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【完結済】人違いで異世界に攫われました  作者: あいうちあい
第5章 不毛の地の探索(冬)
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108.絶望の淵

 突然色々なことが起こってしまったのでしばらく何も考えられず呆然としていたが、思考能力が回復してくると今度は目まぐるしく皆を蘇生する方法を考えた。


(石化ならバジリスクの胃液で何とかできる?)


 バジリスクの胃液でゴルゴン姉妹の石化を溶かせるかは不明だが、やってみる価値はあるだろう。ただし肝心のバジリスクがどこにいるか分からない。この荒地に生息しているかさえ定かではなかった。国よりも広い不毛の地でバジリスクを探し出すのはまさに砂漠の中から一粒の砂を見つけ出すようなものである。それでは魔法薬の材料を集める時間がなくなってしまう。


(一旦皆を国に持ち帰って、材料を集めて混沌を倒してからバジリスクを探す?)


 魔術書にざっと目を通したところ、材料を集めたとしても魔法薬を作る工程にはおよそ1年ほど時間がかかるようだった。しかもどうやら術者が薬を作らなければならないらしく、その間はバジリスクを探索する時間が取れそうにない。それなら混沌を倒してからゆっくり探そうと思ったがそれも駄目だった。


(魔物は混沌から生み出される。混沌を倒した後バジリスクが不毛の地に残っているか分からないわ)


 それに光の極大魔法を使ったら混沌以外の魔物は全て消え去ってしまう。魔物が一切いない世界になる可能性もあった。


(じゃあ、一体どうすれば…)


 闇属性魔法の1つに死者蘇生がある。これは術者の命と引き換えに1人を蘇らせる魔法だ。しかし私は5人を生き返らせたいし、自分が死にたいわけでもない。


(もしかして詰んでいる?)


 私は皆の顔を見た。こうして見ると古代ギリシャの彫刻のようだ。端正な顔立ちは人工物のような美しさで、皆はじめから人ではなかったような気さえしてきてしまう。けれど、記憶の中の皆には生き生きとした表情がある。戦う様は勇ましく躍動感があって、触った身体には温もりを感じられた。今はそれがない。


(あ、駄目だ)


 ここに来てようやく絶望が私の心を支配した。零れた一滴を皮切りに涙がとめどなく溢れ出てくる。私は誰もいない荒地で喉が嗄れるまで叫んだ。慟哭だった。悲しみ、苦しみ、辛さ、その全てを受けた心が張り裂けそうに痛い、ただ痛い。


 どれくらいそうやっていたのか分からない。朝から活動していたのに太陽はいつの間にか中天高く昇っている。喉が潰れて声も出ず、涙も涸れ果てると、今度は激しい倦怠感と脱力感が全身を襲ってきた。私は四肢を無造作に投げ出して横になる。


(心など壊れてしまえば良いのに)


 両親が亡くなった時も同じことを思っていた。何も感じたくなかった。心など粉々に砕けて何もなくなって、無だけが残れば良い。何も感じず、何も考えない人形のような私だけが残れば良いのだ。いや、それならいっそ誰か私を殺してほしい。何も感じなくて済むならその方がずっとマシだ。けれどどんなに望んでもタイミング悪く魔物は襲って来なかった。


(これからどうすれば良いんだろう?)


 人間は生きている限り考え続ける生き物だ。それはデカルトやパスカルが言った名言通りで、心が完全に壊れない限り人は思考を放棄することはできない。何とも厄介なことである。どれだけ何も考えたくないと思ってもこうして勝手に思考は巡ってしまう。


 私の中のカイトは探索を断念して私1人だけでも国に帰るように訴えてきていた。冷静な私は1人で処刑場に赴き、マンドレイクを回収してから国に帰るように指示を出してきている。どちらも正しいと思う。しかしその行動を起こすには今の私にはあまりにも気力がなかった。本当に指1本動かせない。動かせるのは思考だけだ。


(メドゥーサ、ペルセウスが倒した怪物)


 彼は鏡のような盾にメドゥーサの姿を写しながら近づいて寝首を掻いた。大量に噴き出した血からはペガサスやクリューサーオールという巨人が生まれ、海に滴った血は赤いサンゴとなり、砂漠に落ちた血は蛇もしくは蠍になったと言い伝えられている。


(メドゥーサの血……)


 ここで私はガバッと身を起こした。あちらの世界と同じなら皆を生き返らせることができるかもしれない。少なくともまだ1つだけ可能性が残っている。ただそのためにはゴルゴン3姉妹を倒さなければならない。姿を見ただけで石化して死んでしまう危険な相手だ。フェアリーアイという立場を考えれば戦わない方が無難であることは明白である。カイトがいたら絶対止めるだろう。しかしここで戦わなければきっと一生後悔すると思った。結局どれだけ考えても今の私にはやらないという選択肢はなかったのだ。


 そうと決まれば魔力回復のために寝なければならない。今は1割を切っていて正直ギリギリなので、また2日2晩ほど寝てせめて6割くらいまでは回復したかった。少しずつ気力が湧いてくる。先ほどまでは指1本まともに動かせなかったというのに、希望とはかくも人をやる気にさせるものなのか。私は急いでテントを立てて寝袋を出す。襲撃を考慮してテントの出入口は開けたまま、寝袋は被るようにして横になった。いつもより多少は冷えるが、これでいつでも飛び出せるだろう。


 私は寝た。野生動物のように神経が研ぎ澄まされていて、半醒半睡のような状態だった。深い睡眠より魔力の回復スピードは遅くなるが、寝首を掻かれるよりずっと良い。襲撃は全部で2回あった。私は出来る限り魔力の消費を抑えながら、勿論皆に手出しさせることなく敵を屠った。他はただひたすら休息に充てる。ぼやっとした意識の中で2晩を越え、朝になり、そして昼頃になった。これで魔力量5割いかなかった。途中襲撃もあったし、何よりぐっすり寝れているわけではないので仕方がない。しかし流石にもう待てなかった。


「行ってくるね」


 2晩経っても声はしわがれたままだが、治す魔力さえ惜しい。私は皆の頭を撫でて挨拶をした。もしかしたら私も戦って石化するかもしれない。けれどこれを別れの挨拶にするつもりは毛頭なかった。帰って蘇らせてみせる。それが駄目ならその時また考えよう。


「カイトも、待っててね」


 そっと口づけをした。冷たく固い唇はザラっとしていて無機質だ。泣けてくる。けれど今は駄目だ。今は違う、その感傷に浸るべき時ではない。


(気持ちを切り替えて、行こう)


 私は魔物討伐のために歩き出した。

次回は明日の12時台に投稿予定です。

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※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。

※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。


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