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大切な人たち

母親はしばらく何も言わなかった。

 エイヤも黙っていた。


「やめたいの?」

「最近、ずっと考えてて」

「大学、嫌なの?」

「嫌じゃない」

「じゃあ何で?」

「時間がない」

「…………」

「大学行って、ジムでバイトして、練習して」


 エイヤは少し俯いた。


「全部やろうとすると、全然時間足りなくて」

「…そっか」


 母親は椅子を引いた。


「ちょっとここ座って」


 エイヤも向かいに座る。


「格闘技を仕事にしたいの?」

「できるなら」

「プロレスラー?」

「…………」


 母親がエイヤを見る。


「卒業してからじゃなれないの?」

「分かんない、でももっと練習する時間がほしい」


 エイヤは自分の手を見る。


「試合も決まったし」

「また出るの?」

「うん」

「いつ?」

「3ヶ月後」

「…………」


 母親が小さく息を吐いた。


「お母さんは、大学は出てほしい」

「うん」

「せっかく入ったんだし」

「うん」


 少し間が空いた。


「でも」


 エイヤは俯いている。


「最近のエイヤ見てると、遊びでやってるわけじゃないのは分かる」

「…………」

「バイトもして、勉強もちゃんとしてて偉いね」

「うん」


 母親が少し笑った。


「ちゃんと考えたの?」

「うん」

「誰かに言われたんじゃなくて?」

「自分で」

「…そっか」


 母親はしばらくエイヤの顔を見ていた。


「じゃあ…自分で決めなさい」

「え?」

「エイヤの人生だから」

「いいの?」

「うん。応援する」

「やめてもいいの?」

「いいよ」

「格闘技は心配だから試合には行けないけど」

「…………」


 エイヤが少し笑った。


「ありがとう」

「まだ大学には言ってないんでしょ?」

「うん」

「じゃあ、ちゃんと話してきなさい」

「分かった。でも、まだやりたいことがあるから、それが終わったら」

「わかった…あと」

「何?」

「ご飯どうする?」

「食べる、腹減った」


 母親が立ち上がった。


「温めるから待ってて」

「うん」


 翌日。

 大学。

 エイヤは水刀の隣に座った。


「おはよう」

「おはよ」

「昨日ちゃんと寝た?」

「寝た」

「今日は間に合ったね」

「……」


 水刀が笑った。

 エイヤは少し黙る。


「水刀」

「ん?」

「俺、大学やめることにした」

「え?」


 水刀の動きが止まった。


「マジ?」

「うん」

「なんで? 格闘技?」

「うん」

「母さんは?」

「応援するって」

「へえ」


 水刀が少し驚いた顔をした。


「いつ辞めるの?」

「まだ大学には言ってない」

「これから?」

「うん」

「…………」


 水刀は少し考える。


「まあ、頑張って」

「うん」

「寂しくなるけど」

「だね」


 二人が笑った。


「でもさ」

「うん」


 水刀が前を向いたまま言った。


「俺はずっとエイヤのファンだから」


 エイヤが水刀を見る。

 水刀が笑った。


「頑張れよ。次の試合も行くから」


 エイヤは少しだけ笑った。


「俺、絶対勝つから」

「おう」


 教授が教室に入ってきた。

 二人は前を向いた。

 エイヤは机の上にノートを開いた。

 大学をやめる。

 まだ、大学には何も伝えていない。

 それでも。

 自分の中では、もう決まっていた。

 授業が終わった。


「水刀」

「ん?」

「今日、飯食って帰らない?」

「ジムは?」

「今日はやめとく」

「めずらしい」

「たまにはね」


 水刀が笑った。


「じゃあ行くか」

「うん」


 二人は並んで教室を出た。

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