11.お出かけ
性差に関するステレオタイプな話が出てきます。苦手な方はご注意ください。
「そう言えば、この格好で誤魔化せるかな?」
誤魔化すのは勿論サリア様に似ている問題である。
「大丈夫、きっと誰も気が付かない」
カイトが断言する。
「帽子被っているだけなんだけどなぁ」
眼鏡もマスクもしていないので、正直顔は何も隠していない。
「サリアは必要な時以外スカートは履かなかったんだ。だからみんなきっと気付かない」
「そうなの?」
「そう。だからアリサがはじめスカートじゃなかったのも全然違和感がなかった。あとは今は黒髪もほとんど見えないから。リリアン上手く纏めたな」
「この世界って女性のボトムスがパンツでも問題ないの?」
カイトは苦笑した。
「女性が男性の恰好をするなんて前代未聞だよ。誰もそんな発想はなかった。けどサリアはスカートだと動きにくいと言って、お姫様として働く時以外はいつも男と同じ格好をしていたんだ」
どうやらサリア様は少々お転婆だったらしい。
「あっちの世界に行って、女性も普通にパンツを履いているのを見て吃驚した。アリサもスカートじゃなかったし」
「そうね、確かに私もスカートあんまり履かないかも」
考えたらスカートは数着しか持っていなかった。
「どうして?」
「パンツの方が楽だからかなぁ?スカートだと動きにくいっていうのも確かにそうだし、足元がスースーするのがちょっと苦手。あとスカートだときちんとお洒落しなきゃって気分になるから面倒。でも、今日みたいにたまに気合入れてお洒落してお出かけするぞって時はスカートの方が良いなぁ」
私にとってはここぞという時の格好がスカートなのだ。だから今日も少し気分が浮足立っている。
「へぇ、アリサにとってスカートは特別な日の服なのか」
「そういうことになるわね」
女性はスカートが当たり前のこの世界だと私の価値観はずれているのだろう。カイトは興味深そうに頷いていた。
「ねぇ、サリア様はパンツ姿で批判されたりしなかったの?」
私は一番気になっていることを訊ねた。ファーストペンギンにはいつだって非難がつきものだ。
「勿論した。でも功績の方が大きかったから、そのうち誰も何も言わなくなった。一部の女性には人気もあったよ。サリアのパンツ姿が格好良いって」
男装の麗人というやつだろう。何となくサリア様の人となりが伺える。凛としていて、周りに流されず毅然とした態度を貫いた女性。自分の功績で周囲を黙らせるその手腕。お姫様には珍しい、男勝りのさっぱりとした性格だったに違いない。
話をしているうちに城下町に辿り着く。大した距離じゃないので2人でゆっくり歩いて来ていた。手を繋いだままなのは私的にはかなり恥ずかしいのだが、郷に入っては郷に従え、そういう風習なのだから仕方がないと諦めるしかない。
王城は小高い場所に立っている。カイトの話だと王都の北側にお城があり、南側に城下町が広がっているらしい。お城の周りにも城壁があったが、王都の回りにも城壁が張り巡らされており、いわゆる城塞都市の様相を呈している。お城の北側は断崖絶壁になっており、城壁は2つではなく1つだけになっているとのことだ。
「前は夜だったから気付かなかったけど、大きな噴水があるのね」
お城から城下町は下りになっているので南の方まで良く見渡せた。どうやら城下町の真ん中辺りに大きな円形の噴水が立っているようだ。お城とは一直線上の場所にあった。
「そう、あそこは広場にもなっているんだ。あの噴水を起点にしてここが南北のメイン通りで、東西のメイン通りもある。メイン通りにはお店が立ち並んでいて、通りを外れていくと居住区になっていく」
「この間はここを通ったわ。…そう言えばどうやって私の場所が分かったの?」
私は街並みを見て聞こうと思っていたことを思い出した。
「あいつらアリサの身代金要求に特急便という手紙を寄越したんだ。ほら、あそこの建物を見て」
カイトが指差した場所には馬が何頭も並んでいた。看板には手紙のマークがついている。
「手紙や荷物の運送を担っている店だ。城下町にいくつもあるんだが、あの時間帯に特急便が送れるのはあの店だけだ。そこから差出人を割り出して、あとはこの辺りで素行が悪い者たちは一応把握しているからすぐに分かった」
「なるほど」
近衛兵という仕事はお城を守るだけでなく、王都の治安についてもしっかり把握しているらしい。
昼ということもあり、メインの通りはこの間来た時よりもずっと賑やかだった。パッと見ただけで4種族が往来を行き来している。人間とこの間の獣人と鳥人と思しき人たち、それから魚人のような見た目の人たちもいた。
「あの噴水までどれくらいかかるの?」
「歩いたら1時間かからないくらいかな」
「え、そんなに?」
行ってみたい気もしたが、思ったよりも距離があるようだった。
「歩いたら疲れるから、これに乗って行こう」
止まった場所は停車場のようだった。
「これは何?」
「乗合馬車の乗り場。馬車が決まったルートを走っていて、乗り場にはおおよそ馬車が来る時刻が張り出されているんだ」
乗合馬車はこの世界ではバスとか路面電車みたいなものなのだろう。
「噴水は見てみたいけど、でも今日は他に目的の場所があるんじゃないの?」
「西のメイン通りの方に目的地があるから、どのみちあの広場を経由するんだ。少し見てから行っても問題ない」
「そうなの?じゃあ行きたい」
馬車が来たのでそれに揺られてゆったり移動した。馬車は人よりも少し早い程度の速度だ。途中停車場に泊まって人の乗り降りがあるので、正直徒歩と時間はそんなに変わらないだろう。それでも長時間歩くよりずっと楽である。
馬車に揺られて数十分、広場に到着した。
「うわぁ、凄い綺麗!」
水盆を3つ重ねたような山型の段々になっているオブジェの噴水だった。現代で言えばチョコファウンテンのような形と言ったら分かりやすいだろうか。これもヨーロッパを彷彿とさせる石造りで、細かな彫刻や装飾が施されている。その噴水を中心に大きな広場になっており、カイトの説明通り東西南北に広い通りが真っ直ぐに続いていた。人の往来も一層激しい。きっとここが一等地なのだろう。角のお店は高級そうだった。
「この広場ではお祭りとか定期的に催し物をやっているんだ」
「へぇ、楽しそう」
「今度一緒に来よう」
「うん」
気を使わなくて良いと言おうと思っていたのに、気が付いたらいつの間にか次の約束をしてしまっていた。今更取り消すのも不自然なのでそのままにしておく。何より次があるというのはやはり嬉しい。それも催し物だ。否応なしに胸が躍ってしまう。
広場をぐるっと1周してまた西に向かう馬車に乗った。今度は先ほどよりも早く下りて、それから西のメイン通りをそのまま少し歩いた。しばらく行くとカイトが足を止めた。どうやら目的に着いたらしい。
「ここだ」
足を止めたところには一軒の宿屋があった。カイトが扉を開けるとチリンチリンと音が鳴った。カイトは私に入るように促したので遠慮せずに先に扉を潜る。入ってすぐにここが洗練された上品な空間であることが分かった。小物の使い方なのだろうか。観葉植物や棚に飾られているものが派手過ぎず、かといって地味でもない。宿屋というともっと無骨なイメージがあったので、ホテルのような瀟洒な雰囲気に私は吃驚していた。
玄関の真正面には受付用の木のカウンターが置いてあり、そこで誰かが下を向いて何か書きつけをしていた。私たち以外お客様はいないようで、店内は静かだ。
「いらっしゃいませ」
受付の男性が扉の音に気が付いてすぐに顔を上げた。背はスラっと高く背筋が綺麗に伸びている。上半身しか見えなかったが、黒いベストとモーニングコートを着こなし、白いブラウスと首にはクラバットを巻いている。
(瞳の色がカイトと同じだわ)
髪は白髪だったが、目の色は綺麗なエメラルドグリーンだ。顔の皺の入り方が柔和で、モノクルをつけている。まるで老執事のようだ。
その老執事が私を見るなり固まってしまった。これには見覚えがある。恐らくサリア様の顔なじみなのだろう。
(何だかこの反応にも慣れてきたな)
「ヴィンセント、アリサを連れてきた」
ヴィンセントと呼ばれた老執事はカイトの声で我に返ったようだ。どうやらこの人がカイトが言っていた会わせたい人のようだった。
※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




