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話がある

田所がエイヤの前に立った。

 身長は170cmほど。

 体重は70kgもなさそうだった。


「倒せばいいんですよね?」

「ああ」


 黒和田が手を上げた。


「始め」


 エイヤが田所へ近づく。

 体格差は歴然だった。

 捕まえれば何とかなる。

 そう思った瞬間――

 視界が回った。


「え?」


 次に見えたのは天井だった。


 ドン。


「…………」


 背中が床についている。

 田所が上からエイヤを押さえていた。


「大丈夫?」

「……はい」


 田所が離れる。


 エイヤは身体を起こした。


「もう一回いいっすか?」


 大樹が少し笑った。

 黒和田も笑う。


「いいぞ」


 もう一度。

 今度はエイヤも身構えた。

 田所が近づいてくる。

 エイヤが両腕を伸ばした瞬間、田所が懐に潜り込んだ。


 ドン。


「…………」


 また天井。


「なんで?」


 エイヤは起き上がる。


「いや、もう一回お願いします」


 エイヤは何度も立ち上がった。


 30分後。


「はぁ……はぁ……」


 エイヤは床に座り込んでいた。


 一度も田所を倒せなかった。

 自分より30kg以上軽い男に、何度やっても倒される。

 悔しかった。


 でも――


 嫌じゃなかった。


 むしろ、初めてマジックを見せられた時みたいだった。

 どうやったのかトリックを知りたくて仕方がない。


「田所さん」

「ん?」

「さっきの、どうやったんですか?」


 田所が笑った。


「知りたい?」

「知りたいです」

「じゃあ練習しないとな」


 エイヤは少しだけ笑った。

 壁にもたれて見ていた黒和田も笑う。


「3週間後、アマチュアの大会がある」

「大会?」

「うちからヘビー級で出る予定だった奴がいた」


 大樹の表情が変わった。


「三熊《みくま》さんですか?」

「ああ」

「どうしたんです?」

「出られなくなった」

「怪我?」

「ああ、だから今、代わりを探してる」


 黒和田がエイヤの肩を叩いた。

 大樹が口を挟む。


「会長、まさかエイヤを?」


 黒和田はエイヤを見る。


「嫌なら断っていいぞ」


 エイヤは黙った。

 朝まで、総合格闘技なんてほとんど知らなかった。

 今だってルールは知らない。

 でも、田所には何度やっても勝てなかった。

 どうして負けるのかすら分からない。

 それが悔しい。


 そして――面白い。


「兄貴」

「何?」

「俺、やってみるよ」


 エイヤは立ち上がった。


「田所さんを一回くらい倒したい」

 田所が笑う。

「待ってるよ」


 黒和田がニヤッとした。


「決まりだな」


 ジムを出ると、外はもう暗くなっていた。

 エイヤは歩きながらスマホを取り出した。


「……ん?」


 画面には、不在着信が何件も並んでいた。


 大学。

 そして、母親。


「何だ……」


 その瞬間。

 スマホが震えた。


 母親からだった。


「もしもし?」

『あんた今どこにいるの?』


 母親の声が震えていた。


『大学から連絡が来たの!』


 エイヤの足が止まった。

 朝の光景が頭に浮かぶ。


『明日、大学に来なさいって。話し合いするって言われたの!』


 エイヤはスマホを耳に当てたまま、立ち尽くした。

 入学初日。

 スリッパ。

 破れたスーツ。

 そして――


 大学からの呼び出し。


「……俺、泣きそうなんだけど」

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