きっかけ
入学式が終わり、エイヤはスーツの上着を腰に巻いて水刀と大学を出た。
「じゃあ、またな」
「また」
水刀と別れた、その直後だった。
「いたいた! おーい!」
聞き覚えのある声。
振り返る。
朝の小柄な男が立っていた。
エイヤは警戒した。
「……誰ですか?」
「朝、お前を追いかけたんだけどな」
「何か用ですか?」
「俺は黒和田というんだが、すぐ近くで格闘技ジムやってる」
「……格闘技?」
「今朝、あの金髪の子と揉めてるところ見てたんだよ」
「あー……」
「入学式って叫んでただろ。大学、この辺じゃここだと思ってな」
黒和田はエイヤを上から下まで見る。
「お前デカイな、何キロある?」
「100キロくらいです」
「格闘技は?」
「やってません」
「いい体してるな」
「……なんすか、急に」
「変な意味じゃねえよ」
黒和田が笑った。
「ナイスタックルだったぞ」
「殴られるのが嫌だったんで」
「だから組みついた?」
「はい」
「がっはっはっは!」
黒和田が突然笑い出した。
エイヤは眉をひそめる。
「なんすか?」
「悪い悪い。最後、逆エビ固めかけてたよな?」
「はい」
「喧嘩で逆エビ固めなんて初めて見たぞ」
「プロレスラーになりたくて、ずっと見てたんで」
「プロレスラーになりたいのか?」
「はい」
「なんでなりたいんだ?」
エイヤは迷わなかった。
「プロレスラーが一番強くて、かっこいいと思ってるんで」
黒和田の笑いが止まった。
「……一番強い、か」
「はい」
「総合格闘技はどう思う?」
「名前は知ってるくらいです」
「そうか」
黒和田がニヤッと笑った。
「じゃあ、ちょうどいい。俺のジム見てくか?」
「総合格闘技の?」
「ああ。プロレスラーも練習に来る。何かきっかけになるかもしれないぞ」
エイヤは少し迷った。
プロレスラーになるきっかけ。
その言葉だけは、無視できなかった。
「見学だけなら」
「よし」
黒和田が歩き出した。
「じゃあ、ついて来い」
エイヤがその後を追う。
数歩先を歩く黒和田は、どこか満足そうだった。




