エッチなやつ
デビュー戦から1週間が経っていた。
顔の腫れはほとんど引き、左脚の痛みもだいぶ良くなっていた。
エイヤはKUROWADA FIGHT GYMへ向かった。
「お疲れ様です!」
「おう」
黒和田がエイヤの顔を見る。
「もう大丈夫か?」
「はい、もうほとんど大丈夫です」
「そうか。無理はするなよ」
「はい」
エイヤよりも体格のいい、大柄な男が声をかけてきた。
「君がエイヤ君?」
「はい」
「三熊慎吾です。よろしく」
聞いたことのある名前だった。
「あ! 俺が出た試合に出る予定だった?」
「そうそう」
「初めまして。張切エイヤです」
「知ってるよ。代わりに出てくれてありがとう」
「いや、負けちゃったんですみません」
「とんでもない。練習中に左足首をやっちゃって」
「もう大丈夫なんですか?」
「もう大丈夫、出てくれて助かったよ」
三熊が笑った。
「エイヤ君、よかったら寝技の練習しない?」
「寝技?」
「うん」
エイヤは一瞬、地場との試合を思い出した。
倒されて。
上に乗られて。
何をすればいいのか分からないまま終わった。
「やりたいです」
「じゃあやろうか」
二人はマットへ移動した。
三熊が黒和田を見る。
「会長、軽くならいいですよね?」
「ああ」
エイヤがマットに座る。
三熊も向かいに座った。
「エイヤ君、寝技やったことある?」
「少し」
「そっか」
三熊がエイヤを見る。
「男と寝るの初めて?」
「え?」
「僕、責めるの得意だから任せてね」
「気持ち悪いからやめてください」
「ははは!」
「普通に教えてくださいよ」
奥にいた大樹も笑っている。
「三熊さん、相変わらずだな」
「大樹も一緒に寝る?」
「絶対嫌です」
「なんなんですか、この人」
三人で笑った。
「じゃあエイヤ君、仰向けになって」
「はい」
エイヤが寝転がる。
三熊が腹の上にまたがった。
「試合ではここから何もできなかったよね?」
「はい、何したらいいか分かんなくて」
「まず大前提として、マウントを取られないこと」
「取られない?」
「そう。ここまで来られたらかなり不利だから、こうなる前に止める」
「はい」
「でも、試合みたいに取られることもある」
「……」
「そんな時は、まず相手の足を自分の脇の下まで入れさせない」
「なんでですか?」
「ここまで上がられると、もっと動きにくくなるから」
三熊が足をエイヤの脇の近くまで進める。
「うわ、動けない」
「でしょ?」
三熊が一度どいて、自分が下になる。
「上に乗ってみて」
「はい」
エイヤが三熊の腹の上にまたがった。
「じゃあ、ここから返してみる」
三熊が足を動かす。
「まず、足で相手のお尻を持ち上げる」
「え?」
三熊が足でエイヤのお尻を持ち上げた。
「うわっ!」
エイヤがバランスを崩す。
「こうやって先にバランスを崩す」
「はい」
「それからブリッジ」
三熊が勢いよく腰を上げた。
「うわっ!」
エイヤの身体が傾く。
ゴロン。
「え?」
気づけば三熊が上になっていた。
「こうやって返す」
エイヤは目を丸くした。
「じゃあやってみようか」
今度はエイヤが下になる。
三熊が上に乗った。
「そう。バランス崩してブリッジ!」
エイヤが勢いよく腰を上げる。
そのまま身体をひねった。
ゴロン。
「お」
エイヤが起き上がった。
「できた!」
「覚えるの早いね」
「プロレスで似たようなの見たことあるんで」
三熊が起き上がる。
「じゃあ、これは?」
三熊がエイヤの腕を取る。
身体を倒しながら、両脚で腕を挟んだ。
「腕ひしぎ十字固めですよね?」
「正解」
三熊が技を解いた。
「やってみて」
「はい」
三熊が仰向けになる。
エイヤが腕を取る。
「こうですよね?」
「そう。そのまま腰を上げて」
エイヤが腰を上げる。
三熊がすぐにタップした。
エイヤが技を解く。
「形を知ってるから飲み込みが早いね」
「ありがとうございます」
練習が終わる頃。
エイヤはマットに仰向けになっていた。
「疲れた……」
三熊が隣に座る。
「寝技は疲れるでしょ?」
「めちゃくちゃ疲れます」
三熊が立ち上がり、エイヤに手を差し出した。
「次に向けて一緒に頑張ろう!」
「はい」
エイヤはその手を掴んで立ち上がった。
気づけば、かなり時間が経っていた。
帰り際、棚に置いてある総合格闘技のDVDを見ようとした。
「あれ? 無い」
「どうしたの?」
後ろから声がした。
振り返ると、三熊が立っていた。
「ここにあったDVDがなくなってるんですけど」
「エッチなやつ?」
「違いますよ」
エイヤが笑った。
「誰かが借りてるんじゃない?」
「そうかもしれないですね」
エイヤはジムを出た。
家に帰って数分後。
スマホが鳴った。
画面を見る。
大樹からだった。
「もしもし」
「エイヤ」
「ん?」
「明日、会長がお前に大事な話があるらしい」
「大事な話?」
「うん」
「とりあえず明日、ジム来いって」
「了解」
電話を切る。
「…………」
大事な話。
エイヤには、まったく心当たりがなかった。




