120.臨死体験
(どこだろう、ここ?)
月明かりに照らされて、私は見たことのない森の端に突っ立っていた。目の前には誰かが踏み固めたような小道が続いている。私は何かに引き寄せられるようにその小道を進み始めた。森は静かで清らかだ。蛍のような光が足元を照らしてくれている。初めての場所のはずなのに怖くはなかった。
先に進むと青白く光っている泉が見えてきた。透明な水は微かに漂い、青白い光と相まって幻想的な美しさを醸し出している。
(入りたい)
ここに揺蕩ったらどれほど気持ちが良いだろう?
私が足を踏み出した時、誰かに肩を叩かれた。振り返るとそこには女神イヒネイカが立っていた。
「イヒネイカ様」
彼女は首を横に振った。それが私のしようとしていることに対する駄目出しなのだと少しして気が付いた。
「ここに入ってはいけないのでしょうか?」
女神イヒネイカはコクリと頷いた。そしてそのまま私の背中を押して元来た道に戻るように促す。
「戻るのですね?」
彼女は後ろでさよならと言わんばかりに優しく手を振っていた。私は何だか少し寂しい気持ちになりながら森の小道を戻る。先ほどまでは夜だったのに出口は眩い光が差し込んでいた。
気が付いたらテントの天井をぼんやりと見つめていた。私は寝袋に寝かされていて、隣にはカイトが添い寝をしていた。前みたいに寝袋を2つ並べて、私はカイトの腕の中だ。
(何でこんなことになっているんだろう?)
私は直前の自分の記憶をまさぐってみる。確か遺跡でゴブリンとオーガを討伐している時に、バリスタで射貫かれて死にかけたのだったか。そうか、だからこんな状況になっているのかと合点がいった。
カイトは静かに眠っている。彼の寝顔を初めてまじまじと見たかもしれない。この寝顔を見ているとこのまま寝かせて上げた方が親切か、起こして無事に生還したことを報告した方が親切か迷う。
「カイト」
私は後者を選択した。自惚れかもしれないがきっとこっちの方がカイトが喜ぶと思ったのだ。彼はすぐに目を覚ました。そして起きている私に気が付くと切ない顔をして寝袋ごと掻き抱く。いつもよりずっときつい抱擁だった。
「カイト、苦しいよ」
「もう少しで死ぬところだったんだ」
「ごめん」
多分私も原初の泉のほとりまで行っていたと思う。
「酷い怪我だった」
「うん」
「君は段々血の気が無くなって、目は虚ろで焦点が合っていなくて、何か譫言まで言い出した」
「うん」
「どんどん生気が無くなっていって、腕の中で君が死んでいくのが分かったんだ」
カイトが震えている。
「恐ろしかった」
「本当にごめんね。辛い思いをさせたわ」
私はカイトが石化して背中に重くのしかかってきた時のことを思い出していた。
「あそこから動くなと言ったのに」
「ごめんなさい」
「俺を守るためにあんなことをしたのか?」
「うん、狙っているのが見えたから」
「声をかけてくれればそれで良かった」
「オーガとちょうど組み合っていて」
「言えなかったんだな」
カイトが深くため息を吐く。少し抱擁が解かれ、お互いの顔を見つめ合った。
「俺はそんなに頼りないか?」
「え?」
「君の憂いを払うと、最善を尽くすと誓っただろう?あの場で言ってくれたらきっと何とかした」
「違うの、カイトが頼りないとかそういうんじゃない。ただ居ても立っても居られなくて、気が付いたら飛び出していた」
カイトがまた深く息を吐いた。
「アリサの気持ちを蔑ろにするわけじゃないけど、俺は君がこんな怪我を負うのは見たくなかった。いくら俺のためとは言え全然嬉しくない。本当に君は誰かのためになると自分のことを省みない。いつも無茶も無理も危険なことも駄目だと言っているのに」
「ごめんなさい」
「王城のあの部屋に閉じ込めておきたいくらいだ。全く本当に、どうしたら止めてくれる?」
カイトはとても必死で、その目は憂いを帯びている。私は申し訳なさでいっぱいになった。本当に心配をさせてしまったのだと思う。
「分かった、私も誓う」
私は不安そうにしているカイトの頬を撫でる。少しでも安心してもらいたかった。
「もうあんなことはしない。カイトの憂いが晴れるようにもっと慎重に行動する。そう最善を尽くすわ」
「本当に?」
「本当に」
私はカイトがしたみたいに約束の口づけをした。幾分かほっとしているようだったけれど、それでもカイトは念を押してきた。
「絶対だぞ」
「もしかしてあんまり信用されていない?」
「残念なことにこの話題に関するアリサの信用はほとんどない」
「そんな」
「これからの行動で示してくれ」
そう言うとカイトはまた私をその胸に抱き込んだ。私も精一杯抱きしめる。信用がないのに次の機会を与えてくれるなんて彼はやっぱり優しい、というか私に甘い。
「そう言えば私、どうして助かったの?」
広場を出たあたりから既に意識が混濁していた。自分の命が海までもったとは考え難い。
「不死鳥が君のために涙を流して助けてくれたんだ」
「不死鳥の涙…」
確かそれには全ての怪我を癒す効果があると言われている。
「あの鳥は忠義心篤く義理堅い。そして同じく献身的な人を助けることがあると言われている。君自身の行いが不死鳥の心を動かしたんだ」
私は図らずも遠回しに自分を救ったらしい。そして自分を救ったと言えばもう1つ。
「あ、お守り」
私はポケットからお守りを取り出した。やっぱりそれなりに込めた魔力が減っている。
「どうした?」
「あの矢を受ける直前で即死効果無効が発動した気がしたの。それでも矢を受けたから何だったんだろうって」
「それは分からないな。ただ、あれほどのものを受けたにも関わらず、身体を貫通していなかった。この魔法石が物理攻撃を軽減していたことは確かだと思う」
カイトは私の手から魔法石を取り、自分の魔力を満タンになるまで込めるとまた私の手に納めた。
「ありがとう」
「結局、俺は君が死にかける原因になって、君はお守りと不死鳥で自分の身は自分で守ったわけだ」
「そういう言い方は」
「ごめん、少し当たった。でも自分が情けなくて仕方ないよ」
珍しくカイトがやさぐれた顔をしている。これは困ったと思った。慰め方が分からない。
「カイト、本当にごめんなさい。今回のことは私が軽率だった。全部私のせいだからそんなふうに思わないで」
私のことを慰めてくれる時、カイトはいつも頭を抱き寄せて胸を貸してくれる。私もそれに倣うことにした。カイトの頭を腕枕をするように抱き込んで引き寄せる。そのままその手は頭を優しく撫でて、空いている方の手は背中に回して宥めるようにさする。私の顎にはカイトの頭が軽く当たっている状態だ。
我ながら上手に態勢が取れたと思ったのだが、カイトはすぐに私の背中をタップしてきた。
「アリサ、気持ちは伝わったし嬉しい。けど俺がこれをされると、その……君の胸が顔に当たるんだ」
「え?あ、ごめん!」
私が離すとカイトがガバッと上半身を起こした。顔を手で覆っているが赤面しているのが分かるし、耳まで赤くなっている。つられて私も顔が熱くなっていた。
「ある意味では最適解だった。考えていたこと全部吹っ飛んでいる」
「ご、ごめんね、そういうつもりじゃ」
「分かっている。君も怪我をして疲労が溜まっているはずなのに、俺の愚痴に付き合わせてしまってすまなかった。先に寝ていて。俺は少し外で頭を冷やして来るから」
カイトは一息に言うとそのままテントから出て行ってしまった。
(ごめん、カイト)
今は彼の鋼の理性に任せるしかない。私は申し訳なさと気まずい気持ちを抱えながら先に横になった。カイトの言う通り身体は疲れていてあっという間に眠気に襲われた。
しばらくしてカイトが戻ってきた。
「悪い、起こしたか?」
「ううん、大丈夫」
カイトは何事もなかったように私の頭を引き寄せて腕枕をする。どうやらきちんと理性が勝ってきたらしい。
「ゆっくり休んで」
「うん、お休み」
私は安心しきってまた眠気に襲われる。髪を弄ばれている気がしたけれど、もう半分夢の中だ。
「ちゃんと大事にするから」
その言葉も夢か現か分からなかった。
次回は明日の12時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




