115.トラブル続き
※戦闘シーンがあります。苦手な方はご注意ください。
何が起きたのか分からなかった。気が付いたら私は心臓が止まりそうなほどに冷たい冬の海に投げ出されていた。しかも私が着水して目を開けた時には既に大きな口が目前まで差し迫っていた。細かい鋭い歯がびっしり生えているのが見える。魔法を使う間もなかった。
(食われる!)
ガキン!!
しかし捕食者の鋭い歯は私には届かなかった。何か光の防御のようなシールドによって守られたのだ。
(早速お守りが発動した?)
そうとしか考えられなかった。
捕食者は何が起きたのか分かっていないようで、一度私から距離を取った。その時になって初めて私は自分がどんな魔物に襲われているのか確認することができた。
(シーサーペントだ!)
それはウツボを巨大にしたような魔物だった。船体の横っ腹にはこいつの顔と同じくらいの穴が空いているから、この魔物が船に突っ込んできたに違いない。船は傾いて沈みかけている。
シーサーペントは再び私に向かってきたので、今度は氷の防御魔法でこれを防ぐ。ついでに本体を凍らせにかかったが瞬間冷凍というわけには行かず、すぐに逃げられてしまった。しかし魔物は私を捕食しようと執拗に狙ってくる。浮上する余裕がなかった。
(苦しい…)
するとここで身体に何か当たった。吃驚して見るとすぐ近くにカイトがいた。約束通り助けに来てくれたらしい。カイトは私を抱えて急いで浮上する。魔物は逃すまいと食らいついて来ようとしたので私はまた氷の防御魔法でこれを防いだ。
海面に浮上した。すぐにカイトが流氷のような氷の足場を作ってそこに私を押し上げる。
「ゴホッ!ゴホッ!…」
私の身体は酸素を求めて呼吸をするが水を飲んでしまっていたらしく激しく噎せ返った。苦しくて涙が出てくる。最早戦闘どころではない。
「シーサーペントだ!アリサを狙っている!」
カイトが足場に上ってきてそう叫んだ。間髪入れずに魔物が海面から飛び出してきた。
「ティコスパゴス―氷の壁―」
「レピダアネモス―風の刃―」
「ドーリーパゴス―氷の槍―」
「「ベロスブロビー―雷の矢―」」
防御魔法を使って足場を守ったのはカイトで、他の人たちは沈みかけの船から一斉に攻撃を仕掛ける。魔物は悲鳴を上げていたが致命傷とまではいかず、また海に戻ろうとした。
「「パゴマ―凍れ―」」
オークリーさんとカイトがシーサーペントの着水地点に大きな分厚い氷を張った。海に帰ろうとしていた魔物は激突して氷の上で身悶えている。この気を逃さずレオンさんが船からその足場に飛び移ると、風魔法を付与した大剣でその首を一刀両断した。
終わったことを見届けるとカイトはすぐにこちらを向いた。
「アリサ、大丈夫か?」
「ご、ごめん、何もできなかった。それに冷たい中、本当ごめん」
「無事でいてくれれば十分だ」
抱き合ったがお互い身体が震えていた。
「船、あの大きな足場に引き上げようか」
「できるか?」
「大丈夫」
大して戦いに参加していない分、魔力には余裕があった。私は浮遊魔法でシーサーペントを海に落とすと、代わりに船を乗せた。船は随分と重たくてかなりの魔力を消費したが、指を咥えて沈むのを見つめるより余程良い。修理できるか分からないが、船体があるのとないのとでは帰れるかもしれないという心持ちが全然違う。
「いま船の中から毛布と焚火セットを持ってくるのでこっちの足場に移って待っててください」
船の上にいるエリスさんが大声で言った。物凄く寒かったのでそのご厚意は大変有難い。
しかし、私たちが足場を移動しようとした時だった。どこからともなくこの世のものとは思えないほどの美しい調べが聞こえてきた。
(女性の歌声?)
「何だろう?とても綺麗な歌声が聞こえる」
思わず寒さも忘れて魅了されてしまいそうだ。
すると突然、カイトが何も言わずにまたしても冷たい海に飛び込んでしまった。
「ちょっとカイト!?」
幸い海は穏やかだったので、私も飛び込んでカイトに追い縋る。しかし腕を掴まえた瞬間にべもなく振り払われてしまった。一瞬垣間見たその目は虚ろで、どこか恍惚とした表情を浮かべていた。
(操られているの?)
だとしたらこの歌声で操られているとしか考えられない。私が操られていないのは女だからだろうか。そう思うと何だか物凄くモヤっとして、この歌声が癪に障った。カイトがマンドレイクに本気で怒っていたのが分かった気がする。私は面白くない気持ちを抱えながら後ろからカイトを思い切り羽交い締めにすると、マンドレイクの時に使用した耳栓を彼の耳に突っ込んだ。
「あれ、俺…」
カイトは正気に戻ると耳栓に気が付いて外そうとしたので、私は慌てて両耳を塞いで物凄い剣幕で首を横に振った。口頭で説明したいところだが、取ったら元の木阿弥である。 私はカイトを引っ張って先ほどの足場に戻ると、ローブを脱いで魔法の絨毯のようにしてカイトを乗せて飛行した。氷の足場ごと浮かせるのは重たすぎると思ったのだ。それにここまで寒いと1枚脱いでも大して変わらない。
空から見ると前方に半人半魚の女性3体が泳いでいるのが見えた。セイレーンだ。半人半魚、あるいは半人半鳥もしくは人と魚と鳥が合わさったような描かれ方をするこの怪物は、本来は歌声で水夫を惑わして船を難破させるか溺れさせて食らう。ちなみに彼女らに食われた人々の人骨は島に山を成すといわれている。
よく見ると皆もセイレーンに誘われて海に入って泳いでいた。カイトも魔物と皆を見て事態を呑み込んだようで、魔物の方に行くように合図を出してくる。皆を助けるより先に魔物を倒してしまった方が早いという判断だ。大分敵に接近したところで私たちは魔法を放った。
「「ドーリーパゴス―氷の槍―」」
3体のセイレーンは呆気なく沈んでいった。本来操られているものを食らう魔物だから、戦闘には向いていなかったのだと思われる。
正気に戻った皆は、いつの間にか冷たい海に入っていることに驚き、その冷たさに絶望していた。
「後で説明しますから、とりあえず足場に戻ってください」
私は上空から声をかけると、自分たちも足場に向かって下降する。その最中、カイトが私の肩を叩いて耳栓を取るように指示を出していた。
「ああ、私耳栓していないよ。カイトにした耳栓、私のやつだし」
髪を耳にかけて見せるとカイトは驚いていた。
「何で操られなかったんだ?」
「さぁ、私が女だからかな」
水夫は元々男ばかりで、女性が聞いたらどうなるというのは伝わってきていない。
「なるほど、助かったよ、ありがとう」
「皆濡れ鼠だけどね」
カイトが顰め面をした。
「もう少しだったのにやっぱり何かあったな」
「本当に。でも海が荒れてなくて良かった。嵐の中だったら多分死んでいたわ」
「それはそうだが…今は凍え死にそうだ。早く暖を取ろう」
私たちは船の甲板に着陸した。エリスさんが先ほど言っていた毛布と焚火セットを取りに行くためである。ちなみに船は斜めになって氷上に置かれているので、甲板も中の船室も全て斜めっている。
船室を見たカイトは珍しく舌打ちをした。
「チッ、やられた。穴を開けられた船室の積荷がない」
「あるものを探した方が早そうだわ」
探索用リュックサックは無事にあったので、食料10日分や着替えは無事だった。あとは修理セットと木材が少々。
「これ燃やしましょう。土属性魔法だって使えないわけじゃないから」
「全く前途多難だな」
本当に先が思いやられるスタートを切ってしまったのだった。
次回は明日の12時台に投稿予定です。
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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




