伝える
試合が終わったあと。
エイヤはスマホを手に取った。
母親に電話をかける。
数回鳴って、電話がつながった。
「もしもし?」
「あ、母さん?」
「うん、どうだった?」
「試合、勝ったよ」
「えー! 本当?」
「うん」
「すごいじゃん!」
「怪我はしてない?」
「してない」
「よかったー、心配してたよー!」
「大丈夫」
「おめでとう!」
「ありがとう」
「今日唐揚げが食べたい」
「わかった、作っとく!」
電話を切っても、エイヤはまだ笑っていた。
会場を出る前。
「水刀!」
「おめでとう!」
「ありがとう!」
「逆エビって!」
水刀が笑う。
「俺もビックリした」
二人が笑った。
少し離れたところから、けい太がやってきた。
「けい太!」
「お疲れ」
「水刀、ボクシングの先生のけい太」
「おー、久しぶり!」
少し気まずそうに、二人が挨拶する。
「あの時はごめんね」
「いえ、もう終わったことなんで」
「二人とも来てくれてありがとう」
「勝ってよかったな」
「まさか最後《《あれ》》をやる?」
エイヤが笑った。
「あれのおかげで勝てたわ」
「さすがだわ」
水刀もけい太も笑った。
「また今度、ご飯でも食べに行こう」
「おう」
「エイヤさん!」
振り返ると、千夏が兄と一緒に立っていた。
「おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
「すごかったです。最後の技、初めて見ました」
「逆エビ固めっていうプロレスの技です」
「へえ、そうなんですね」
千夏が隣の兄を見る。
「兄の千春です」
「森浜千春です。いつも妹がお世話になってます」
「張切エイヤです。こちらこそ、お世話になってます」
千春が笑った。
千夏がエイヤを見る。
「かっこよかったですよ。エイヤさん」
「本当ですか?」
「はい」
顔が少し熱くなった。
「じゃあ、またジムで」
「はい。また!」
千夏と千春が手を振る。
エイヤも手を振り返した。
家に帰る。
「ただいま!」
「おかえり」
靴を脱いでリビングへ入った。
「お腹すいた?」
「めちゃくちゃすいた」
テーブルを見る。
「おっ!」
皿いっぱいの唐揚げが置いてあった。
「唐揚げ!」
エイヤが椅子に座る。
「いただきます!」
唐揚げを一つ口に入れた。
「うまっ!」
「ゆっくり食べなさい」
「勝ったからめちゃくちゃうまい」
母親が笑った。
エイヤも笑った。
エイヤはようやく、試合のプレッシャーから解放された。
二日後。
「お疲れ様です!」
エイヤがジムに入った。
「おう」
黒和田が振り返る。
「身体大丈夫か?」
「大丈夫です!」
「試合したばっかなんだから、今日は軽くだぞ」
「はい」
エイヤは荷物を置いた。
サンドバッグの前に立つ。
パン。
パン。
バン!
少しして。
扉が開いた。
エイヤが振り返る。
「お疲れ様です」
いつもの会員だった。
「お疲れ様です」
エイヤはサンドバッグに戻った。
パン。
パン。
バン!
しばらくすると。
また扉が開いた。
エイヤが振り返る。
「お疲れー」
田所だった。
「あ、お疲れ様です」
「試合おめでとう」
「ありがとうございます」
また練習を続ける。
パン。
パン。
バン!
時計を見る。
「…………」
もうそろそろ来るかな。
入口を見る。
「…………」
扉は開かない。
少しして。
エイヤが黒和田のところへ行った。
「あれ?」
「ん?」
「今日、千夏さん来ないんですか?」
「ああ、体調崩しちゃったらしくてな」
「え?」
「しばらく来れなくなるって千春くんから連絡あったぞ」




