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会いたい人

エイヤは三熊との関係が気になりながらも答えた。


「あ……三熊さんは退職されました」

「そうなんですか?」


 女性は少し困ったようにジムの中を見回した。


「じゃあ、田所さんはいますか?」

「田所さん、来月試合で今忙しいので」

「試合なんですね」

「はい」

「そっか……」

「あの、どういった御用ですか?」

「前にここでキックボクシング教えてもらってたんです」


 その時。


「おー! 千夏ちゃん!」


 奥から黒和田が歩いてきた。


「あ、黒和田さん。お久しぶりです」

「久しぶりだな!」


 黒和田が笑った。


「もう体調は大丈夫か?」

「はい、おかげさまで」

「そうか。よかったよかった」

「ありがとうございます」

「田所さん、試合なんですね」

「おう。来月な」

「そうなんだ」

「あ、よかったらこれ」


 千夏がお菓子を黒和田に渡した。


「おー、悪いねぇ」


 黒和田が千夏を見る。


「よかったら田所の試合、応援にくるかい?」

「いいんですか?」

「もちろん、あいつも喜ぶと思うよ」

「やったー、ありがとうございます」


 千夏が少し笑った。

 黒和田がエイヤを見る。


「エイヤ」

「はい?」

「悪いけど、千夏ちゃん見てやってくれ」

「俺がですか?」

「ああ。田所は試合前だし、俺も今ちょっと手が離せねえ」

「分かりました」

「こいつエイヤ。最近うちでトレーナーやってる」

「初めまして。森浜千夏です」

「初めまして。張切エイヤです」


 二人が頭を下げる。


「よろしくお願いします」

「お願いします」


 黒和田は奥へ戻っていった。


「キックボクシングですよね?」

「はい」

「俺、まだトレーナー始めたばっかりなんですけど」

「そうなんですか?」

「はい」

「じゃあ私が教えましょうか?」

「お手柔らかにお願いします」


 二人が笑った。


「久しぶりなんですよね?」

「はい。半年くらい」

「結構空いてますね」

「だから今日は軽めでお願いします」

「分かりました」


 二人がマットへ移動した。

 エイヤがミットを構える。


「まずワンツーお願いします」

「はい」


 パン。

 パン。


「もう一回」


 パン。

 パン。


「次、右キック」

「はい」


 バン!


「おっ」

「どうですか?」

「いい感じです」

「本当ですか?」

「はい」


 千夏が少し嬉しそうに笑った。


「次はコンビネーション行きましょう」

「はい」


 パン。

 パン。

 バン!


 何度も繰り返す。


「ハァ……ハァ……」

「一回休憩しますか?」


 千夏が膝に手をついた。


「水飲んでもいいですか?」

「どうぞ」


 グローブを外し、水を飲む。

 エイヤもミットを外した。


「前はよく来てたんですか?」

「週2回くらい」

「結構来てたんですね」

「はい。三熊さんによくミット持ってもらってました」

「三熊さん教えるの上手ですよね」

「そうなんですよー、楽しかったです」

「三熊さん面白いですよね」

「ちょっと変な人でしたけど」


 二人が笑った。

 千夏が立ち上がった。


「もうちょっとやっていいですか?」

「はい」


 二人は再びマットへ戻った。

 千夏が額の汗を腕で拭った。

 その時。

 袖が少し上がった。

 エイヤの目が止まった。

 手首の近くに、細い傷跡がいくつもあった。


「…………」


 エイヤはミットを構え直した。


「ワンツーから右お願いします」

「はい!」


 パン。

 パン。

 バン!


 その後も千夏は練習を続けた。

 終わる頃には、千夏の髪は汗で額に張りついていた。


「もう無理……」


 千夏がマットに座り込んだ。


「大丈夫ですか?」

「疲れました」

「めちゃくちゃやりましたからね」

「久しぶりだから楽しくて」


 千夏が笑った。


「明日絶対筋肉痛だ」

「ですね」

「嫌だなあ」

「俺も最初そうでした」

「エイヤさんって、格闘技もやってるんですか?」

「はい。まだ始めてそんなに経ってないです」

「そうなんですか?」


 千夏が顔を上げる。


「もう試合出たんですか?」

「はい。負けちゃいましたけど」

「それでもすごいですよ」


 しばらく話して、千夏が立ち上がった。


「そろそろ電車がくるので帰ります」

「今日はありがとうございました」

「ありがとうございました」

「またよろしくお願いします」

「またよろしくお願いします」


 千夏は黒和田にも声をかけた。


「黒和田さん、ありがとうございました」

「おう! また来いよ!」

「はい」

「田所の試合もな」

「行きます」


 千夏が手を振り、ジムを出ていった。

 扉が閉まる。


「…………」


 エイヤは使ったミットを棚へ戻した。


「どうだった?」


 黒和田が声をかける。


「普通に上手かったです」

「前はよく来てたからな」

「そうなんですね」

「ああ」


 黒和田はグローブを片付けながら言った。


「ジムってのはいろんな奴が来るからな」

「いろんな奴?」

「強くなりたい奴もいれば、痩せたい奴もいる」

「はい」

「運動不足で来る奴もいるし、理由なんて人それぞれだ」

「そうっすね」


 黒和田はそれだけ言うと、奥へ戻っていった。


 その日の夜。

 エイヤはベッドに横になっていた。

 目を閉じる。

 千夏の腕の傷が浮かんだ。


「…………」


 目を開ける。

 天井を見る。

 少しして。

 エイヤは目を閉じた。

 また千夏に会いたいと思った。 

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