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大の字

授業が終わり、エイヤはジムへ向かった。


 KUROWADA FIGHT GYM。

 ドアを開ける。


「こんにちは」

「おっ」


 黒和田がエイヤを見る。


「来たな」


 黒和田の視線が足元へ下がる。


「今日はスリッパじゃねえな」

「そのくだり入ります?」

「がっはっはっは!」


 ジムの奥から大樹も出てきた。


「大学どうだった?」

「処分なし」

「よかったな」

「でも次やったらヤバいかも」

「これからは街中で喧嘩すんなよ」

「うん」


 エイヤはジムの中を見回した。


「田所さんは?」

「まだ来てねえよ」

「そっか」


 残念そうな顔をするエイヤを見て、黒和田が笑う。


「そんなに田所に勝ちてえのか?」

「1回くらい倒したいですよ」

「じゃあ、その前に覚えること山ほどあるぞ」

「山ほど?」

「まず――」


 黒和田がマットを指差した。


「受け身」

「受け身?」

「大樹、見本見せてやれ」

「はい」


 大樹がマットの上に立った。


「顎引いて、頭打たないように」


 大樹が後ろへ倒れる。


 バン!


 黒和田がエイヤを見る。


「じゃあ、お前もやってみろ」


 大樹が声をかける。


「顎引けよ!」


 エイヤが恐る恐る後ろへ倒れる。


 ドン。


「痛っ!」

「受け身取れ!」


 エイヤは何度も後ろへ倒れた。

 昨日は田所に倒され。

 今日は自分から倒れている。


「俺、何しに来たんだろ……」


 黒和田が手を叩く。


「休むな。頭を打たないようにヘソを見ろ!」

「はい……」


 エイヤが立ち上がる。

 倒れる。

 また立つ。

 倒れる。

 何度も繰り返すうちに、最初ほど背中に衝撃が来なくなった。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 エイヤは汗を拭った。

 そこへジムのドアが開く。


「お疲れっす」


 田所だった。


 エイヤの顔が変わる。


「田所さん」

「お、今日も来たんだ」

「昨日のやつお願いします」


 田所が黒和田を見る。

 黒和田は少し考えたあと、笑った。


「やってやれ」

「分かりました」


 田所が荷物を置く。


「今日は何回やる?」

「倒せるまで」

「今日は泊まりになるぞ」


 二人が向かい合う。

 昨日と同じ。

 ただ、エイヤには一つだけ違うところがあった。

 昨日は何をされているのかすら分からなかった。

 今日は田所の動きを見るつもりだった。


「始め」


 エイヤはすぐに手を出さない。

 田所の足を見る。

 肩を見る。

 腰を見る。


「……」


 田所が近づく。

 エイヤが身構える。

 次の瞬間――


 ドン。


「…………」


 また天井だった。


「なんでだよ!」


 田所が笑った。


「昨日よりは良かったよ」

「どこがですか?」

「俺を見ようとしてた」

「でも倒されたじゃないですか」

「最初はそんなもんさ」


 エイヤは立ち上がる。

 黒和田は少し離れたところから、その様子を見ていた。

 大樹が隣に立つ。


「会長」

「ん?」

「本当にエイヤを試合に出す気ですか?」

「まだ分からん」

「3週間しかないですよ」

「分かってる。だから試してんだ」

「何を?」


 黒和田が笑った。


「今日一日で、どこまで変わるか」


 練習が終わる頃。

 エイヤはマットの上に大の字になっていた。


「もう動けない……」


 田所が水を飲みながら笑う。

 大樹がエイヤの前にしゃがんだ。


「エイヤ」

「何?」

「毎回、片足タックルでやられてる」

「片足タックル?」

「足を取られたら相手の頭を下に押さえつけろ」


 エイヤはゆっくり立ち上がった。


「もう一回お願いします」


 田所が笑った。


「何回でも」


 二人がもう一度向かい合った。

 田所がエイヤの左足へ飛びつく。

 エイヤは田所の頭を上から押さえつけた。

 初めて、田所の動きが止まった。


「……!」


 田所が顔を上げる。

 その瞬間、エイヤには見覚えのある形になった。

 大樹が大声で叫んだ。


「エイヤ! STO!」


 エイヤは田所の上半身を抱え、脚を引っかける。

 そのまま身体ごと倒れ込んだ。


 ドン!


 田所の背中がマットについた。


「…………」


 今度は、天井を見ていたのは田所だった。

 ジムが一瞬、静まり返った。

 みんなの視線が、エイヤと田所に集まっていた。

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