あの野郎
翌朝。
エイヤは大学の前で立ち止まっていた。
「行きたくねえ……」
昨日入学したばかり。
それなのに今日は大学からの呼び出し。
スマホには母親から、
『ちゃんと謝ってきなさい』
とメッセージが来ていた。
「何で俺が謝るんだよ……」
恐る恐る校舎へ入る。
「エイヤ!」
振り返ると、水刀が手を振っていた。
「水刀?」
「おはよう」
「なんでいるの?」
「俺も呼ばれた」
「え?」
「昨日のこと。俺も一緒にいたから」
「あー……」
水刀が笑う。
「俺がちゃんと説明するよ。エイヤは助けてくれただけなんだから」
「ありがとう」
「でもさ」
「何?」
水刀がエイヤの足元を見る。
「今日は靴なんだな」
「当たり前だろ」
学生課。
エイヤと水刀は並んで椅子に座っていた。
向かいには大学の職員が二人。
机の上には何枚かの書類が置かれている。
「張切エイヤさん」
「はい」
「水刀悠斗さん」
「はい」
職員が二人を見る。
「昨日、駅の近くでトラブルがありましたね?」
「……はい」
「警察から大学に問い合わせがありました」
エイヤの背筋が伸びる。
「警察?」
「目撃者から通報があったそうです」
「え? エイヤは俺を助けてくれたんです!」
水刀が思わず声を出した。
「相手が先に手を出したことは確認されています」
職員が書類から視線を上げ、エイヤを見る。
「相手が倒れたあとも、あなたは技をかけていますね?」
「……はい」
「なぜですか?」
「また殴られたら嫌だったんで」
「なるほど」
職員が書類に何かを書き込む。
エイヤはそのペン先を見つめた。
「俺、退学ですか?」
「いえ。事情を聞く限り、あなたが一方的に暴力を振るったわけではありません」
「よかった……」
「ただ、相手が倒れたあとも技をかけています。今後、同じような場面では自分で解決しようとせず、まず警察を呼ぶようにしてください」
「……」
「困っている人を助けようとしたことまで責めるつもりはありません」
「……はい」
エイヤは少しだけ肩を落とした。
職員が水刀を見る。
「水刀さんからも、張切さんが助けに入った経緯は聞きました」
「はい」
「今回は注意という形にします」
エイヤの顔が明るくなる。
「処分なし?」
「なしです」
「よかったぁ……」
思わず椅子にもたれた。
学生課を出ると、エイヤは大きく息を吐いた。
「生き返った……」
二人は並んで廊下を歩く。
「そういえばさ」
水刀が聞いた。
「昨日、あの後どうしたの?」
「あのオッサンについてった」
「オッサン?」
「朝いた筋肉ムキムキの人」
「ああ、追いかけてきてた人か?」
「格闘技ジムやってた」
「マジで?」
「しかも俺の兄貴がいた」
「え?」
水刀が立ち止まった。
「昨日話してた兄貴?」
「そう」
「総合格闘技、2年くらいやってるらしい」
「へえ……」
水刀が少し考える。
「で、エイヤもやるの?」
「ことになった」
「マジか」
「昨日、70kgくらいの人に何回もぶっ倒された」
「エイヤが?」
エイヤは少し笑った。
「今からそいつ倒しに行く」




