気になる
エイヤは田所の試合会場に来ていた。
入口の近くでスマホを見る。
もうすぐ開場の時間だった。
「エイヤさん!」
振り返る。
「お待たせしました」
千夏だった。
「…………」
「どうしました?」
「いや……」
いつもジムに来る時とは違い、千夏は化粧をしていた。
エイヤは目を見れなかった。
「会長も兄貴も、もう控え室にいるみたいです」
「待たせちゃってすみません」
「いえ、俺もさっき来たところですから」
「そうなんですね」
千夏が笑った。
「もうそろそろ開場なんで行きますか」
「はい」
二人は会場へ入った。
リングを囲むように並んだ椅子。
エイヤと千夏は並んで座った。
「結構リングと近いですね」
「関係者席なんで」
千夏が会場の中を見回す。
「私、実は格闘技を見に来たことがなくて」
「初めてですか?」
「はい、試合は初めてです」
「俺も自分が出る前は全然なかったです」
「緊張しませんでした?」
「めちゃくちゃしました」
エイヤがリングを見る。
「でも、今日は田所さんなんで」
「楽しみです」
「めちゃくちゃ強いですよ」
「ですよね、たくさん練習されてたので」
しばらくして、田所の試合が始まった。
田所がリングへ上がる。
「あ、田所さん!」
千夏が嬉しそうに手を振った。
田所は気づいていない。
田所のコーナーには黒和田と大樹がいた。
「あそこに会長と兄貴います」
「本当だ」
ゴングが鳴った。
1ラウンド。
相手が前へ出る。
パンチを当て、田所を下がらせた。
「田所さん、押されてません?」
「ちょっと押されてますね」
田所がタックルに入る。
だが、相手に切られる。
立ち上がったところにパンチをもらった。
千夏が心配そうにリングを見る。
エイヤも黙って試合を見ていた。
相手のパンチを浴びているところで、ゴングが鳴った。
1ラウンド終了。
田所がコーナーに戻る。
黒和田が何かを話し、大樹が田所に水を飲ませている。
千夏は祈るように手を合わせていた。
2ラウンドが始まった。
カン!
再び相手が前へ出る。
田所が下がる。
パンチが飛んでくる。
田所がその下へ潜った。
「タックル!」
エイヤが声を出す。
田所が相手の腰を抱え、そのまま倒した。
「よし!」
千夏が身を乗り出す。
相手が立とうとする。
田所がパンチを浴びせながら背中へ回った。
「あっ」
腕が首に入る。
「あ、入った」
「入った?」
「スリーパー。首絞める技です」
相手が田所の腕を外そうとする。
田所がさらに締める。
数秒後。
相手が田所の腕を叩いた。
レフェリーが止める。
「よっしゃー!」
田所の手が上がる。
エイヤと千夏はリングを見ながら拍手した。
試合が終わり、しばらくして。
二人は会場を出ようとしていた。
「面白かったです」
「よかったです」
「また見たい」
「俺の試合来月あるんですけど、よかったら来ます?」
「いいんですか?」
「もちろん」
「じゃあ行きます」
エイヤが少し笑った。
出口へ向かって歩いていると。
「…………あれ?」
エイヤが足を止めた。
どこかで見たことのある後ろ姿。
その時、千夏が声を上げた。
「三熊さん!」
「ギクッ!」
三熊が振り返る。
「あ……千夏ちゃん」
その横にいるエイヤを見る。
「エイヤくんも!」
「三熊さん、何してるんですか?」
「いやー……」
三熊が頭をかいた。
「田所さんの試合、見に来たんですね」
「まあね」
三熊が少し困ったように笑った。
「田所と約束してたからね」
「勝ちましたね」
「見てたよ」
「どこの辺で見てたんですか?」
「後ろのほうで見てたよ」
「僕たちは前の方だったんで気付きませんでした」
「そっか」
三熊が出口を見る。
「じゃあ、俺はこれで」
「田所さんに会っていかないんですか?」
「いいよ」
「でも……」
「田所によろしく言っといて」
「分かりました。伝えときます」
「じゃあね、千夏ちゃん」
「はい。また」
「エイヤくんも」
「はい」
三熊はそのまま人混みの中へ消えていった。
エイヤはその後ろ姿を見ていた。
しばらくすると。
「おー、いたいた!」
黒和田の声がした。
黒和田、大樹、田所が歩いてくる。
「田所さん!」
千夏が笑顔で駆け寄った。
「千夏ちゃん?」
「お久しぶりです」
「久しぶり!」
「試合、おめでとうございます」
「ありがとう」
「田所さん、おめでとうございます」
「エイヤ君もありがとう」
「2ラウンドのスリーパー、すごかったです」
「1ラウンド危なかったけどね」
「押されてましたね」
「ゴングに救われたよ」
みんなが笑った。
「あ、そうだ」
千夏が思い出したように言った。
「三熊さんも応援に来てましたよ」
「三熊さんが?」
田所が驚く。
「はい。さっき会いました」
「そうなんだ……」
黒和田も大樹も何も言わなかった。
「田所さんによろしくって言ってました」
「そっか」
田所が出口の方を見る。
もう三熊の姿はなかった。
「私、迎えが来たみたいなのでこの辺で」
「はい。また」
千夏は少し離れたところにいた若い男性の元へ走っていった。
エイヤはその姿を見ていた。




