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知ってる

 試合当日。

 会場にはエイヤを応援する人たちが来ていた。

 水刀。

 けい太。

 そして、千夏と兄の姿もあった。


 控え室。


 エイヤは椅子に座り、グローブを握った。

 心臓が速い。

 緊張はしていた。

 でも、前回とは違った。

 怖くて仕方がないわけではない。


「エイヤ」


 大樹が声をかける。


「ん?」

「そろそろだぞ」

「うん」


 エイヤが立ち上がる。

 黒和田がエイヤを見る。


「いつも通りやればいい」

「はい」


 入場口へ向かった。

 名前を呼ばれる。

 エイヤが会場へ出た。


「エイヤー!」


 声が聞こえる。

 水刀が手を振っていた。

 少し離れたところには、けい太。

 千夏も兄の隣で手を振っている。

 エイヤはリングへ上がった。

 しばらくして、曽良も入場してきた。


「青コーナー! 185cm、100kg! 張切エイヤー!」


 拍手が起こる。


「赤コーナー! 184cm、105kg! 曽良幅太ー!」


 拍手が起こる。

 曽良が手を上げた。

 二人がリング中央に呼ばれる。

 レフェリーが説明している間、エイヤは曽良を見ていた。

 前回とは違う。

 説明の内容も分かっている。

 この後、何が始まるのかも分かっている。

 二人はそれぞれのコーナーへ戻った。


「エイヤ!」


 大樹の声がした。


「落ち着いていけよ!」


 エイヤはうなずいた。

 前回は聞こえなかったセコンドの声が、今日はちゃんと聞こえていた。

 レフェリーが二人を見る。

 ゴングが鳴った。


 カン!


 曽良が一気に前へ出てきた。

 大きな右。

 エイヤがかわす。

 エイヤも前へ出る。


 ジャブ。

 パン!


 曽良のガードに当たった。

 もう一度。


 ジャブ。

 

 曽良が下がる。

 エイヤが追いかけた。

 練習してきたパンチ。

 けい太に何度も教えてもらった。

 これで倒したかった。

 曽良が大きく腕を振った。

 エイヤが頭を振る。

 外れた。


「よし!」


 右を返す。

 だが。


 ブン!


 曽良の左が飛んできた。


 バン!


 エイヤの顔に当たった。

 曽良がさらに前へ出る。


 右。

 左。

 エイヤもパンチを返した。


 バン!


 また曽良のパンチが顔に入る。


「この野郎……」


 エイヤが前へ出た。


「エイヤ!」


 セコンドから声が飛んだ。


「付き合わなくていい!」


 大樹の声だった。

 エイヤが一瞬止まる。


 聞こえた。


 曽良が再び大きな右を振った。

 エイヤが腰を落とした。

 その下へ入る。

 曽良の腰を抱えた。

 田所と何度も練習したタックル。

 そのまま前へ出る。


 ドン!


 二人がマットに倒れた。


「よし!」


 大樹と黒和田の声が聞こえる。

 エイヤが上になった。

 曽良が立ち上がろうとする。

 エイヤは身体をつけ、背中へ回った。

 予定通り。

 ここからスリーパー。

 腕を首へ入れようとする。


「首を取られるな!」


 曽良のセコンドが叫んだ。


「顎を引け!」


 曽良が顎を引き、両手で首を守る。

 エイヤが腕を入れようとするが、入らない。

 曽良が身体を動かす。

 立ち上がろうとしている。

 スリーパーにはいけない。

 次は。


「…………」


 分からない。


「殴れ!」


 大樹が様子に気づき、叫んだ。

 エイヤが曽良にパンチを浴びせる。

 だが、効いている気がしない。

 エイヤの目が曽良の足に止まった。


 足。


 エイヤが両足を掴んだ。


「え?」


 曽良が振り返ろうとする。

 エイヤは両足を持ち上げた。

 その足を脇に抱える。


「まさか……」


 黒和田が目を見開く。

 エイヤが腰を落とした。


「うおおっ!」


 曽良の身体が反った。

 会場が一瞬静かになる。

 そして。


「逆エビ!?」


 客席から笑い声が起きた。


「プロレスじゃん!」


 笑い声が歓声に変わっていく。

 エイヤは曽良の両足を抱えたまま、さらに腰を落とした。


「ぐあっ!」


 曽良が手を伸ばす。


 バン! バン! バン!


 マットを叩いた。

 レフェリーがすぐに二人の間へ入る。


「ストップ!」

「え?」


 エイヤが手を離した。

 ゴングが鳴る。


 カンカンカン!


 観客が総立ちになる。

 レフェリーがエイヤの手を掴んだ。

 高く上げる。


「勝者! 張切エイヤ!」

「うおおおおお!」


 大歓声が上がった。


「エイヤー!」


 水刀が立ち上がる。

 けい太も笑いながら拍手していた。

 千夏は兄の隣で何度も手を叩いている。

 リングの上。

 エイヤは上げられた自分の手を見た。


 勝った!

 初めて勝った!


 大樹と黒和田がリングへ上がってきた。

 大樹がエイヤに駆け寄る。


「おめでとう!」


 エイヤは大樹に抱きついた。


「勝ったよ!」

「おう! やったな!」


 大樹もエイヤを強く抱きしめた。

 こんなに嬉しそうなエイヤを見るのは初めてだった。

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