噂のあの人
千夏がしばらくジムに来られない。
そのことが少し気になりながら、エイヤは家に帰った。
夜。
ベッドに寝転がり、スマホを見ていると。
ピコン。
水刀からメッセージが届いた。
『エイヤ、やばいよ』
「何が?」
すぐに返信する。
『これ』
動画が送られてきた。
エイヤが開く。
先日の試合だった。
曽良の足を掴む。
持ち上げる。
腰を落とす。
『逆エビ!?』
『プロレスじゃん!』
会場の声まで入っていた。
画面の下を見る。
『MMAで逆エビ固め!? まさかの決着』
再生回数は10万回を超えていた。
「え?」
画面を更新する。
数字が増える。
コメントも次々と増えていた。
『初めて見た』
『これMMAで決まるんだ』
『プロレスラーかな?』
『めちゃくちゃ盛り上がってる笑』
『張切エイヤって名前らしい』
『張り切ってえいやしてる笑』
また水刀からメッセージが届く。
『バズってるね』
『MMA 逆エビ固め』で検索してみる。
海外の試合が出てきた。
「逆エビで決まったことあるんだ」
何度か見比べる。
「俺が初めてじゃないんだ」
世界初の偉業ではなく、少し安心した。
次の日。
エイヤがジムへ向かう。
「おはようございます!」
扉を開けた。
プルルルルル。
「はい、KUROWADA FIGHT GYMです」
黒和田が電話中だった。
エイヤは荷物を置く。
プルルルルル。
ジムの電話が鳴る。
「会長、電話出ます!」
田所が受話器を取った。
黒和田が通話を終えてエイヤを見る。
「エイヤ!」
「お前の試合、すごいことになってるぞ」
「ああ、すごいことになってるみたいですね」
「すごいってもんじゃないよ」
「え?」
「逆エビで勝つMMA選手なんて珍しいから」
プルルルルル。
「はい!」
黒和田が電話に出る。
「ええ、張切の件ですか?」
エイヤが黒和田を見る。
「はい。取材ですか?」
「取材?」
エイヤと田所が顔を見合わせる。
「一度確認して折り返します」
黒和田が電話を切った。
すぐにまたスマホが鳴った。
「今度は何?」
黒和田が画面を見る。
「メールか……」
メールを開く。
「格闘技サイト、プロレスの雑誌、新聞からオファーが殺到だぞ」
エイヤが自分を指差す。
「俺に?」
「お前以外誰がいるんだよ」
「でも俺、まだ1回しか勝ってないですよ」
黒和田が笑った。
「強いから取材したいんじゃない」
「え?」
「面白いから取材したいんだよ」
「…………」
エイヤが考える。
田所が笑った。
「いいじゃん。目立って」
「目立つつもりなかったんですけど」
二人が笑った。
その時。
プルルルルル。
また電話が鳴った。
「エイヤ、出てくれ!」
「はい!」
エイヤが電話に出る。
「もしもし?」
「張切エイヤさんはいらっしゃいますか?」
「俺ですけど」
「例の動画についてお聞きしたいのですが……」
「試合のですか?」
「いえ、ジムに通っていた女性との関係についてです」




