第二章『散策』Ⅳ
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本日、連続投稿三日目となります。
「ぅわぁあぁーーーーーッ!!!」
スーッと。
リィンの絶叫響く中――。
ひっそり開く、蔦這う洋館の重厚な玄関扉。
漆黒の鳥が翼を広げ、近くで音を立て飛び去っていく。
ゆっくり、全く人の気配などさせずひとりでに、静かに、ゆっくりと開いていく扉――。
コツ――
コツ、コツコツ、コツ――
石畳の玄関ポーチを鳴らす何かの音。
それは次第に双子達に近づき、やがて止まる――。
(な゛、ななな何か来たぁあーーー!!)
ネーヴェの背に隠れて身を縮こまらせ、胸中でも絶叫するリィン。
何かが、直ぐ側にいる。
ネーヴェを守らないと――。そう思うも身体は動かず、あまつさえそのネーヴェを今、自分の盾にしている。
不甲斐ない兄でごめん、ネーヴェ――!
声に出せないままネーヴェへの謝罪を口にし、身体を動かそうと必死に己を奮い立たせていると
「申し訳ございません――。此方にイクティス・ヴェルベット様は居られませんか――? ノア様のご紹介で、訪ねさせて頂いたのですが――」
後ろでガタガタ震えるリィンには気にもとめず、ネーヴェが屋敷から出てきた存在に話し掛ける。
あぁ、我が妹ながらなんて豪胆なことか――
臆することなく(推定)幽霊に話し掛けるネーヴェに感心し、少し遠い目になる。
普段、いつも自分を優しく見守るネーヴェが何だかほんの少し怖い、とそう思いながら。
「ようこそお越しくださいました。お客様――」
「ッ!!」
唐突に、女性の声がリィンの耳に届く。
(しゃ、しゃべったぁーーーぁ…………?)
胸中で何度目になるか分からない絶叫を上げ、途中でふと疑問が頭を過ぎる。
(何だか、やけにはっきりとした幽霊の声だな――)
そんな、聞いたことのない幽霊の声に疑問を抱き、そっとネーヴェの陰から勇気を出し覗き見る。
すると――
「ですが、真に申し訳ございませんお客様――。イクティス様は誰ともお会いしたくない、と申されております。どうぞ、お帰りくださいませ――」
また、声が降ってきた。
ゆっくり、ゆっくりと相手を下から順番に見上げていくリィン。
まず、足が、ある。
(……幽霊って、足あるんだ)
少しだけ高さのあるヒールのブーツを履き、次にミモレ丈のフレアタイプトレンチスカートが目に映る。
スカート――
そう言えば、聞こえてきていた声も女性のそれだった、と混乱する頭で思う。
頑張ってさらに視線を上げていくと、白い布地が目に付いた。
これは――エプロン?
と言うより、姿がはっきりくっきり視える幽霊って――いるの?
疑問符が頭を埋め、ようやく自身の前に居るのが幽霊という存在ではないことに気付くリィン。
(でも、目の前に居るのは本当に“人”なのかな――)
今だネーヴェの後ろに隠れつつ、冷静に気配を探り思考する。
視覚的には間違いなく人、と脳は告げている。
だが、直感は違うと告げ自身に警鐘を鳴らす。
けれども――
蔦這う洋館から出てきた腰エプロンを着用した女性に、しっかりと視線を向け、視る。
もう、先程までの恐怖はない。
目に映らず、気配が全くない存在と違い、目の前の彼女は目には映っている。
気配こそ人のそれではないが、気配もある。
だからこそ先程までの恐怖を忘れ、彼女のことがリィンは気になった。
人でなく、魔物でも幽霊でもなければ一体、なんなのか――と。
「ノア様のご紹介でも、お会いしていただくことは出来ませんか?」
目の前の彼女へ意識を集中していると、ネーヴェが面会の確認を今一度取る為言葉を紡ぐ。
だがネーヴェの言葉に謎のメイドと思しき女性は深々と頭を下げ、面会の拒絶を口にする。
「申し訳ございません。どうぞ、お帰りくださいませ――」
有無を言わさぬ帰路への促し。
ネーヴェにも直ぐに分かったのだろう。これ以上ここに居て彼女に頼んでみても、同じことを繰り返し言われるだろうことに。
視線を合わせ、小さく頷き合う。
今日は一旦帰ろう――と。
彼女に「また、伺います」と一言伝えこの日、双子は蔦這う洋館を後にした――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふえあ〜……――」
「はぁ…………」
張り詰めていた緊張が、《アンフィス》目抜き通りへと帰ってきたことで解け、リィンとシエルが揃って息を吐き出す。
無事、あの深緑樹海から帰ってきた――。
通りに隣接する噴水広場のベンチにて、安堵に脱力する二人。
シエルに至ってはまだ少しばかり顔色が悪く、疲れが表情に滲み出ている。
探し疲れたこともあるだろうが、一番の理由は恐らく郊外の深緑樹海の奥へ行ったことだろう。
(それにしてもまさか、エルもオレと同じだったとは――。しかも、オレよりも重症だ)
幽霊系の、視えない相手が怖い者同士その気持ちが分かるリィン。
かろうじて幽霊は出なかったがあの薄暗く鬱蒼と生い茂る不気味な深緑樹海は間違いなく、自分達のような人種が行くべき所ではない。
ネーヴェが居なければ蔦這う洋館へは行かないし、まず辿り着けはしなかっただろう。
そうした心身共に疲労の溜まった状態で空腹にも関わらず、食事を取らず行動していたことも要因の一つになったと思われる。
「大丈夫ですか、シエルさん? ご無理をさせてしまい、ごめんなさい――」
気遣い、シエルの背にそっと手を添えるネーヴェ。
オレも頑張ったよ、とネーヴェに無言で訴えつつも、自分よりも疲労の多いシエルが心配でリィンもまた彼女へ言葉を掛ける。
「ゴメンね、エル。無理させて――」
目抜き通りに戻ってすぐ露天商で買った軽食を手に、食事を摂ることさえままならないシエルを見て心配が募るリィンとネーヴェ。
ひとまず《止まり木》へ帰って部屋で休ませるべきなのだが、この様子ではあまり歩けそうになさそうで――。
二人揃ってどうするべきかと悩んでいると、ふと、女性の声が双子の耳に届いた。
「そちらのお嬢様、大丈夫ですか?」
落ち着いた、物腰柔らかい女性の声に、揃って振り返るリィンとネーヴェ。
視線の先には一人の女性。
黒のゆったりとしたワンピースと、頭に付けたベールの裾が揺れ、胸に小さく銀の十字が煌めく。
恐らく彼女の服の何処かには、神の青い焔を模した模様が背に浮く十字の象徴があることだろう。
(《神焔教会》のシスターさん――)
シエルの、消えた兄の事件に何か関わっているかもしれない組織の関係者にすっ――と碧の瞳を細め、気取られない程度にシエルを庇うリィン。
「……はい。彼女、少し疲れが溜まってしまって――。此方で休んでいた所だったのです」
ネーヴェは喋りづらそうなシエルに代わり、少し頬に皺が浮くシスターの相手を買って出て――。
ただ辛そうなシエルを見つけて善意で声を掛けたのか、はたまた今この瞬間殺し損ねた彼女の命を狙って近づいたのか――。
確かめる為にもシエルには申し訳ないがこのまま、目の前にいるシスターを追い払わず会話をする選択をリィンとネーヴェはした。
「そうなのですね――。ご気分は? 動けそうには……ございませんね。どういたしましょう――。ここからでは私が仕える教会まで距離がございますし。できれば何処か、静かに横になれる場所があればよろしいのですが――」
シエルを気遣い、周囲を静かに見回すシスター。
しかし、此処は西区画の目抜き通り――。
大きなこの通りは初めに三人が散策していた《グリマール》通りよりも遥かに広く、多くの人々が行き交いなお繁雑とした様相を呈しいる。
そのような通りで休息を取れる場所は今、リィン達がいるこの通りに隣接する噴水広場ぐらいのもので。
(ここだって、ネーヴェが探してくれたんだよね――)
まだ、この地へ来たばかりの双子にとって知人と呼べる者はポプラだけで、しばしの間休息を取らせてもらえるような仲の者はおらず噴水広場で休んでいたのだ。
「……そう言えばこの辺りには確か……!」
周囲を見回していたシスターが広場から見える一軒の古びた店に目を留め、黒のシスター服の裾を靡かせる。
「お三方、少々失礼いたしますね」
こちらへ柔らかく微笑み、言葉を残し駆けるシスター。
そんな彼女を警戒しつつも見守り見遣っていると、視界の先に一人の老婆が手を小さく振っているのが目についた――。
暫し話し込むシスターと老婆。
距離が少しばかりあるせいか二人の会話は聞き取れず、こういう時読唇術が使えればな、と思うリィンだった。
「失礼致しました、お三方。もしよろしければ、あちらの店主の方が店で休んでもいい――と仰ってくださっているのですが、休まれていかれませんか――?」
そっと、こちらに寄り添い言葉を掛けてくるシスター。
そんなシスターの瞳を見てリィンは、神経を研ぎ澄まし彼女の本質を覗き見るかのように碧の瞳を向ける。
その瞳には何か策謀する気配も、殺気も宿っておらずただシエルを気遣う色だけが宿っていて。
(警戒しすぎ、かな――。このシスターからは、善意しか感じない)
無意識に強張らせていた肩の力をふっと抜き、彼女からの提案を受ける為ネーヴェと顔を見合わせこくり。
そして――
「「お願いします!」」
声を揃えて、その申し出を受けた。
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