時間
「試合ですか?」
『そうだ』
「いつですか?」
『8月25日だ』
「あと3ヶ月くらいですね」
『そうだな』
「…………」
『本来、試合は戦績や経験が近い相手と組む』
「はい」
『前は三熊の代わりだったこともあって、相手との経験差がありすぎた』
「そうなんすね」
『今度の相手は、格闘技を始めたばかりだ』
「…………」
『また作戦を考えよう』
「はい!」
電話を切った。
エイヤはスマホを見る。
「試合か……」
その日。
なかなか眠ることができなかった。
目覚ましが鳴る。
エイヤが手を伸ばす。
音を止め、時計を見る。
「やべ!」
布団を飛び出し、大学へ向かった。
授業はもう始まっていた。
エイヤは水刀の隣に座る。
「珍しく寝坊かよ」
水刀が笑った。
「最近忙しくて」
「今日も終わったらジム?」
「うん、バイトして、そのまま練習」
「毎日?」
「ほとんど」
「大変だな」
「まあね」
エイヤがあくびをする。
「眠そうじゃん」
「眠い」
「昨日何時に寝たの?」
「分からん」
「なんだそれ」
「試合決まったんだよ」
「マジ?」
「うん」
「いつ?」
「8月」
「結構先じゃん」
「3ヶ月くらい」
「相手も格闘技を始めたばっかりらしい」
「じゃあいけるじゃん」
水刀が笑った。
「今度も見に行くわ」
「うん、ありがとう」
エイヤは前を向いた。
目が重かった。
授業が終わる。
大学を出る。
そのままジムへ向かった。
「お疲れ!」
「おう」
大樹が振り返る。
「試合決まったんだって?」
「うん」
「会長から聞いた」
「早いな」
「次はどんな相手?」
「まだ格闘技始めたばっかりの人らしい」
「そっか」
大樹が笑う。
「次は絶対勝とうな」
「そうだね」
「…………」
大樹がエイヤを見る。
「どうした?」
「何が?」
「元気ないじゃん」
「そう?」
「疲れてんの?」
「まあ、ちょっと」
「大学?」
「大学も」
「バイト?」
「どっちも」
「休む時は休めよ」
大樹が離れていく。
「…………」
エイヤは荷物を置いた。
「エイヤ!」
「はい!」
「ミット頼む!」
「はい!」
会員のミットを持つ。
「ワンツー!」
パンチを受ける。
「もう一回!」
パンチを受ける。
片付け。
掃除。
仕事が終わると、自分の練習を始めた。
シャドーボクシング。
「シュッ、シュッ」
ジャブ。
避ける。
横に動く。
「…………」
足が重い。
「エイヤ」
「はい?」
「今日はもう帰れ」
黒和田だった。
「でも」
「疲れてるだろ」
「大丈夫です」
「無理して怪我したら意味ないぞ」
「…………」
「まだ時間はある」
「はい」
エイヤはグローブを外した。
ジムを出る。
外は暗くなっていた。
駅へ向かう。
足取りが重い。
試合は楽しみだった。
練習もしたい。
ジムの仕事も嫌いじゃない。
それでも。
時間が足りなかった。
「ただいま」
「おかえり」
母親がキッチンから顔を出す。
「ご飯食べる?」
「今はいいや」
「珍しいね」
「うん」
エイヤはそのまま階段へ向かおうとする。
「エイヤ」
「ん?」
「どうかしたの?」
「別に」
母親がエイヤを見る。
「何かあった?」
「…………」
「試合?」
「違う」
「大学?」
「…………」
エイヤが立ち止まる。
「どうしたの?」
「…………」
「母さんに話してごらん」
エイヤはしばらく黙っていた。
「あのさぁ」
そして小さく口を開いた。
「大学やめたいって言ったらどうする?」




