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緊張

大会当日。

 エイヤは会場へ向かっていた。


「…………」


 今日、試合をする。

 頭では分かっていた。

 でも、まだ実感がなかった。

 昨日、ここで地場と握手した。

 今日、その地場と戦う。


「…………」


 何となく、いつものジムへ練習に行くような気分だった。

 会場に着く。

 黒和田と大樹と一緒に受付を済ませ、そのまま控室へ入った。

 エイヤは椅子に座る。

 周りには何人もの選手がいた。

 身体を動かしている人。

 イヤホンをして目を閉じている人。

 セコンドと話している人。


「…………」


 エイヤは黙って自分の手を見ていた。

 会場の客席。

 水刀が空いている席に座った。

 まだ第一試合前。

 客席はかなり空いている。


「…………」


 水刀が周りを見回す。


「……あ」


 少し離れたところに、見覚えのある男がいた。

 けい太。

 隣には麗花もいる。


「…………」


 水刀はすぐに下を向いた。

 スマホを取り出す。

 画面をスクロールする。


「…………」


 特に何も読んでいない。

 少しだけ顔を上げる。

 けい太がこちらを向きそうになった。


「…………」


 すぐにスマホを見る。

 そのまま下を向いていた。


「けい太?」


 声がした。

 けい太が振り返る。


「…………」

「大樹?」


 二人が顔を合わせた。


「おー! けい太!」

「久しぶり」


 けい太が笑った。


「ここで何してんの?」

「弟のセコンド」

「弟? 格闘技やってるの?」

「うん。第一試合」

「…………」


 けい太が少し考える。


「エイヤ!?」

「うん」

「お前の弟だったんだ」

「そう」

「全然似てねえな」

「よく言われる」


 二人が笑った。


「来てくれてありがとな」

「エイヤも友達だから」

「そうなの? 初めて知ったわ!」


 大樹が軽く笑った。


「ごめん、俺戻るわ!」

「おう」

「またあとで」

「うん」


 大樹は控室へ戻っていった。

 エイヤはグローブをつけていた。


「エイヤ」

「はい」


 黒和田がミットを構える。

 エイヤも構えた。


「はい、ワンツー!」

 左。

 パン!

 右。

 パン!


「もう一回」

 パン!

 パン!


「ローキック」

 ドン!


 黒和田がミットを下ろした。

 大樹が戻ってきた。


「お前、けい太知ってる?」

「うん」

「応援に来てたけど、知り合いだったの?」

「うん」

「知らんかったわ」


 大会スタッフが控室に入ってきた。


「第一試合の選手、準備お願いします!」

「…………」


 エイヤが顔を上げる。

 黒和田がミットを置いた。


「行くぞ」

「はい」


 エイヤは立ち上がった。

 通路を歩く。

 少しずつ会場が見えてくる。

 観客席は、まだ空席の方が目立った。

 リングアナウンサーの声が響く。


『張切エイヤ選手の入場です!』


「…………」


 エイヤはリングへ向かった。

 ロープをくぐる。

 リングイン。


「…………」


 客席が見える。

 照明がある。

 何度も見てきたプロレスの試合。

 エイヤには、自分が画面の中に入ったような感じがした。

 反対側から地場源太がリングに入る。


「…………」


 115kg。

 昨日見た時より、大きく見えた。

 リングアナウンサーが選手を紹介する。


『青コーナー、185cm、100kg! 張切エイヤー!』


 エイヤは頭を下げた。

 拍手が聞こえる。


「…………」


『赤コーナー、185cm、115kg! 地場源太ー!』


 地場は右手を上げた。

 また拍手が起きた。

 レフェリーが二人を手招きする。


「両選手、中央へ」


 エイヤが歩く。

 地場も前へ出る。

 二人が向かい合った。


「…………」


 近い。

 昨日は普通に握手した。

 今は、これから戦う相手として目の前に立っている。

 レフェリーが説明を始めた。


「――反則行為は――ブレイクがかかった場合は――レフェリーの指示に――」


「…………」


 言葉は聞こえている。

 でも、何を言っているのかよく分からなかった。

 やけに早口に聞こえる。

 周りから見られている。

 目の前には地場がいる。


「…………」


 レフェリーがエイヤを見る。


「OK?」

「……?」


 ルールは事前に聞いていた。


「あ……えっ……」

「ではコーナーへ!」

「…………」


 エイヤは青コーナーへ戻った。


「…………」


 リングの中央を見る。

 何か声が聞こえる。


「…………」


 誰かが何か言っている。

 でも、頭に入ってこない。


「エイヤ」

「…………」

「エイヤ」

「…………」

「エイヤ、大丈夫か?」

「え?」


 横を見る。

 大樹だった。


「……大丈夫か?」

「うん」


 黒和田もエイヤを見ている。


「エイヤ! 始まるぞ!」

「…………」


 エイヤが前を向く。

 地場が構えていた。

 レフェリーが二人を見る。


「ファイト!」


 ゴングの音が響き渡った。


 カン!

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