向こう側
12月30日。
試合前日の計量が行われた。
会場に入った瞬間、今までとは違うのが分かった。
記者の数。
カメラの数。
会場の大きさ。
「すご……」
エイヤが辺りを見回す。
テレビや動画で見たことのある選手たちが、すぐ近くにいた。
「あの人、チャンピオンの…」
「本人の前で言うなよ」
大樹が笑った。
その時。
「張切選手ですよね?」
「はい」
振り返ると、FIREの選手が立っていた。
「試合見ましたよ」
「ありがとうございます」
「今度、動画一緒に撮りません?」
「え?」
「コラボしましょうよ」
「ぜひ!」
その後も何人かの選手から声をかけられた。
自分が知っている選手たちが。
自分のことも知っている。
「なんか変な感じだな……」
名前が呼ばれた。
「張切エイヤ選手!」
「はい!」
体重計に乗る。
表示が止まった。
「105.1キロ!」
計量クリア。
エイヤは体重計を降りた。
向かいには鬼釜悠二が立っていた。
「よろしくお願いします」
エイヤが頭を下げる。
「プロを舐めんなよ」
「舐めてませんよ」
二人が向かい合う。
何台ものカメラが一斉に光った。
その夜は、今まで泊まったことのないようなホテルで眠った。
12月31日の大晦日。
試合当日。
スマホが鳴った。
母からだった。
『到着』
「もう着いたの?」
『人いっぱい。今、大樹と一緒』
エイヤが少し笑った。
『ちゃんと見える席だったよ』
『よかった』
会場に着くと、すでにものすごい人だった。
控室のモニターには生配信の画面が映っている。
「まだ始まってないですよね?」
「ああ」
田所が画面を見る。
「3試合目までは無料配信らしいよ」
エイヤが視聴者数を見る。
「え?」
まだ大会は始まっていない。
それなのに。
「もう数万人が見ている……」
「FIRE GROUNDだからな」
黒和田が言った。
「すご……」
大会の大きさが、少しずつ実感に変わっていく。
しばらくして。
会場の照明が落ちた。
大きな音楽が流れる。
モニターに会場が映った。
「始まった……」
そして。
『オープニングファイト』
エイヤが顔を上げた。
『張切エイヤ選手の入場です!』
「エイヤ」
黒和田が背中を叩いた。
「行ってこい」
「はい!」
エイヤが立ち上がる。
通路の先から、今まで聞いたことのない歓声が聞こえてくる。
深く息を吸った。
拳を握る。
「よっしゃー!」
リングに上がったエイヤは、客席を見渡した。
母がどこにいるのかは分からなかった。
胸の奥が落ち着かない。
この試合で勝てば、次につながる。
負ければ、ここで終わるかもしれない。
ここまで来て手に入れたものが、一気に遠ざかる気がした。
今まで味わったことのない緊張感だった。




