森の祠
教えられた道を辿ると、ミライさんが言っていた窪地に出た。
この当たりに樹は茂っておらず、午後の陽光が周囲を照らし出している。
草原には色とりどりの花が咲き乱れ、幻想的な光景だった。
「すてきなところね。こんな場所があるなんてちっとも知らなかったわ」
ミシェルはうっとりと花の香りをかいでいる。
こうしてみるとミシェルは少し変わった気がするな。
昔は闇が似合う女性って感じだったんだけど、今は太陽の下でも違和感を覚えない。
明るい光の中で花を慈しむミシェルは可憐だった。
「あ、トリカブト! こっちにはツクモカズラもあるわ。ヤダヤダ、メタンガフグリもあるじゃない! これを使うと最高の痺れ薬ができるのよ。ユウスケに飲ませてみたいなぁ……」
「おいっ!」
「安心して、動けなくするだけだから」
「う、動けなくしてどうするんだよ?」
「独り占め♡ 痺れている間は私だけのユウスケでいてもらうの」
「はぁ……」
変わらないミシェルにため息が出てしまった。
実務はナカラムさんにまかせているとはいえ、領主には細々《こまごま》とした雑事が付きまとう。
忙しさにかまけて、ミシェルとの時間が減り、寂しい思いをさせていたのかもしれない。
だから独り占めなんていう発想が出てくるのだろう。
「今日はずっと一緒にいるから、毒を盛るのはやめてくれよ」
「え~……、ちょっとだけ試してみたかったなぁ」
やはり冗談ではなく、本気度高めの発言だったか。
「だったら……、動けなくするのは十分だけな」
「ほんとに!? ほんとにやってもいいの! 嬉しい……」
ミシェルは嬉々として毒草を摘みだした。
きっぱりと断ればミシェルは毒を盛ったりしない。
それくらいの分別はあるのだ。
だけど、我慢をすれば彼女のストレスが溜まってしまうだろう。
いっそ時間を区切って満足させてやった方がお互いのためのような気がしたのだ。
甘すぎだろうか?
「動けなくなった俺に何をするつもりなんだよ?」
「え~、それは秘密だよ。恥ずかしいもの」
やれやれ……。
「おや、祠っていうのはあれじゃないか?」
草原の向こうの低木の陰に小さな建物が見えた。
「いってみましょう」
痺れ薬のことはひとまず置いておいて、俺たちは祠を目指した。
それは物置小屋をさらに一回り小さくしたくらいの、石造りの祠だった。
祠の前には石段があり、そこに老人が一人腰かけていた。
ミライさんが言っていたのはあの人だな。
それにしても独特な雰囲気を持ったおじいさんだ。
森にいるのに着物は真っ白でシミ一つない。
髪も真っ白で前髪はほとんどなく、両脇と後ろの髪は長く胸の下まであった。
「こんにちは」
声をかけると、おじいさんは眩しそうに眼を細めてこちらを見上げた。
「ハイハイ、こんにちは。よく来たね」
口ぶりから察するに、この近辺に住んでいるようだ。
でもおかしいぞ。
祠の入り口は開いているのだけど、中に家財道具は見当たらない。
がらんとした空間があるだけだ。
ここではなく、別のところに家があるのだろうか?
「私はルガンダの領主になったヤハギと申します。おじいさんはこの辺の人ですか?」
「う~ん、そうかもしれん……」
おじいさんは困った顔をして考え込んでしまった。
ひょっとすると帰る家を忘れてしまったのかな。
認知症の老人にはよくあることだ。
それとも、誰かにここへ捨てられたとか……。
日本の昔話には姥捨て山というのがあったぞ。
役に立たなくなった老人を山に捨ててしまうお話だ。
だとしたら哀れすぎるけど……。
「家はこの辺ですか?」
「ん~……」
おじいさんの返事は要領を得ない。
もしベッツエルとかから来ているのなら一人で帰宅するのは困難だ。
その場合は馬車で送っていくしかないだろう。
でも、住んでいる町の名前も思い出せないとなると、ことは少々厄介だぞ。
せめて自分の名前くらいわからないかな?
それさえわかれば、ベッツエル領主のライマスさんに問い合わせることも可能だ。
「おじいさんのお名前はなんですか?」
「機械神マニだ」
ミライさんが言っていたのはこれか!
そう言えば、このおじいさんは自称神様だったよな……。
ただ、それがまったくの与太話とは思えないのがこの世界だ。
事実、俺は一度死んであの世を見てきた人間である。
あのときは神様の存在を近くに感じたのは確かだ。
「え~と、マニさんはなにをしているんですか?」
「花を眺めていた。奇麗じゃろ?」
マニさんはニコニコと草原の花を指さした。
その姿はただの好々爺で、神様なのか認知症の老人なのか、いま一つ判別がつかない。
「どうするの、ユウスケ?」
「放っておくわけにもいかないよなぁ……」
俺とミシェルは話し合って、おじいさんを集落まで連れて帰ることにした。
「マニさん、私の家に来ませんか?」
「ん、ヤハギの家に?」
俺の名前は憶えてくれたようだ。
「そうです。そこならご飯もあるし、ベッドもありますよ」
「ご飯……。ずいぶん長く食べていないな……」
マニさん痩せて枯れ木みたいに細い腕をしている。
「それはいけない。どれくらい食べていないのですか?」
「ん~……忘れた」
神様にしろ、人間にしろ、物忘れは激しいようだ。
「だったら、私が美味しい焼きそばを作ってあげますよ。行きましょう」
そう言って手を差し伸べると、マニさんは俺の手を掴んで再びニコニコ顔になった。
「おお……、ヤハギは商売神エルメラの加護を受けておるな。あれは儂の兄ちゃんだ。儂らは仲が良いのだぞ。エルメラ兄ちゃんの秘蔵っ子なら、儂にとっても甥っ子みたいなものだ。お主を庇護してやらんとな」
こうして俺は自称・機械神を保護することになった。
まあ、向こうは俺を庇護するつもりでいるようだけどね。




