10.準備
翌朝、朝食を食べ終えてから、私は何を着て行こうかクローゼットと相談を始めた。今着ている部屋着兼パジャマのゆったりとしたワンピースの他、何着か国王から賜っていたのだ。
(何を着て行けば良いのか分からないわ)
改めてじっくり見てみると、クローゼットの中には比較的簡素な服から貴族の娘が着るような細部にまで意匠を凝らしたドレスまで、思いの外たくさんの服が入っていた。しかもそもそもこちらの世界のTPOを知らないので、城下町に行くのに適した服装が何なのか分からない。
(異世界の服が絶対に違うのは確か)
お城を抜け出した時はそのままジーンズに白いセーターとコートでも誰も何も言ってこなかったが、流石にこの服で昼間の往来を歩くわけにはいかないだろう。しかもこの数日のうちにこちらの世界は急激に暖かくなっており、もはや冬の装いでは汗をかいてしまう。
私があれこれ悩んでいるとリリアンさんがやって来た。
「リリアンさん、ちょうど良いところに。すみません、適した装いが分からなくて」
「こちらで見繕いますからご安心ください」
どうやらリリアンさんは私の悩みなど初めから織り込み済みのようで、クローゼットの中から手際良くお洋服を取り出していった。渡された衣装はいかにも西洋の町娘といった感じである。リネン生地のゆったりとした白いワンピースをインナーにして、重ね着で青いスカート、上には同じ色で腕を通すタイプのコルセットをつけるようだ。靴下は白い長靴下で、靴は茶色いパンプスが用意されていた。
私は早速着替えを始めたものの、コルセットの付け方が分からなかった。
「度々すみません、コルセットの付け方が分からないのですが」
「大丈夫ですよ、一緒につけましょう」
リリアンさんが腕を通してくれる。前の方にコルセットの紐が来るのが正解らしい。そのままリリアンさんが手早くコルセットを締めた。締めると言っても口から内臓が出そうな程ではなかったので安心した。
「もっと締められるかと思いました」
「そんなにきつくしたら倒れてしまいますよ」
こちらの世界ではコルセットは良心的につけるものらしい。
着替えが終わったところで、今度は髪のセットもすると言う。リリアンさんが化粧台の前に私を座らせ、髪に櫛を通し始めた。
「アリサ様の髪は長いのに全然痛んでいませんね。サラサラストレートでとても羨ましいです」
「そうですか?黒髪だから野暮ったく見えるだけですよ」
前髪は自分で適当に切っているものの、後ろは美容室に行くのが面倒でただ無造作に髪を伸ばしていただけだ。リリアンさんに羨ましがられることは何もない。
「そんなことはありません。とても素敵だと思いますよ。そもそも黒髪というのがこの国では大層珍しいですから」
「そうなんですか?」
「はい。サリア様がお生まれになった時も、国王陛下と妃殿下はとても驚かれておりました。陛下はシルバーで妃殿下は薄ピンクの髪色ですから」
確かにそれは吃驚するだろう。この世界では黒髪は劣性遺伝子なのかもしれない。
「陛下も妃殿下も、女神様の寵愛を受けたのだと喜びました。黒髪は女神様の象徴ですから。そして現にサリア様は大変優秀な方でした」
「へぇ」
この世界の神話や神々についてはまだ何も教わっていないのであまりピンと来なかったが、劣性遺伝子だと考えた自分はなんて夢がないんだろうと思ってしまった。
話している間にもリリアンさんは手早く髪を結っている。左右からサイドを編み込んで真ん中で一つにし、そこから後ろでお団子を作っていた。私は普段自分では全然アレンジをしないので新鮮な気分だ。
「はい、できましたよ」
「す、すごい。ありがとうございます」
残念なことにやり方が全く分からなかった。きっと1人では復元不可能である。出歩いている最中に解けたらそのまま下ろして帰ってくるしかない。
「あとはこれをこうして…」
リリアンさんが私の首元に白いレースのスカーフを巻いてくれた。露わになったうなじを隠すためらしい。
「軽くお化粧もしましょうか」
そう言うとリリアンさんは化粧台から化粧箱を取り出した。どの世界でも美の追求のためのお化粧と衣装は発達するものらしい。ファンデーション、チーク、口紅、アイライナー、アイブロウ、一通りのものがあり、ナチュラルメイクを施してくれた。
「昨日カイトに会った時はすっぴんだったから、ちょっと恥ずかしかったんですよね」
療養中ということもあり昨日は完全に油断していた。
「アリサ様はそのままでも十分お綺麗ですよ」
「いや、そんなことはありません。ちなみにその化粧箱は今後使用しても構いませんか?」
化粧台の棚の中にあったのは知っていたのだが、使って良いのかどうか聞き忘れていたのだ。
「勿論です」
「ありがとうございます」
これで明日から自分でもお化粧が出来る。
「さて、これを被ったら完成です」
リリアンさんはつばの広い麦わら帽子を手渡してくれた。赤いリボンが巻かれている。帽子を被って鏡を見たら自分でも吃驚するほど町娘だった。何だかコスプレをしているみたいだ。
「お似合いですよ。あ、ポケットにハンカチは入っていますか?」
「はい、入っています」
「完璧です」
「あの、お財布とかは?」
「必要ありませんよ。カイト様に恥をかかせるおつもりですか?」
「…いえ」
どうやら今日は完全にエスコートされるようだ。私としては自分のものは自分で払いたいのだが、考えてみたら現在所持金0円の食客なのでどうにもならない。いつかカイトに返そうと心に誓った。
準備が終わってすぐカイトが迎えに来た。
「少し早く来過ぎたと思ったが、待たせなくて良かった」
「ううん、待つのは全然平気」
私はそれよりもカイトの恰好に気を取られていた。いつもの近衛兵の制服ではなく、カイトもまた町中に溶け込めるような服装をしていたからだ。上は袖が少しゆったりしている白い開襟シャツで、下はカーキのスラックスにベルト、茶色の革靴で何ともカジュアルである。
「どうかしたか?」
いつもと違う恰好が新鮮でつい見惚れてしまっていた。
「服、いつもと違うから吃驚しちゃって」
「そりゃあ休みの日くらい制服は脱ぐだろう」
「え?カイト今日休みなの?」
「…仕事していた方が良かったか?」
「いや、そういう意味じゃなくて」
てっきり何かの仕事で誘って来たのだと思っていた。
「わざわざ誘ってくれてありがとう」
プライベートに誘ってくれるその気持ちが素直に嬉しかったけど、少し申し訳ない気もした。
(カイトに間違って連れて来られたけど、現状そこそこ恵まれていているし、そんなに気を使わなくても良いのに)
今言ったら水を差しそうなので、今度やんわり伝えようと私は思った。
「わざわざも何も、俺が休日にアリサと過ごしたかったから誘ったんだ。お礼を言われるようなことはしていない」
本当にサラッとそういうことを言ってくる。
「それから、そういう恰好も良く似合っているよ」
カイトは微笑んで、手を差し伸べてきた。
(社交辞令とかエスコートとか、早く慣れなくちゃね)
私は顔が赤くなってないと良いなと思いながらその手を取った。
次回は明日の12:20投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




