12.秘めた力
ヴィンセントさんはカウンターから出てくると私の正面に立った。
「お初にお目にかかります、ヴィンセントと申します。私はかつて近衛兵団団長を務め、愚息にその座を明け渡した後はサリア様の教育係をしておりました。あなたがアリサ様ですね」
ヴィンセントは右手を自分の胸元に乗せ、丁寧に挨拶をした。一挙手一投足が洗練されて美しい。
「はい、アリサです。初めまして」
一瞬遅れて理解した。以前に現近衛兵団団長がカイトのお父さんだと聞いていた。ということはつまり。
「カイトのお祖父さん?」
「左様でございます」
通りで瞳の色が同じなわけである。
「カイトが間違えて異世界のお嬢様を攫ってきたと聞いた瞬間には一体どうしてくれようかと思っておりましたが」
ヴィンセントさんが目を眇めてカイトを見た。その視線には凄みがあった。一体どうするつもりだったのかなんて怖くて深堀り出来ない。さぞかし厳しい罰を考えていたに違いない。ヴィンセントさんに睨まれてカイトは完全に目が泳いでいた。
「いやはや、これは参りました。失礼ですが大変サリア様に似ていらっしゃる。カイトが間違えるのも無理はありません」
ふと表情が柔らかくなったと思ったら苦笑していた。カイトもお咎めがないことに安堵しているようだ。
「しかしアリサ様にとっては至極ご迷惑なことであるのに違いありません。カイトに代わり、深くお詫び申し上げます」
深々とお辞儀をされてしまったので、私は慌てて言った。
「顔を上げてくださいヴィンセントさん。今のところ帰る手立てがないのは困っていますが、それ以外はとても良くしてもらっていて、恵まれています。今はここに連れてこられたことを恨んでも怒ってもいません」
「アリサ様はお優しい方でいらっしゃる」
「いえ、優しいのは私じゃなくて、この世界の方々ですよ」
本当にもう罰が当たるんじゃないかというほどの好待遇である。
顔を上げたヴィンセントさんが微笑んでいた。こうして見ると面影がカイトにそっくりだ。
「しかし本当によく似ていらっしゃる。もしかしたら何か縁があるのかもしれません」
「縁ですか?」
「はい。こうして似ているというだけで連れてこられたのも何かの縁でしょう」
それは確かにそうである。
「サリア様はフェアリーアイを持って生まれた稀代の魔女であらせられた。もしかしたら他にも何かあなたと縁を結んでいる可能性も考えられます」
「フェアリーアイ?」
「はい。この世界の魔法についてはどれくらいご存じでいらっしゃいますか?」
「普通は目に見えないフェアリーに魔力を与えることによって魔法が発動していると伺いました」
「そうです。常人には見えません。しかし100年に1度、そのフェアリーが見える者が生まれてきます。その見える能力や能力を持った人たちのことを私たちはフェアリーアイと呼んでいるのですよ」
私はドキドキした。ヴィンセントの言う通り、私はサリア様と全くの無関係ではないのかもしれない。少なくとも私は恐らくフェアリーアイを持っている。
(サリア様から能力を受け継いでいる?)
いやしかし、うちにサリアという親戚はいなかったはずだ。
「そしてフェアリーアイを持つ者は必ず美しい黒髪女性の姿で生まれ、膨大な魔力量と全属性魔法が使える才能を秘めているのです。そのため歴代のフェアリーアイは必ず国一番の魔女として名を上げました」
「それって例外はないのですか?例えばただ見えるだけとか」
「はい、今のところ例外はありません」
もしその話が本当なら、私も多くの魔力を持ち、全ての属性魔法が使えるということになる。
(そんな力、本当にある?)
今のところフェアリーが見える以外その片鱗は一切ない。
「失礼しました。立ち話ばかりでは疲れてしまいます。どうぞこちらへおかけください」
ヴィンセントさんがそう言って案内してくれたのは玄関の隣に併設されているレストランだった。四人掛けのテーブルがいくつか並んでいる。その全てに白いテーブルクロスが掛かっていて、テーブルの真ん中には一輪挿しが置いてあった。
「お腹が空いたでしょう。お昼をお持ちしますから少々お待ちください」
ヴィンセントさんは奥の厨房に消えていった。
「会わせたい人ってヴィンセントさんのこと?」
「そう。次の休みに必ず連れてこいってうるさかったんだ」
「お咎めなしで良かったね」
「ああ、本当に」
カイトが苦虫を嚙み潰したような顔をしたので私は思わず笑ってしまった。
「ヴィンセントさんはこのお店を経営しているの?」
雇われているようには見えなかった。
「そうだ」
「なんでお店なんてやっているのかしら?」
経歴的にはもう働かなくても十分遊んで暮らせるくらいは稼いでいるはずだ。
「ずっとやりたかったらしい。今までお城の随分と堅苦しいところにいたから、余生は市井の中で肩ひじ張らずにのんびり働きたかったと言っていた」
のんびり暮らすのではなくのんびり働きたいというのが何とも真面目である。でもその方が生活にハリがあって良いのかもしれない。
「ヴィンセントの料理は美味しいんだ。泊まらずに食事をする客も多い」
「へぇ、楽しみ」
「あとヴィンセントはサリアの世話係だったけど、俺の世話係でもあったんだ。だからいつまでも頭が上がらない」
「そうなんだ」
何となく見ていたらそんな感じだった。
「お待たせ致しました」
ヴィンセントさんはワゴンいっぱいに料理を乗せていた。格式高いフルコースだったらどうしようと思ったけど、普通の食事のようで一安心だ。出てきたのは大きい牛肉がゴロゴロ入ったビーフシチューに焼きたてのパン、色とりどりの新鮮な野菜を使ったサラダだった。どれも本当に美味しそうだ。
「全てのものに感謝を込めて、いただきます」
「いただきます」
驚くべきことにご飯を食べる時と終わった時の挨拶は元の世界と大して変わらなかった。これは先日リリアンさんに教えてもらっていた。
「美味しい」
お城の料理も毎日美味しいが、それに全く引けを取らない。ビーフシチューは牛肉がスプーンで簡単に切れて、口に入れるとホロホロと柔らかく崩れていく。しかも全然パサついておらずジューシーだ。スープは何時間も丁寧に煮込まれたのが分かるほどコクと甘みがある。これに焼きたてのパンをつけると小麦の香ばしい香りと相まって絶品だった。サラダはレモン風味のドレッシングがさっぱりとした良い塩梅で、野菜の素材の味を上手に引き立てている。新鮮な野菜は瑞々しくて歯ざわりが良い上に、本来の味が濃厚でいて青臭さが一切ない。これはお城の料理長も顔負けである。
ホストのヴィンセントさんは食べないようで、2人分を給仕するとまた奥の方に消えてしまった。何かと忙しいのかもしれない。
「そう言えば、お昼の時間だけど私たち以外にお客様入って来ないね?」
「今日の昼は俺たちの貸し切りだ」
どうやら随分ともてなされているようだ。言われてみれば入ってくるとき、扉に何か看板が下がっていた。
「美味しかった」
2人して夢中になって大した会話もせずに黙々と食べていると、いつの間にか食べ終わっていた。
「デザートもありますよ」
頃合いを見計らってやってきたヴィンセントさんは食事の皿を下げると代わりにデザートのジェラートを出してくれた。これもまた格別だった。口当たり滑らかなミルクで、濃厚だがさっぱりとしている。尾を引くくどさがないのでいくらでも食べられそうだ。
「食事もデザートもとても美味しかったです。ごちそうさまでした」
「恐縮でございます」
食後には紅茶が出てきた。そう言えばこの世界でまだコーヒーに出会っていない。もしかしたら存在しないのかもしれない。
そんなことを考えていた時だった。
遠くからカーンカーンカーンと警鐘が聞こえ始めた。
次回は明日の12:20投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




