第二章『散策』Ⅴ
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連続投稿四日目となります。
【(後半)ネーヴェ視点】
三人がケイトと名乗るシスターに連れられたのは、一軒の少し古ぼけた古書店。
そこには背中を丸くした店主の老婆が一人、静かな空間で古書に囲まれ、三人を笑顔で出迎えてくれた――。
「申し訳ございません。急に場所をお借りすることになってしまい――。ありがとうございます」
古書の香り漂う静寂な空間に、ネーヴェの声が静かに響く。
周囲には、背中が丸くなった店主が作業しやすいようにだろうか。あまり背が高くない書架が店内の壁面や中心とそこかしこに立ち並び、奥には座り心地の良さそうなラグが敷かれたソファーとテーブルが一対、日の当たる窓際に置かれていた。
「あらあら、お可愛らしいお客様達ですこと――。ふふ、さぁこちらへいらっしゃいな。そのお嬢さんはこっちね。気にせずゆっくり休んでいってちょうだい――」
店主の老婆が双子とシエルへ微笑みを向け、ソファーへと顔色がまだ悪いシエルを横たわらせる。
「…………も、申し訳、ございません。店主様――」
喋ることも辛そうなシエルが謝罪の言葉を横たわり紡ぎ、ゆっくりと目蓋を閉じるとすぐ、静かな寝息が聞えてきた――。
本当に、無理をさせてしまった。
改めて、眠るシエルの表情を見て眉を垂らすリィン。
ネーヴェもまた隣でその顔を曇らせ、シエルのことを心配そうに見守り寄り添う。
そんな双子にそっと、店主の老婆が柔らかい笑みを静かに向け、
「困っている人がいたら助け合わないとね。お茶、持って来るからちょっと待っていてちょうだいな――」
そう言葉を残し、ゆっくり居住空間の奥へと消えていった。
「あの、シスター。ありがとう。お婆ちゃんに頼んでくれて――」
店主の老婆の背を見送った後、何処からか持ってきた上掛けをそっとシエルに掛けるシスターケイトへ言葉を紡ぐリィン。
正直、元居た広場からほど近いこの古書店で、シエルを休ませられたのはありがたいことだった。
だから店主の老婆に口添えをしてくれたシスターケイトへ御礼の言葉を口にした。
「よろしいのですよ。メグさんも仰っていたではありませんか。困っている人がいたら助け合わないと、と――。さあ。貴方も少し、お休みになって。お嬢様程ではなさそうですが、貴方も少し顔色が悪いですよ――」
優しく諭すようリィンに促すシスターケイト。
そっと手が近づき、子を慈しむ母のよう頭を撫でられる。
(子供扱いされている――。いやまあ、子供だけれども――)
なされるがままじっとその手を受け入れ、猫のよう碧の瞳を閉じているとふと、自分の頭は撫でやすいのか――。そんな疑問が脳裏に浮かんだ。よく、妹のネーヴェにも撫でられることがあるので――。
(あれ? じゃあ、ネーヴェにも子供扱いされてる? オレ、お兄ちゃんなのに――?)
疑問符が頭に次から次に湧き上がる中――。お茶の用意が済みこちらへ、店主の老婆メグがにこにこと微笑みを溢しながらゆっくりと近づく姿が目についた。
ネーヴェが静かにメグの元へ駆け寄り、その手から茶菓子の乗ったトレーを受け取り持つ。
「あらあら、お客様に持たせてしまって申し訳ないわ」
「いいえ、これくらいのことはさせて下さいメグさん。突如押し掛けたのに、本当にありがとうございます」
二人して微笑み合い、ソファーの前に備え付けられた手編みのレースクロスが乗るテーブルへと歩み寄る二人。
テーブルへとやって来た二人は言葉を交えつつ、分担しててきぱきと茶菓子をセット。
人数分用意したカップへポットを傾け、湯気が出るお茶を淹れていく店主のメグ。
爽やかな、それでいて落ち着いた良い香りがリィンの鼻腔をくすぐる。
お茶の芳香に癒やされていると、焼き立てと思われる焼き菓子がネーヴェの手によって小皿に取り分けられ、カップの隣へと置かれる。
甘い香りに、精神的に疲れていた身体が反応したのだろう。お腹と脳がおやつを欲して小さくぐぅーと鳴った。
「………………」
じー、と甘い香りが立つ焼き菓子へ熱い視線を送る。
まだ、三日、経っていない――。
しかし、人数分の小皿には焼き菓子がちゃんと乗っており、食べて良いのか判りかねる。
なので――
ちらり、と。手伝い終えラグに行儀良く座るネーヴェに視線を移し、許可が出るかそわそわしながら待った。
「………………今回は特別だよ、リィン――」
ほんの少し長い沈黙の後。ネーヴェからの許可がおりる。
恐らくここで、食べれるのに食べないという行為は失礼に当たる、そう思っての許可が。
「ふふ。ちょうどお菓子、焼き上がってて良かったわ。さぁ、身体にいいお茶もあるのだけれど、飲めそうかしら? 可愛らしいお客様方――」
店主のメグの言葉にこくりと頷く。
そして、眠るシエルの側で彼女を起こさないよう小さなお茶会を楽しむリィンとネーヴェだった――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「貴女は休まれなくてもよろしいのですか? ネーヴェさん――」
小さく寝息を立てるリィンの頭を優しく撫で、シスターケイトがネーヴェへと静かに声を掛ける。
やはりリィンも疲れが溜まっていたのだと、シエルが横になるソファーに凭れ掛かって寝る兄を見詰め思うネーヴェ。
「はい。私は大丈夫です。二人が疲れている原因に、私は関係ありませんので――」
正確な理由は二人の為に伏せ、シスターケイトへ苦笑いに見えないよう笑顔で答える。
それにしてもまさか、シエルもリィンと同じだったとは――
今だ眠る彼女へ視線を移しふと、あることがネーヴェの脳裏を過る。
そう言えばリィンが彼女を助けた時に倒れていた理由、それも同じ理由だったりするのでは――と。
リィンに彼女を助けた時のことをあの後大まかに聞いたネーヴェは、彼女に怪我はないかとざっと確認したのだが、これといって目立つ怪我はなく――。
実は見えない相手を幽霊の類いだと思い、気絶していたのではないか。
そんなことがふと、脳裏を過ぎってしまった――。
(ふふ。まさかそんなことないよね――)
少し失礼なことを考えてしまったなと思いつつ、再びリィンに視線を戻しその首に下がる懐中時計へと視線を移した。
《青の刻針》が指し示すのは黄昏の刻ぎりぎりの十八の時――。
今が黄昏の刻十七の時に近いのでそろそろ二人を起こし、《止まり木》へ帰らなければ《霧刻》の中帰路へ着かなければならなくなる。
なのでそろそろ店主のメグとシスターケイトに帰りの挨拶をしようと、口を開こうとするネーヴェ。
すると。
コンっ、コンっ――
静寂の中、ネーヴェの言葉を遮るかのように鳴る古書店の扉。
何故だかは分からなかった――。
まるで、その音に吸い寄せられるかのよう先程まで紡ごうとしていた言葉を呑み込み、無意識に鳴らされた扉へと視線を向け足を動かすネーヴェ。
分からない。でも――
今はもう、店主のメグの計らいによってこの古書店は閉められ、CLOSEDのプレートが扉へと掛けられている。
何より、出るにしても私が出ますからね、と店主のメグが言葉を発していた。
しかしそれでも彼女の声を無視し、足は動く。
早く、早く――と、内なる衝動がネーヴェを突き動かして。
この扉を開かなければ――。
開いて、誰がこの先に居るのか確かめないと――。
“逢いたい”――――
あの子に、“彼”に逢いたい――
心が叫ぶ――。
何故今、この想いに突き動かされているのか分からないまま――。
はやる気持ちを抑えゆっくり、ゆっくりと静かにドアノブを捻り扉を開いていく。
ただきっと、少し遅くに古書店へ本を見に来たお客様がいるだけだ――。
でも――
ゆっくりと開く古書店の扉。
夕刻の日の光が店内へと差し込み、黄昏色へと染め上げていく。
でも、もしもまた逢えたなら――
その時は――
扉を開け、黄昏に染まる世界に佇むその人物の顔を、ネーヴェは祈りを込めてその碧の瞳を向けた――。
※《黄昏の刻》→十六時頃〜十八時頃。いわゆる、夕方頃※
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