)
私は猛省した。これから少しずつ、その傷を癒していくことはできるだろうか。
「カイト、何やってる!」
「今行く!」
オークリーさんに言われてカイトが急いで階段を降りて行った。
無事に湖の主の胆のうを手に入れた私たちは翌日いっぱいを船の修理に充て、翌々日の早朝にこの島を発つこととなった。国を出てから10日目のことである。
(結局あれからあの子には会えていないな)
まだ水平線がぼんやり明るくなった程度の夜明け、朝食を食べながら私は思った。あの子とは勿論不死鳥のことである。あれほど毎日顔を見せてくれていたというのに、怪我した日を境にパタリと来なくなってしまったのだ。
(せめてお礼を言いたかったのに)
「何やっているんだ?」
携行食を小さく割っているとカイトが声をかけてきた。
「今日が最後だから、姿が見えなくてもご飯少し置いていこうかと思って」
主語がなかったがカイトには伝わったらしい。するとカイトもまた携行食を割り始めた。
「君がお世話になったから」
「じゃ、俺も」
「気持ちが届くと良いですね」
「本当に。全部で6人分の気持ちです」
「他の魔物に取られる前に食べてもらえると良いのですが」
「皆さん、すみません、ありがとうございます」
私の自己満足に付き合ってくれるなんて本当に心優しい人たちだ。思わずジンと来てしまう。
皆で少しずつ割った携行食はなかなか食べ応えのある量になっている。それを小綺麗な岩の上に置いておくことにした。
身支度を整えて、船に乗り込む。船尾からそれが見えたのは魔法をかけて船が岸を離れていく時だった。
「あれ見て!」
赤い鳥が岩の上でついばむ仕草をしていたのだ。隣にいたカイトもそれをみて微笑む。
「良かったな」
「うん。…ありがとう!あなたのおかげで助かったわ!」
届くか分からなかったけれど大声で不死鳥にお礼を言うと、何を思ったのか不死鳥がこちらに向かって飛翔してきた。マストの上に止まり、何か知性を感じさせる目で私を見つめてくる。
(お別れの挨拶をしてくれているのね)
何となくそんな気がした。
「ありがとう、さようなら」
私がそう言うとその鳥は天高く舞いながら、歌うような鳴き声を披露してくれた。まるで鼓舞されているような、心の底から勇気が湧いてくる響きだ。
「本当に美しい鳥ですね」
誰かが感嘆の声を上げていた。
「捕縛しなくて良かったのか?」
カイトが物騒なことを言う。
「うん。無理やり連れて行っても良いことないよ」
実はマストに止まった時、うちの子にならない?と声をかけようと思ったのだが、先に別れを告げられてしまったのだ。もしかしたら不死鳥が人に懐かないのは、人と生きる長さが違いすぎるからなのかもしれない。どれほど絆を深めても人の方が先に死ぬ。悠久の時を生きる彼らはそれが分かっているからこそ、悲しみや切なさから自分の心を守るためにそうしているのかもしれない。
(でも、そう分かっていても割り切れない心もある)
私とカイトの生きる時間も違う。順当にいけば私の方が先に死ぬ。けれどカイトはサリア様の時も私の時も、きっとそれを覚悟した上で好きだと思いを伝えてくれているのだ。だからこそ一緒にいる時間をとても大事にしてくれるし、過保護なほど愛情深いのだろう。
(私ももっと大事にしなければ)
カイトの覚悟を踏み躙ってはいけない。お互いが一緒にいられる尊い時間を噛み締めなければならない。途中でおちおち死んでいる場合ではないのだ。今回のことでそれがよく分かったと思う。
私は皆を盗み見てこちらに気が向いている者がいないことを確認すると、カイトの肩にもたれ掛かり、手に指を絡ませた。
「カイト、愛しているわ」
「どうした、急に?」
「そういう気分なの」
帰ったらまたカイトとどこかへ行こう。たくさん話をして、いっぱい笑って、抱えきれないほどの思い出を作ろう。
次回は明日の12時台に投稿予定です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




