107.石化した町で
「昨夜は寝られましたか?」
「はい、おかげ様でゆっくり寝かせて頂きました」
「それは良かったです」
欠伸を噛み殺しながらエリスさんが挨拶に来た。
「カイトは寝られたの?」
「ああ、エリスもオークリーも昨夜はありがとう。今日の襲撃は俺とアリサで捌くから2人は体力の温存に充ててくれ」
「頼もしい限りだ」
オークリーさんが笑っていた。
朝の支度を整え終えると私たちは出発した。1時間ほど歩き、小高い丘陵を登りきると近くに大きな遺跡群があった。
「凄い、あんなに残っているなんて」
「ああ、何でだろう。盆地のようだからかな」
ところどころ屋根や壁は崩壊しているけれど、ほとんど町の全景が残っているようだった。
「行こう」
カイトの号令で再び歩き出す。私は町が残っていることに感動を覚えていたが、近づくにつれて異様な雰囲気が漂い始めた。町の住人が石化していたのである。それらはそのままの形で残っているものもあれば、倒れて壊れているものもあった。
「これ、バジリスクの仕業かな?」
「どうだろう、ただ魔物が町に潜伏している可能性はあるから入らない方が良さそうだ。外で合流しよう」
「もしレオンとギルが先についているなら方角的にあの辺りにいるんじゃないか?」
オークリーさんが指を指す。
「そうだな、行ってみよう」
私たちは警戒しながら町の外周を進んだ。残っている遺跡群は古の人々の生活が残っているようで神秘的だったが、もうあまりそちらの方は見られなかった。
やがて町の外の真西にあたる場所が見えてきた。
「まだ来ていないみたい」
「いや、ちょっと待て、あそこに石像が2体ないか?」
エリスさんとカイトが突然不穏な会話を始めたので、私とオークリーさんは険しい顔でお互いを見つめた。
「まさか、そんなことは」
「ですよね?」
嫌な妄想が膨らんでしまうがすぐに打ち消す。石像は2体とも倒れてしまっているようだった。しかし2体とも丸いシルエットで、だとしたら引き締まっている2人とは全くの別人である。そう思った。思いたかった。それが近づくにつれて、身体のシルエットではなく背と前に荷物を抱えている人たちの石像なのだと分かる。心臓が早鐘を打つ。確認したい、けれど確認したくない。断定してしまったら取り返しがつかないことになってしまうと思った。
「……」
先に覗いていたカイトとエリスさんは無言だった。その表情は苦悶に満ちている。もう見なくても答えは分かった。けれどやっぱり確かめずにはいられない。私とオークリーさんも石像の顔を覗き込んだ。
「レオンさん、ギルバートさん…」
(現実を直視したくない)
それはあまりにも唐突だった。昨日まで生きて動いていた人たちが今はもう動かなくなっているなんて、なんと受け入れがたいことだろう。端正な2人の顔は無機質だった。頬を触る。固く、冷たかった。おおよそ人間の肌の触り心地ではない。それに2人とも倒れた衝撃のせいか首が取れてしまっていた。このままでは痛い。治してあげないと。
「エピスケヴィ―修復せよ―」
魔法が発動しなかった。これはあくまでも身体を修復する魔法であって、物体を修復する魔法ではないということか。
「アリサ、いいよ、魔力の無駄だ」
カイトが肩に手をかける。私はブンブンと首を横に振った。
「私の想像力が足りなかっただけ」
(魔法はイメージ…それに魔法がないなら作れば良い)
身体修復ができるなら物体の修復だってできるではないか。後は私がレオンさんとギルバートさんを物体だと認識すれば良い。それと多量の魔力があれば多分魔法は発動する。
しかしこの石像を物体だと認識することを拒んでいる自分がいた。認識してしまったら2人が死んだことを認めてしまうことになる。けれど直してあげたいと強く願っている自分もいた。相反する2つの情動が私の中で交錯する。気持ちが悪い、吐きそうだ。
それでも最終的に私は直したい気持ちを優先した。1つ深呼吸をするとこう唱える。
「エピスケヴィプラグマ―物体修復せよ―」
この不毛の地で光属性魔法の、しかも伝説級の上級魔法を石像に使うことは馬鹿げているのかもしれない。けれど誰も止めなかった。私は多くの魔力を消費したが、それでも2人の首は無事に直すことができた。同時に直った瞬間、もうこの石像は人ではないのだと強く実感してしまった。絶望が全身を貫く。気が付いたら両手に顔を埋めて泣いていた。
「直してくれてありがとう」
カイトがそう言って私を背中から抱いて慰めてくれる。皆の方が付き合いが長いからずっと辛いはずなのに、泣いているのは私だけだった。辛いからこそ泣けないのかもしれない。
もうこれ以上辛いことは起きないと勝手に思っていた。
皆が一斉に上空と町の方を警戒して見た。それはもう反射だったのだと思う。そしてそれがまずかった。カイトが手で私の頭を押さえる。地面しか見えなくなった。それが咄嗟に取ったカイトの最期の行動だった。背中から抱きしめてくれていたカイトの身体が重くのしかかる。同時に触れていたところが瞬間的に固く、冷たくなった。
(う…そ…)
私は動揺した。けれど同時にこの緊急事態に大してやけに冷静になっている自分もいた。私はポケットに入れていた小型の鏡を取り出すと皆が見た上空と町を移した。上空には何も見当たらなかったが、町の方に同じ姿をした魔物が2体立っていた。人型のそれらは女性ではあるが、頭髪は無数の蛇、青銅の手、黄金の翼を持っていた。きっと歯は猪の歯をしているに違いない。
(ゴルゴン姉妹を模した魔物だ)
ゴルゴン姉妹は末娘メドゥーサを筆頭に大層美しいとされていた3姉妹だ。神の怒りを買って醜い姿にさせられたメドゥーサを庇うように神に立てついたら姉2人も醜い姿に変えられてしまったという。その3姉妹の恐ろしい姿は見た者を石化させてしまう。バジリスクは視線があったら石化するのに対してこの姉妹たちは姿を見ただけで石化してしまうのだ。しかし、バジリスクは鏡に移した視線さえ石化の効果があるが、姉妹たちの姿は鏡に写しても石化の効果はない。だから私は今こうして見ることができているわけである。
(どちらかが空を飛んでいたのかしら?)
あまり飛ぶイメージはないのだが、黄金の翼があるので飛んでもおかしくはない。
2体の魔物はしばらくこちらを伺っているようだったが、やがて町の中へと姿を消していった。カイトが覆いかぶさるようにしてくれていたので私のことが見えなかったのかもしれない。それに私も今は対して魔力がないからいつもみたいに気付かれなかったのだろう。
(とにかく、一旦ここを離れよう)
「エピピレオン―浮遊せよ―」
私は石像になった皆を浮かせ昨日転移する前の小遺跡群を目指して真西に移動した。生物に効かないこの魔法が使えるということは皆が物になってしまったことの何よりの証左である。そのことは私の胸を深く抉ってきたが、感傷的になるにはまだ早いと自分を叱咤し、逃げることに集中した。他の魔物の襲撃が来ないことを必死に願う。今来られても精神的に余裕がないし、魔力も底を尽きそうだった。
ここはレオンさんとギルバートさんが一度通っている道だからか、幸いなことに魔物の襲撃は受けずに小遺跡群に辿り着いた。魔法陣のない遺跡の床の1つに皆を寝かせる。
「カイト、レオンさん、ギルバートさん、エリスさん、オークリーさん」
分かっていたことだけれど、順々に名前を呼んでも答えてくれるものはなかった。
私は途方に暮れて座り込んでしまった。
次回は明日の12時台に投稿予定です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※「ら抜き」「ら入れ」「い抜き」などの言葉遣いに関しましては、私の意図したものもそうでないものもキャラ付けとして表現しております。予めご了承くださいませ。
※WEB小説独特の改行に悪戦苦闘中です。試行錯誤しながら編集しております。ご容赦くださいませ。




