目を閉じるな
「お前、昨日の……」
先に目をそらしたのは金髪の男だった。
「……昨日はごめん」
「え?」
「何だよ」
「謝ってくると思わなかったから」
金髪は少し気まずそうに頭をかいた。
「それでさ」
「何?」
「昨日のこと、ここのジムには言わないでくれない?」
金髪が後ろのボクシングジムを見る。
「何で?」
「金を取ろうとしたとか、外で拳使おうとしたとか知られたら、ボクシング続けられなくなるから」
「うん、別にいいよ」
「……マジ?」
エイヤは少し考えた。
「ていうか、俺もお礼言いたかったし」
「え?」
「昨日のこと」
「俺、お前を殴ろうとしたんだけど」
「うん、でもあれがあったから格闘技ジムに出会えたから」
金髪がエイヤを見る。
「どういうこと?」
「あの後、俺をつけてきた人に格闘技のジムに誘われて」
「あのムキムキのオッサン?」
「そう」
金髪は呆れたように笑った。
「だからありがとう」
「なんか複雑だな……」
エイヤも笑った。
「そういえば名前なんていうの?」
「瀬玉けい太」
「けい太?」
「うん」
「俺はエイヤ」
「エイヤ? よろしく」
エイヤはボクシングジムの看板を見る。
「けい太、ボクシングやってるんだ」
「うん」
「今日、俺もパンチ教えてもらった」
「へー」
「途中から全然力入らなくなった」
けい太がエイヤを見る。
「ずっと力入れて打ってたんじゃねえの?」
「うん。思いっきり」
「そりゃ疲れるわ」
「え?」
「パンチは最初から力入れっぱなしで打つんじゃねえよ」
けい太が軽く拳を構えた。
「力抜いて打って――」
シュッ。
一瞬で左拳が伸びる。
「速っ」
「当たる瞬間だけ拳を締める」
「当たる瞬間?」
「ああ。ずっと力んでたら遅くなるし、すぐ疲れる」
「へえ……」
その直後。
けい太の左拳がエイヤの顔へ伸びた。
「うわっ!」
エイヤは反射的に目を閉じた。
「…………」
エイヤが目を開ける。
拳は顔の少し手前で止まっていた。
「パンチが来たら目つぶるなよ」
「だって怖いじゃん」
「目閉じたらパンチ見えねえだろ」
「…………」
「見えなきゃ避けられないし、ガードもできない」
けい太が拳を下ろした。
「殴られたくなかったら、ちゃんと相手見る」
「けい太は怖くないの?」
「怖いに決まってんだろ」
「ボクサーなのに?」
「ボクサーだって殴られたくねえよ」
その時だった。
「けい太!」
女の声がした。
二人が振り返る。
昨日、けい太と一緒にいた金髪の女だった。
「あっ」
女もエイヤに気づいて足を止めた。
エイヤが軽く頭を下げる。
女はけい太を見る。
けい太がスポーツバッグを肩にかけ直した。
「じゃあな」
エイヤが手を上げる。
「ありがとう」
けい太は女と並んで歩いていった。
エイヤはその背中を見送る。
その夜。
エイヤは自分の部屋で格闘技のDVDを再生していた。
画面の中では、二人の男が向かい合っている。
試合が始まる。
一方の選手が相手の足へ飛びついた。
「あっ」
エイヤが身体を起こした。
「これ、田所さんがやってたやつじゃん」
画面の選手が倒される。
「昨日の俺だ、ここで頭押さえればいいのか……」
昨日までなら、ただ二人の男が取っ組み合っているようにしか見えなかった。
でも今は少し違う。
何気ない動きにも、ちゃんと意味がある。
自分と田所を重ねながら、画面を見る。
そして――
いつの間にか、エイヤは眠っていた。




