サナガの恋
冒険者たちを送り出して店じまいをしているとサナガさんに話しかけられた。
「おうヤハギ、ちょっといいか?」
「なんです?」
「その……、相談してえことがある。あ~……悪いが面ぁ貸してくんねえか? なに、時間はとらせねえ……」
サナガさんは歯切れの悪い態度で目を合わせようとしない。
ひょっとしてルガンダでの生活が嫌で王都に戻りたいのかな?
だとしたら困った事態だぞ。
ここに鍛冶師はサナガさんしかいないのだ。
こんな辺境まで来てくれる他の鍛冶師にも心当たりはない。
それに、無口ながらサナガさんはきっちりとした仕事をするし、法外な値段を吹っ掛けることもない。
冒険者たちからも慕われているのだ。
俺だってサナガさんには絶大な信頼を置いている。
これはきちんと話し合わなければいけないな。
「それじゃあ、そこの岩に腰かけて話しましょう」
人気のなくなったダンジョン入り口で俺たちは二人きりで腰かけた。
「なにか嫌なことでもありましたか?」
「そうじゃねえ。ここでの生活は気に入っている。バカだが気のいいやつらばかりだ」
それを聞いて肩の力が抜けた。
王都に戻りたいわけではなさそうだ。
「だったら、どうしたんですか?」
そう訊いてもサナガさんはモジモジするばかりで、なかなか話を切り出してこない。
「ひょっとしてお金の問題?」
「いや……惚れた女ができた」
今度こそ肩の力がごっそりと抜けてしまった。
だが、それなら心当たりがあるぞ。
「ひょっとしてミライさんのことですか?」
「どうしてそれをっ!?」
「そんなもん、最近のサナガさんの態度を見ていれば誰だってわかるよ」
「そうか……」
照れ隠しなのか、サナガさんは気難しい顔で宙を睨んだ。
「それで、サナガさんはどうするんですか?」
「それがわからねえ」
「はっ?」
「俺はこの歳になるまで鉄だけを叩いて生きてきた。そりゃあ若いうちは惚れた腫れたもあったが、きがつけば独り身のまま五十二歳だ」
あ、思っていたより若かったんだ。
太くて短い頭髪は真っ白だから、てっきり六十歳くらいだと思っていた。
「なあ、ヤハギ。女に惚れたらどうすればいいんだ? ヤハギはあの呪いの魔女を手玉に取るほどの女たらしだ。どうかこの俺に女の口説き方を教えてくれっ!」
酷い言われようだな。
俺はミシェルを手玉にとったことなんてないぞ。
いつだって彼女の重すぎる剛速球を命がけで受け止めているだけだ。
まあ、サナガさんに悪気はないみたいだけど。
「そうですねえ……、サナガさんみたいな真っ直ぐな人は下手に駆け引きなんてしない方がいいんじゃないですか?」
「というと?」
「デートでもして、ストレートに交際を申し込むんですよ」
「なるほどぉ……、さすがは行商人から領主になり上がるだけはあるぜ」
いや、そんな大したアドバイスはしてないけどね。
「だが、デートなんてどこへ行けばいい? ルガンダにはダンジョンしかねえぞ」
「森に薬草やキノコを採りに行くのはどうですか? この時期なら秋の花だって咲いています。ミライさんはそういうのがお好きだそうですよ」
「さすがはヤハギだ。言うことがいちいちもっともだ」
「そうやって仲良くなっていけばいいんですよ」
しかし、そこでサナガさんはがっくりと肩を落とした。
「どうしました?」
「どうやって、デートに誘うかがわからねぇ……」
「それもストレートに、森へ薬草を摘みに行こう、でいいんじゃないですか?」
「ミ、ミライはついてきてくれるかな?」
「それはわかりませんけど、サナガさんが動かなきゃ何も始まりません。まずは勇気を持って誘いましょう」
「うむ……」
ミライさんは十年以上前に夫を病で亡くした後家さんだ。
寂しいこともあるとミラに打ち明けているのを聞いてしまったこともある。
サナガさんは無口な人だけど、真面目に働くし、優しいところだってある。
二人が支え合って生きていけば今よりずっと幸せになれる気がする。
「ミライさんとサナガさん、俺はお似合いだと思いますよ」
「そうか。わかった……」
サナガさんは腹を決めたようにポンと膝を叩いた。
数日後、俺の知らないところでサナガさんはミライさんを薬草摘みに誘うことができたようだ。
二人してカゴを持って森へ入っていくところを見かけた。
ミライさんはいい笑顔をしていたな。
あの様子なら上手くいくかもしれないと、俺は密かに期待していた。
ワクワクしながら待っていたら、夕方になって二人は戻ってきた。
だけどその表情は微妙だ。
何かあったのだろうか?
それとなく事情を探ってみることにした。
「森へ行ってきたんですね。お、薬草がいっぱい採れてるじゃないですか」
二人が持つカゴの中には薬草だけじゃなく、花やキノコまであった。
「うむ……」
収穫の割に二人の顔は浮かない。
これはいよいよデートは失敗したかとがっかりしたのだが、どうやらそういうことではないらしい。
「なにかあったんですか、ミライさん?」
「それがね、森の中で古い祠を見つけたんですよ」
「祠と言うと神様を祀っている小さな建物ですよね?」
「ええ。すっかり苔むした大昔の祠よ。石でできていて、いつからそこにあるかもわからないくらい古そうだったわ」
それは珍しい発見だけど、心配そうな二人の表情は解せない。
「その祠に不吉なモノでも感じましたか?」
「そうじゃないの。実は祠の前で痩せたおじいさんが一人でぼんやり座っていたのよ」
「えっ、ルガンダの森の中にですか?」
「そうなの」
原住民がいるとは聞いていないぞ。
まあ、こんな森の中だから、存在を知られていない集落が一つくらいあってもおかしくはないか。
だけど、おじいさんは一人きりでいたようだ。
「森に一人で暮らしているんでしょうかね? よくやっていけるな」
「危険な人には見えなかったんだけど、ちょっと変なところがあってね……」
ミライさんは言い淀む。
「どう変なのですか?」
「自分のことを神と言っていたんですよ」
そりゃあちょっとじゃない、そうとう変だ。
気になった俺はミシェルと二人でそのおじいさんに会いに行くことにした。




