西暦2023年6月 妻の様子がおかしい②
「鉄平、この会社はやはりおかしい。裏稼業の類だろう。金の入りは額だけでなく、それより入金してきている法人の数だ。数百社にも及ぶ。」
さて、どうしたものか。
1つのアクションによって自分の奇妙な一面を他に目撃されるわけにはいかない。
奴を消すことは簡単だが、4階にはトイレ以外は監視カメラの死角となる場所がほぼ無い状態で設置され、常時稼働しているように見える。オンラインで世界中にある複数のクラウドサーバーへ常に送られているとしたら、少しでも不審な姿が記録されては厄介だ。
今もこうして掃除している姿の俺の映像は記録され、どこかに保管され続けている。
保管場所がどこかを洗い出すのは困難だ。
上手く、普通の人間の所作で麗美を連れて逃げだせないものか?
口座の入出金履歴を調べるのにも苦労した。
スマホの指紋情報があればアプリを詮索できるのだが、指紋は本人のスマホの至る所にべったり付いているのでそれを採取する必要がある。
この情報採取作戦はトイレ(大)で行った。
さすがにここばかりは監視カメラの眼が行き届かない。
蝶名林がスマホを手に持ってトイレに座っている際に、蝶名林の体だけ綺麗に時を止めるのだ。
指紋操作で口座のアプリを開けばいい。支店長だ。当然法人用のスマホには法人の口座情報が入っている。後は入出金記録をスクショして用意したMicroSDに記録、抜き出しスマホの位置も中身も元に戻し時間の流れも元に戻す。
一緒にチャットアプリのログも出しておきたかったのだが、さらに頑丈に数字のパスワードがかかっており、時を止めて調査するとなると時間がかかってしまう為見れなかった。止めている時間と対象範囲の体積サイズに反比例して無駄に寿命を縮ませてしまう。
因みに、”時を止める”ということはその空間では何もかもが静止状態であり、よく映画、ドラマ、アニメなどでありがちな、止まった世界の中で好きなように移動したり、物や誰かをどこかに移動したり、、、などという芸当は到底不可能だ。
俺も深く考えていなかったせいか、初めてその光景を見た時は驚いた。止まっている空間は必ず真っ黒。光も空間もいかなる分子も静止する為だ。
まるでそこに真っ黒い塊ができたかのような感じ。そこにあるあらゆる原子、それを回る電子すら静止する。もちろん酸素も光も動いていない。光が動いていないという事は、衣服や肌から反射する光も静止、見ている人の目の網膜に届かないのだ。
まるで、あの夢の黒い球体のように・・・
ただあの球体と違うところは、指の1本すら、入れようとしても一切の侵入も、何も変化を加えることが出来ない。時の止まった空間では空気の一粒一粒の分子の移動すら許さない。
つまりはその空間に誰も何も介入ができないということ。
電子も静止している為にその時の止まった空間は絶対零度と化す。直接触れればたちまち凍傷、壊死してしまう。
その為、あの球体とは性質が違う。まあ夢だから違うのは当然だが、しかし似ている。
もし時を止めた範囲が物理的にそのまま絶対零度のままあり続けるただの物質だったとしたら、周囲は結露、次第に凍結しだして霧が舞い、軽いボヤ騒ぎのような状況に陥るだろう。
しかしこのロス128bでは開発された小型タイムマシンが作り出す空間凝固ともいえる時間を止める装置は、その空間との境目では分子レベルで干渉しあわないように設計されている。そうでなければタイムマシンを応用した宇宙船など実現しない。ワープは不可能。別の俺とロス平も宇宙を旅することすらままならないだろう。
そして精密な座標をインプットして行わねば、特に人の時間を止める場合は細心の注意を払う必要がある。時の境目に人の体の一部でもまたいでいると、温度的な干渉が無くとも、時が動いている体の一部だけが静止することなく、普段心臓や脈により流れるはずの血は流れず、数時間も放っておけば赤黒くなって壊死する。そこまで放置しなくても十数分でも放置すれば、時間の停止を解除した際には本人は痺れなどの体の異常を感じるだろう。
なにより、この真っ黒状態を人に見られてはならない。触れられてもいけない。
なので、監視カメラの範囲だけ同時に時を止めれば・・・とも思ったが、監視カメラはおそらく死活監視も同時に行われているため、自動でアラートを受け、騒ぎになるのでこれもNG。
このフロアだけ・・・も難しい。
エレベーターや階段から人がやってきて真っ黒なフロア入り口を見て、その空間に触れようものなら痛みと驚いて尻もちをつくだろう。侵入しそうな人間に対しても注意を払わねばならない。
何カ所か、個人用の時計や壁掛け時計の時間も元に戻さねばならない。机の引き出しに入った時計などあったらどうしよう、なんて思考はもう、面倒くさいこと極まりない。
このビル全体を・・・も無理。
多くの人に真っ黒になった状態を晒すことになる。
この日本全土を・・・
そんなことしたら世界中からの通信不良騒ぎが起きる。
この世界全体を・・・!
それは寿命がいくらあっても足りない。
過去に戻るのは?
未来での歴史の線策と同様、VW0にこの世を消されてしまうリスクがある。
なので、唯一誰からも何からも干渉や観測の無いトイレ(大)でターゲットのみの時を止めることが最善、且つ自然だったのだ。
スマホの詮索についてはそれでよかったけど。
・・・そして麗美を連れ出す為にあれこれ考えたけど。
「あー、やめたやめた。違うな。これ。」
「どうした?鉄平。」
「果たしていまある特殊能力でアレコレしようなんて、違うわ。面倒ごとが増えるだけな気がする。というか、既にこうして考えるのがしんどすぎる。」
「・・・フム。確かに。」
「麗美を見て、首筋を見て『なんだこれ!』ってツッコミ入れて、事情を聴いて、そこのパートをやめさせた方がサッパリしてていいや!!」
「そうだな。コソコソと、こんなんじゃ男の名が廃るな。いいぞ!俺の分身。」
・・・ということで、ちょっと勇気がいるけど聞いてみることにした。
その日、体罰のような行為が無いことを確認して、先回りして俺は帰宅し、元のペリロイドにログインしておいた。その間、彼女の帰宅路もしっかり監視しながら、数時間後。
「ただいま!」
その元気のいい声を聴いて、胸がきゅっとした。
「いやー、今日もがんばっちゃったなー!」
「麗美、ちょっといいか?」
「ん?なに?・・・あー!鉄平!洗濯全然入ってないじゃん!私が帰る前に全部入れておいてって言っておいたのに!」
「自分の首筋のあざ、見たことあるか?この間足のあざ見せてくれたろ?あの時の後ろ姿から偶然。」
麗美の目の色がみるみる変わる。
「気になっていたんだ。何かされていないかって。」
手鏡を洗面所に持ってきて長い髪を左肩に乗せ、合わせ鏡にした刹那、
麗美の目は見開き、顔はこわばった。
「誰かに乱暴されているのか?」
「違うよ!これはー、多分友達から借りたチョーカーの跡かな?平気平気」
「そんな、チョーカーであざが出来るわけ・・・」
「鉄平には関係ない!これは私の戦いなんだから邪魔しないで!」
ん?戦い?
「・・・ダメだ。隠し通せないや。もう、お別れするしかない。隠し通せなかった私が悪い。どう考えたって気持ち悪いと思うし、なにより、こんな私のまま、鉄平の中にいる私が汚らわしい印象を残したまま・・・少しも鉄平と一緒に居たくない!」
ボロボロと、袖で拭いても拭いても涙が止まらない。
辛かったんだろう。3か月という期間だが、本人にとっては永遠のような、壮絶な苦痛の最中なのだろう。
「これを見て」
麗美は後ろを向いて上着を脱ぎ、上半身下着姿になった。
例の見るも無残な文字だ。
「正直に事の顛末は打ち明ける。でもこれだけは誓って言える。私は鉄平をこれからもずっと愛してる。でも愛しているからこそ、これ以上一緒に居たくない。鉄平の目の色が変わるのが怖すぎて、もう目も合わせられない。」
かける言葉が見つからなかった。
「そして、この件は手出しして欲しくない。これは復讐なの。」
・・・ん?復讐??




