取り敢えず褒めおけばいいと思っている
幼少期後に
エル達の住む国から遠く離れた国、ある貴族の屋敷の一室。
「 ねぇ、フェンシア。 これ、どう思う? 」
「 とても素敵です、奥様 」
貴族の女性がお抱えの仕立屋を呼び、ドレスを選ぶというありふれた光景が繰り広げられていた。
ゴテゴテと飾り立てられた新しいドレスにご満悦の貴婦人は側に控えている使用人に意見を求め、鏡に写った自分の姿にウットリとする。
……あぁ、やはり私は美しいのだわ。フェンシアもそう言っているじゃない。
滑らかな肌触りを感じ、最近自分付きにした執事のことを考え始める。まだ若いが、顔は整っているし、有能だ。なにより、彼には揺るぎない忠誠心がある。
初めて彼にあった時のこと。
「 奥様のような美しい女性に仕えられること、私の生涯最高の喜びでございます 」
そう言われた時は本当に驚いたものだ。びっくりして飛び上がり、座っていた椅子の足を二本も折ってしまったほど。
そんな私に彼はすぐに代わりの椅子を用意してくれた。それは今までのどの執事よりスマートに。聞けば、最近執事として朝食の席に立つことを許されたのだと言う。見習いから入ったなら、裏方の仕事から始まる。
彼はこう言葉を続けた。ようやく仕事ぶりを認められたが、私の姿を見て、嬉しさのあまりつい胸の中にしまっていた思いを口に出してしまったと。
そこまで自分に思いを寄せてくれていたのかと思った私はずっと頭を下げている彼に顔をあげるよう命令した。それに対し、彼は出来ませんと断った。
「眩しくて直視することができないのです」と謝った彼。
いままでこんなことを言ってくれた相手がいただろうか。そうだ、彼を従者にすれば……
もっと近くで仕えることを許そう。
「 似合うかしら?」
次のドレスを身につけて、彼に問う。
「 素晴らしいです 」
やはり、彼を選んで正解だった。若すぎる気はするけれど、見た目も能力も申し分ない。そして、彼の主人である私は……。
満足げに微笑んだ鏡の中の自分は輝いている。
仕立屋に次のドレスを持ってくるように命じた。
しかし、次第に自分の気分を滅入らせていることを思い出す。
家柄は十分だったのに、なぜか私は後宮に召されなかった。代わりに格下の娘たちが王子の妃に選ばれたのだ。おかげで自分に声が掛かるに違いないと信じていた私は、少し遅い結婚をするはめになってしまった。
……この屈辱は一生忘れない。
結局他のお金がある男と結婚をした。元から愛などはない。強いて言えば、夫の持っている財産を愛しているといったところか。ここ最近、顔を合わせることもしてなかった。こちらから会いにいったりもしない。
そんな暇があったら買いものをしたいのだ。いくら高いものを買い漁っても、完全に気分が晴れることはなかった。
「 なんで…… なぜ私じゃなかったの!」
思い出すたびに王妃に対する屈辱が胸を焼く。
「奥様の美しさに神々も嫉妬しておられます」
「そう…… そうね」
フェンシアの言うとおりね。
従者の言葉にはっと我を取り戻す。
これは、きっと完璧な私に与えられた試練なのだ。王子もいつか自分を選ばなかったことを後悔するに違いない。その時に私は最高に美しくなくてはならない。
持ってこられた美しいドレスを見て、気がつかないうちにギリギリと噛み締めていた歯を緩める。
早くこれを試着しましょう。
「 素敵です 」
「 どんなに腕がいい芸術家でも、奥様の神々しさを超える女神像は作れないに違いありません 」
執事の言葉に笑みを浮かべながら、婦人は試着を繰り返す。ドレスを一着着るだけでも、何人もの手を借りなくてはならない。
朝から始まった試着会もようやく最後の服となり、終わりを迎えようとしていた。
「 あら、少し小さいわ 」
お腹周りの布地を引っ張り、声を上げる貴婦人。確かに横に線が入ったドレスはサイズがあっていないようだった。
「 他のものと同じサイズでお造りしてございますが…… 」
「 そんなはずないわ 」
前のドレスでは感じなかった圧迫感。
ドレスの採寸をした主人は冷や汗を浮かべていった。
「 も、申し訳ない! これは前回の…… 」
途中で口をつぐむ。前回と同じサイズのドレスを持ってきてしまったことに気がついたが、これは言うべきではなかった。
申し訳ございませんと仕立屋の主人が手を揉みながら慌てて謝る。
しかし、夫人は仕立屋の言いたいことがわかってしまった。悪口には人一倍敏感なのだ。
「 それでは、私が太ったと言いたいの?」
「いえいえ」
主人はすぐに否定する。今日一日を使ってドレスを販売しておるのだ。さっきはうっかり口を滑らしてしまったが、ここで貴婦人の機嫌を損ねるわけにはいかない。それで服を買ってもらえなかったらとんだ無駄足になってしまう。仕立屋の主人は取り繕うように笑みをうかべた。
主人は助けを求めるようにお気に入りの従者を見る。
「 ああ、全くもってその通りでございます 」
沈黙の中、怒る夫人の言葉に執事が答えた。
主人は信じられない従者の言葉に驚いて、目を見開く。ここは機嫌を取るところではないのか。
しかし、婦人は執事の言葉も耳に入らないのか、主人に向かって喚き散らした。
「これはいらないわっ 」
「畏まりました。私めは、ご主人様とお話がございますので」
夫人は出て行く仕立屋を睨みつけた。
本当に失礼だ。
すっかり気分を害してしまった。
気を取り直して、宝石でも買おうかしら。宝石は好きだ。高ければ高いほどいいし、珍しいければ、珍らしいほどいい。
振り向きながら、命令する。
「フェンシア、次は宝石商を……あら?」
おかしい。控えていたはずの執事は居なくなっていた。
♢♢♢♢♢
「 ……かしら?」
「 お似合いです 」
ったく。この女は何枚も何枚もドレスを着てどうしたいんだ?
少年は気づかれないように時計を何度も確認し、さっきから十分も立ってないことに気がついてイライラしていた。
さっさと帰りてぇ。
悪態をつくが、これは仕事。感情をあらわにすることはできない。
似合わないドレスを着る女を横目に、暇な少年は事前に叩き込まれたデータを頭の中で捲り始める。潜入捜査の前に他の影に渡されたものだ。
生い立ち、経歴、性格、友人関係……うちの影の仕事は正確だ。実際、ここに来て間違いはなかった。
しかし、少年には大きな不満があった。
性格がちょっと粘着質? 冗談だろ。20年の前のことを思い出してしょっちゅうヒステリックになる女なんて何処にもいない。
ここの王妃が選ばれて20年。穏やかで、王を影から支えている王妃の評判はまずまずと言えた。
当たり前のように王妃選考から漏れた当時、目の前の女は怒り狂ったらしい。なぜ、自分でないのかと。身分的には話はあったかもしれないが、目の前の女が20年前に美しかったとはどうしても思えない。それ以前に、性格・素行で弾かれたにちがいない。
明らかに前回作ったクローゼットの中の服よりサイズが大きいドレスを試着している女を見て、呆れる少年。
───ドレスは女の武器なのよ
以前知り合いに言われたことがある。意味がわからず、どうやって攻撃するのかと聞いても、笑ってはぐらかされてしまったが。
それならば、武器のサイズが変わっていることに気がつかないあいつはなんなのだ。
まぁ、あれだけ食ってたらサイズだって変わる。食べて動かなかったら太る。当たり前だ。
食事中は機嫌が良いがよい、と書いてあったから狙って接触を謀った。でも、動物のように食事をする姿を見て、目をそらしてしまったのは仕方ないだろう。
たいした努力もせずに家柄の低い女共を金と権力にものを言わせて潰してるようじゃダメなんだよ。
そんなことを思いながらも、少年は微笑を顔に貼り付けたままだった。
取り敢えず褒めておけばなんとかなると考えている少年は時折お世辞を言うことも忘れない。意識を飛ばしているため、話は聞いてないので、内容はレパートリーからランダムに選んではいるが。
話しかけかれれば、お世辞をいうか相手のいうことを肯定しておけばいいのだ。
「 私めは、ご主人様とお話がございますので 」
仕立屋の主人が隣のドアを出て行きながら女に向かって言った。
ようやくか!
待ちに待った言葉に少年は内心ニヤリと笑って、音を立てずに閉めかけのドアに滑りこんだ。目は背を丸めて歩く仕立屋を見据えていた。
一瞬でも早く去りたくて、荷物をまとめて屋敷を出る。もちろん手に入れろと命令された証拠も持っている。
あの仕立屋。ずいぶんとヤバイことに手を出しているらしく前から目を付けていたが、中々ボロを出さなかった。
色々と黒い噂のある貴族の屋敷に出入りし、仲介をしていたのだ。内部潜入でしか、証拠を得られなかった。
警戒しているのか、初めて見る相手がいる時には接触をしないようにしているらしく、前回も前々回も仕立屋はそのまま帰って行った。数回会って、自分も信用されたいうことなのだろう。
そのせいでこんなことまでやらされたんだから、あの仕立屋を幾ら殴っても殴り足りない気分だ。
この情報がどうなるか少年は知らない。慈善事業ではないのだから、脅しに使うのかもしれないし、切り札として隠しておくのかもしれなかった。わざわざこんなに遠い国のことまで調べるのかとはいつも思う。
まぁ、どうでもいいかと思い直した少年は屋敷の庭園に足を向けた。
「 ごめんな。こんなところに放置して 」
腰をおろし、突然何もないところに向かって話しかける。
何もない訳ではなかった。彼の目の前には周りの植物とは種類が違う、綺麗な花があった。
周りの草花をかき分け、そのただ一つの植物をじっと見る。
「お前、虫に食われてんのか!?」
手にとった一枚の葉に穴が開いていた。
焦ったような声をあげ、他の葉を確認し始める。しばらく見ないうちに虫の餌にされていたらしい。毛虫が何匹も見つかった。
「ほんと今回はついてない」
仕事の文句をいいながら、せっせと虫を取り除く。傍から見れば怪しいが、少年は気にしていないようだ。腐っても、影だ。周りには誰もいないことは確認ずみ。
虫を取り終わると、その植物の種をいつくか取って口に含む。
明らかに食用のものではないのに、ゴクリと喉が鳴り、飲み込んでしまった。
種を噛むことなく、まるで薬のように丸呑みをした少年は足元でモゾモゾと蠢く毛虫を見ながら考えた。
このまま放置するのももったいない。
「いいこと思いついた」
ポンと手を打って、他の植物の葉の裏も調べ出す。
そのいいことをやって師匠に怒られたことがあることを全く覚えていないのは、彼が全く反省してないということだ。
翌日、有能な執事が忽然と姿を消し、同時に女性の凄まじい叫び声が屋敷に響き渡った。
失神した夫人のそばには色とりどりの……が詰められていたドレスがあったとか。なかったとか。